次代継承戦開始(4)
酷薄なまなざしを主から向けられ、大男のルドルグがわずかに怯む様子を見せた。だが、すぐに首肯してみせると、再び大剣を頭上高く振り上げる。その様子を見た一葉が呆れたように嘆息する。
「そやさかい、無駄や言うてんのに」
次の瞬間、ルドルグが最上段まで振り上げた大剣を猛烈な勢いで地面に突き立てた。そして、先程までとは比にならない大きさの土塊の槍が何十本も、エルーたちに向けて飛んでくる。その様は、まるで暴風雨のようだ。だが、先程とは違い、エルーはもう焦燥したりしなかった。
エルーは眼前の男に目を向ける。こちらを振り向いた彼の口端はわずかに上がっていた。その姿はまるで勝利を確信でもしているかのようだ。そして、再び前方に向き直ると、一葉は先程のように五行の呪を唱え始める。
『……我、五行の知者なり。木々よ、槍となりて暴虐を打ち払い、彼の者を捕らえん!』
すると、エルーたちの前に広がっていた木々の枝が猛烈な勢いで前方へ飛んでいく。その様は、一葉の唱えた呪のとおり槍のようだ。槍となった木々の枝は、こちらに向け飛んでくる巨大な土塊の槍をいともたやすく弾き飛ばしていく。
「な、何なんだよお……っ!」
一連の様子を目にしていたメイアが半狂乱状態に陥った。彼女の「比翼の鳥」も同様なのか、ルドルグは顔面蒼白になっている。何十本もの巨大な土塊の槍の猛攻を突破した木々の槍は、攻撃を放ったルドルグ本人に向かっていく。そして、木々は槍から縄のような形態へと姿を変え、彼の巨体を捕縛した。ルドルグは絡んだ木々の枝から逃れようともがくが、捕縛が強固なのか、それは叶わない。
「こ、こんなことってえ……っ」
無様に木々の枝に捕らえられた己の「比翼の鳥」を目にし、メイアはがっくりと膝をついた。そんな彼女に一葉が無情に告げる。
「さて、どないする? おチビちゃん。このまま、そのデカブツを絞め殺すこともできるんやぞ」
「う……」
メイアが困惑の表情を浮かべた。何しろ、自身の隣では己の騎士が木々の枝に捕らえられ、苦しげにもがいているのだから。それでも、まだ敗北を認めたくないのか、黙り込んでしまう。
「……メイア様、あなた様の負けです」
不意にこの場に冷厳な声が響いた。それに反応し、エルーが声のした方に顔を向けると、マツリカがすぐ傍に来ていた。
「マツリカ!」
「申し訳ありません、姫様。お助けすることができず……」
マツリカは恐縮しきりな顔を浮かべる。
「わたしは大丈夫です、イチが守ってくれましたから」
エルーが言うと、マツリカは一瞬複雑そうなまなざしになったが、すぐにいつもの毅然としたものへと表情を戻した。
「今、次代継承戦規則に則り、参加者同士の試合が行われました。そして、あなた様は負けたのです、メイア様。それは、ここにいる皆が立会人になってくれます」
マツリカがこの広場全体を見回す。その先では、一部始終を見ていたジンハの住民誰もが厳しい表情をメイアに向けていた。そして、「姫様とイチの勝利や!」「敗北者は、とっととここから出ていけ!」と口々に叫んでいる。
罵声を受けたメイアは、さすがに戦意を喪失したようだった。なにしろ彼女自身が宣言したのだ。ここにいる皆が試合の立会人になれ、と。それが墓穴を掘ることになるとは、想像だにしていなかったに違いない。
「……わかったよ」
地べたに座り込んでいたメイアがゆっくりと立ち上がる。
「ボクの負けだ、認めるよ」
ようやくしおらしくなったメイアを目にした一葉がエルーに問いかけた。
「ええのか? お嬢。とどめをささんで」
エルーは首を横に振る。
「構いません。これ以上の無益な戦いは不要ですから」
「せやけど、あのおチビちゃんはお嬢の命を狙うてきたんやぞ?」
一葉に真剣なまなざしを向けられ、エルーは困ったように微笑んだ。
「……よいのです。甘いと言われるかもしれませんが、あれでもメイアはわたしと血を同じくする数少ない家族ですから」
一葉は大仰に肩を竦めてみせる。
「ほんまにお嬢は甘い……と言いたいとこやが、わしはそないなとこに惹きつけられたさかいな。まあ、しゃあない」
一葉は鷹揚な笑みを浮かべた後、ルドルグの方へスッと右手を差し出した。すると次の瞬間、彼を捕縛していた木々の枝がほどけていき、元の植栽へと姿を戻す。
「……本当にすごい術ですね。宝機の力を軽くいなしてしまうなんて」
エルーが感心したように言う。それに一葉は嘆息してみせた。
「五行っちゅうのは、この世の理の基本の『き』や。そんなんも、この国では知られてへんのやなあ。まあ、そのおかげでわしは有利に動けたわけやが」
エルーと一葉がそんな会話を繰り広げた後、メイアが捕縛の解けたルドルグを引き連れ、すぐ傍までやってきた。
「……ホントにツイてるよね、エルー姉様は」
「え?」
メイアにこれ以上ないほど悔しそうに言われ、エルーは当惑の声を上げる。
「『王家の証』もないくせに、そんな妙な術を使う男を手に入れちゃってさ……ズルイよ」
「メイア……」
「でも、真っ先に戦いを持ちかけたのはこのボクだしさ、負けは認めるよ。でも、これで安心したりしないでね。まだ残りの姉様たちがいるんだから」
不穏な発言をした後、メイアが一葉に顔を向けた。
「本当はこんなこと言いたくないけど、ルドルグを殺さないでくれたこと、感謝してる。これでも、彼はボクのたったひとりの『比翼の鳥』だからね。やっぱり易々と殺されたくはないんだよ」
メイアが背後のルドルグを見て微笑む。その表情は先程までとは違い、年相応のものにエルーの目には映った。残りの姉妹たちは、自身の「比翼の鳥」をただの戦いの道具としか認識していないのだろうと思い込んでいたが、実のところはそうではないのかもしれない。
「じゃあね、エルー姉様。覚悟決めたってんなら、せいぜい頑張んなよ」
メイアは軽く片手を振ってみせると、ルドルグを引き連れこの広場を後にした。その後ろ姿を見た後、エルーは地べたに座り込んだ。