次代継承戦開始(5)
「姫様、どうなされたのです!?」
マツリカが気遣わしげにエルーに声をかけてくる。
「い、いえ、騎士同士の戦いに立ち会うことなど、生まれて初めてで……。頑張って気を張っていたのですが、ふっと緩んでしまったようです」
自身の侍従を心配させないよう、エルーは何とか微笑んでみせた。だが、本当に脱力してしまったのか、しばらくは立ち上がれそうにない。すると、一葉がエルーのすぐ傍まで歩み寄り、彼女の身体を軽々と抱き上げた。
「きゃ……っ!」
エルーは思わず驚きの声を上げる。こうされるのは、氷化の花を採りに行ったときに続いて二度目だ。その痩躯からにわかに想像できないが、一葉は意外と力があるらしい。
「イ、イチ、わ、わたしは大丈夫です。動けますから!」
気丈に振る舞おうとするエルーだが、一葉はその内心を見越したかのように首を横に振ってみせた。
「まあ、無理しなさんな。こないな大立ち回りに立ち会うて、気ぃ消耗したやろう。それに、昨日から一睡もしてへんやろ? とりあえず、わしの家で休むとええ」
「で、ですが……」
確かに一葉の言うとおり、昨日からまんじりともしていないことをエルーは思い出す。一旦気づくと、疲労が身体にドッと押し寄せてきてしまった。
「やっぱ顔色も悪いねん。このまま家まで運んだるわ」
「い、いえ、そこまでしていただいては……」
焦燥するエルー。気づけば、広場中の人間の視線がこちらに集中している。エルーは最初、情けなくも脱力した自身に彼らが呆れ返ったのかと思ったが、実際は違ったようだ。
「やった! イチと姫様が第四王女に勝ったで!」
「さすがイチ、宝機の力なんか目やなかったな!」
「あの生意気そうな王女を負かせて、胸がスッとしたわ」
ジンハの住民たちが口々に歓喜の声を上げている。それにエルーが呆然としていると、一葉が笑いかけてきた。
「どうや? お嬢はジンハの連中の期待に応えることができたんやぞ。悪い気はせえへんやろ?」
「あ……」
エルーはこの広場全体を見渡す。ここにいる誰もが喜びの色を顔に浮かべていた。一葉に悪い気はしないだろうと言われたが、エルーはただただうれしかった。「出来損ない」と王城で言われてきた自分などに初めて期待をかけてくれた人々。その想いに応えることができたのなら、こんなにうれしいことはない。
「さて、お嬢。感動に浸ってんとこ悪いが、一つ決めなあかんことがあんねん」
「え?」
「末のおチビちゃんも言うとったが、とにかく力で勝てば、誰にでも王位が転がり込んでくるっちゅうことやろ。そいで、お嬢はこれからどないすん?」
不意に決断を迫られ、エルーは狼狽することになった。確かに次代継承戦の規則どおりなら、実力をもってほかの姉妹に勝利し続ければ、最終的にその者に王位が継承されるという。それは昨日までならエルーには叶うはずのないものだった。
エルーは、自身を抱きかかえている一葉に目を向ける。昨日出会ったばかりの移民の青年。そんな彼は、出来損ないの王女である自身などの「比翼の鳥」に志願してくれた。そして、彼の持つ力は実際にメイアの「土の騎士」をたやすく撃退する程のものだ。
突如、エルーの眼前に提示された可能性――「王家の証」を持たない自身が王位を継承できるというもの。エルーが再び広場に視線を戻すと、ここにいる誰もが期待のまなざしをこちらに向けていた。ひとたびそれを目にしてしまっては、エルーに残された選択肢など、ただ一つしかなくなる。
「……イチ」
エルーは一葉をまっすぐ見つめた。
「昨日まで、わたしには次代継承など途方もない話でした。ですが、今いくつもの偶然が重なり、選択肢が得られました。わたし自身には何の力もありません。それに、このファーデルグの王など、わたしには分不相応かもしれません」
何を思っているのか、一葉は黙ったままエルーの話を聞いている。
「わたしは昨日まで、ただ次代継承戦から逃げ出すことしか考えていませんでした。ですが、この街の方々がわたしなどを応援してくださって、そしてイチ、あなたがわたしの『比翼の鳥』に志願してくれました」
そこまで言った後、エルーは一拍置いた。なぜなら、これから告げる言葉は一葉を戦いの場に投じさせることになるからだ。だが、それでも――。
「もし、わたしに少しでも可能性が与えられたのなら、このファーデルグを少しでもよい国にしたい。そのためにはイチ、あなたの力が必要不可欠です」
エルーの言葉の機先を制するように一葉が言う。
「言うたやろ? わしは、わしの仲間の恩人であるお嬢のために命を張るって。そらもう何があろうと、揺るがへん。それに、わしはお嬢の魂に惚れてもうた。そのお嬢が望むのなら、わしはどないな戦にだって向かう」
そして、一葉は初めてエルーの本名をきちんと呼んだ。
「改めて、これからよろしゅうな。エルーシュカ・オルテ・ファーデルグ姫」
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