王女のお願い
不意にどこかから声が聞こえてくる。一葉とマツリカは顔を見合わせ、声のした方に顔を向ける。すると、その先では布団から上半身を起こしたエルーの姿があった。そんな彼女にマツリカが気遣わしげに問いかける。
「姫様、もう起きられたりして大丈夫なのですか?」
「はい、短い間ですが、よく眠れました。それよりマツリカ、あなたも昨日から休んでいないのではないですか?」
「いえ、私は大丈夫です。これでも少しの間騎士団にいた身ですから、多少の無理はきく身体です」
マツリカの言葉を一葉は怪訝に思った。
「なんや姐さん、騎士団におったことがあったんか?」
一葉の疑問にマツリカではなくエルーが答えた。
「はい、わたしの侍従になる前は、マツリカは騎士団に籍を置いていました」
「へえ……」
それからエルーはマツリカに向き直る。
「マツリカ、あなたがわたしなどより余程強いということは承知しています。ですが、どうか心配ぐらいはさせてください」
エルーに心配そうな顔を向けられ、マツリカがキョトンとした顔を浮かべた。
「え……?」
「お母様が亡くなってから、わたしの傍にいてくれたのはマツリカ、あなただけです。そんなあなたを、わたしは家族も同然だと思っています」
「姫様……」
「ですから、あなたがわたしを守る剣ではなかったなどと言わないでください。マツリカがいつもわたしを命がけで守ってくれていることは、このわたしが一番存じておりますから」
「先程の話、聞いていらっしゃったのですか……」
「すみません、別に盗み聞きをするつもりではなかったのですが、聞こえてしまいました」
そして、エルーは照れたように微笑する。つられたようにマツリカも小さく笑みを浮かべた。その姿を見て一葉は思う。この二人には、自分が思う以上に強い結びつきがあるのだろうと。そして、思い出したように一つ咳払いをする。
「あー……、一段落ついたところで悪いが、これからどないするんや?」
エルーが蒼の瞳を瞬かせた。
「え……?」
「末のおチビちゃんが言うとったけど、王位に就くには、残りのお姫さんとも戦わなならへんのやろ?」
「……そうですね。雌雄決戦に参加するには、ミリシア姉様、ファルナ姉様のどちらかにまずは勝利しなければなりません」
「『雌雄決戦』?」
初めて耳にする単語を聞き、一葉は思わず小首を傾げる。そんな彼を目にしたエルーが補足してくれた。
「はい。雌雄決戦とは、いわば次代継承戦の決勝戦です。これに勝利した者が次代のファーデルグ国王となるのです」
「ほう……」
片手で顎をさすった後、一葉はエルーに問いかける。
「まあ当然、最終的にその雌雄決戦やらに出るとして、次の戦いはどないなるんや? おチビちゃんみたいにお嬢を狙うて追っ手が来るんか?」
エルーは少しの間、思案する素振りを見せる。
「残りの姉様たちは、メイアのようにすぐ動くことはないと思います」
「そら、なんでや?」
「第一王女のミリシア姉様は思慮深く、慎重です。恐らくメイアがわたしに敗北したと知れば、何か対策を講じられるでしょう。ですから、今日明日に動かれることはないはずです」
「なるほど。ほな、残りのお姫さんはどうなんや?」
「ファルナ姉様は人見知りなご性格で、表に出るのを極端に嫌がられる方でした。あの方は、わたしと同じく次代継承戦の参加に積極的ではないと思います」
「なるほど。ほな、わしらには多少は猶予があるっちゅうわけや」
一葉の言葉にうなずいた後、エルーが布団から起き上がり、一葉の傍にちょこんと腰掛ける。その突然の行動に一葉は少し狼狽してしまった。
「な、なんや?」
「イチの言ったとおり、わたしたちには猶予があります。ということでイチ、一つお願いしたいことが……」
「お願い?」
「あなたの扱う五行の理をわたしにも教えてほしいのです」
「何?」
思いもよらないエルーの要望に、一葉は思わず目を瞬かせる。
「メイアの『土の騎士』との戦いでおわかりとは思いますが、『比翼の鳥』が持つ宝機には、それぞれ違う得意分野の力があります。残りの姉様は、その力を最大限に発揮できる場所で戦われたいはず」
「……ほう。そいで、なんで五行の理をお嬢は知りたいんや?」
「わたしは、姉様方の『比翼の鳥』の能力を知っています。ならば、あなたが扱う五行の理を教えてくれれば、その特性を活かす策が練れるかもしれません」
エルーにこれ以上ないほど真摯な顔で言われ、一葉は嘆息する。その様子を目にしたエルーが少し気後れしたように彼に尋ねた。
「やはり難しいでしょうか? 東方の一族伝来の技で、おいそれと他人に教えたりは……」
「いや、感心してんのや」
「え?」
「普通のお姫さんやったら、騎士に戦いのすべてを託すはず。せやけど、お嬢はわしのために苦心して策を考えてくれるんやな。さすが、そこいらのお人形のようなお姫さんとは大違いや」
一葉に満面の笑みを向けられ、エルーは陶磁器のような頬を朱に染める。
「い、言いましたよね? わたしに『比翼の鳥』がいてくれたら、その隣を並んで共に歩むと。ならば、あなたが有利に動けるよう、わたしが策を練るのは当然です」
そして、エルーは照れた顔を隠すようにあらぬ方向を向いた。
「……ま、まったく、あなたという方は女性を褒めるのがお上手なのですね」
「いやいや、誰彼構わずわけちゃう。ほかならぬお嬢相手やさかい、言うてんのやぞ」
そんな出来事を経て、次代継承戦第二日目は終わった。
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