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次代継承戦開始(3)

「さあ、次の一撃で終わりだよ、エルー姉様!」


 メイアの言葉に従い、ルドルグが再び頭上に大剣を振り上げようとする。エルーは狼狽した。ついさっき自身で言ったとおり、土の力を操るルドルグの前では土で構成されたこの広場では為す術がない、そうだとばかり思っていたのだ。


 ――い、一体どうすれば……。


 何とかこの場をやり過ごすべく思案しようとするエルーに、一葉が声をかけてくる。


「お嬢、わしの後ろに回っててや。まあ、万が一もあらへん思うが、念のためにな」


 その言葉を聞き、エルーは頭の上に何本も疑問符を立てた。


「こ、この場から離れないのですか? このままでは、先程のように土塊の槍が……」

「あんなん恐るるに足りん。それに敵さんを前に逃げ出すっちゅうのは、わしの性に合わへんさかいな」

「で、ですが……」


 決して一葉を信用していないわけではないが、やはり圧倒的な宝機の力を前にすると、エルーは自然と震えが来てしまう。そんなエルーを安心させるかのように、一葉が落ち着いた口調で告げる。


「……大丈夫や」


 一葉の呟きに反応し、エルーは再び彼に向き直る。


「なんも心配せんでええ。わしの命にかえても、お嬢には傷一つつけさせたりせえへん」


 言い終えると、一葉が微笑んだ。その笑みを目にし、エルーは不思議と先程までの焦燥が薄らいでいくのを感じた。


「姫様っ! 次の攻撃が来ます!」


 不意にマツリカの悲鳴めいた声が聞こえてくる。そういえば、彼女は今どこにいるのだろうか? エルーはマツリカの姿を捜そうとするが、今はそれどころではなさそうだ。マツリカではなく、メイアたちのいる方にエルーは視線を向ける。すると、その先では、先程のようにルドルグが最上段に大剣を振り上げていた。


「じゃあね、エルー姉様! あ、もしあの世に行ってもボクのことは恨まないでよ? これは次代継承戦の規則に則った試合なんだから、どうなっても仕方ないもんね!」


 メイアがおどけた声音で言うのとほぼ同時に、ルドルグが大剣を地面に振り下ろした。すると、先程のように土塊の槍がこちらに向けて飛んでくる。それは先程の比ではない量だった。


「姫様あっ!」


 どこからか、マツリカの悲痛な声が聞こえる。このままでは、エルーたちが土塊の槍の餌食になることは時間の問題だった。


「さて……と」


 エルーを庇うように前に立っていた一葉が、一つ息をつく。


「ほな、いっちょ反撃開始といこか」

「え?」


 一葉はこれから一体何をしようというのか。エルーは思わず肩越しに彼の様子を窺おうとする。だが、そうしているうちに、こちらに向けルドルグの放った土塊の槍が暴風のように飛んできた。この間合いでは、もう逃げ出す暇もない。せめて彼だけは助けようと、エルーは思わず一葉の前に出ようとする。


『……我、五行の知者なり』


 不意に一葉が言葉を紡ぎ出した。それはエルーも幾度か耳にした、呪文めいたものだ。エルーはハッとし、前方の一葉に目を向けた。


 ――イチは、もしかして秘術を……?


 エルーの予想を体現するかのごとく、一葉は秘術を完成させる。


『五行の理に従い、我に向かいし土塊を、木々が盾となり防ぐことを命ず!』


 すると次の瞬間、驚くべき事象がエルーの眼前で繰り広げられることになった。なぜなら、この広場の植栽が枝を伸ばし、みるみるうちに一葉とエルーの前へと広がっていったからだ。その様は、まるでエルーたちの盾になろうとしているかのようだ。


 そうしているうちに、ルドルグの放った何十本もの土塊の槍がこちらに到達しようとする。エルーは思わず目を瞑った。いくら自分たちの盾になってくれようとも、ただの木の枝と土塊の槍では強度が比べものにならないと思ったからだ。


 だが――。


「…………?」


 エルーは恐る恐る目を見開く。なぜなら、自身の身体に傷一つついていなかったからだ。前方の一葉も同様なのか、笑みを浮かべ、こちらを振り向いている。


「な、何、それえっ……!?」


 メイアの驚愕の声が聞こえてきた。それを怪訝に思い、エルーは眼前の光景に目をやる。そして次の瞬間、メイアと同様に当惑した声を上げることになった。


「え……っ!?」


 エルーと一葉の前に盾のように広がる木々の枝に、「土の騎士」ルドルグの放った何十本もの土塊の槍がいともたやすく弾き飛ばされている。それはあり得ない光景だった。


 ファーデルグ王家代々に受け継がれてきた宝機。王国のすべての技術力をもってしてつくられた威力は圧倒的で、本来ならこんな細い木々の枝など吹き飛ばしてしまうのが当然だったからだ。


 だが、エルーの眼前で繰り広げられている光景は一体何だ? 絶対的威力を持つ土塊の槍が、まるでピンボールのように木々の盾によって跳ね返されている。その様子を目にしたエルーのみならず、メイア、ルドルグまでが、ただただ呆然とすることになった。


「イチ、もしかして、これがあなたの『とっとき』の……」


 エルーは思い出す。一葉、そしてジンハの皆が口にしていた「とっとき」。それは一葉が何度か見せた秘術ではないかと、さすがにエルーも薄々感づいていた。


「そう、これがわしの『とっとき』や」

「これが……」


 そして、宝機の攻撃すら退ける秘術とは、一体どういう仕組みなのかと一葉に尋ねようとするのをメイアの声が妨げる。


「ま、まさか宝機が、『土の騎士』の力が防がれるなんて……。お前、一体何者なのさ!」


 半ば狂乱した声音で言うメイアに、一葉が大仰に肩を竦めてみせた。


「何者も何も、わしはただの『五行の知者』や」

「イチ、では、あなたが扱える秘術というのは……?」


 エルーは今、一番知りたいことを一葉に尋ねる。


「わしのご先祖さんがいた東方の秘術は、自然の要素を借りてあらゆる現象を起こす。五行の理もその一つ。五行っちゅうのは、つまり木・火・土・金・水が輪になったようなものやな。お嬢は知らへんかったのか?」


 エルーは首を縦に振った。自身では日々研鑽し努力しているつもりだったが、このような術が世界に存在することすら知らなかった。だが、一葉はそんなエルーを馬鹿にしたりなどしない。


「まあ、五行の術を扱えるのは、ごく限られてんさかいな。お嬢が知らへんのも無理あらへん。ちなみに今わしが使うたのは、木剋土もっこくどの理。地中に根を張った木は、土を締め付ける。簡単なことや、この木々で溢れ返った広場では、土の力を持つ人間に絶対に勝ち目はあらへん」

「そ、そうなのですか……」


 完全に理解できたわけではないが、一葉の言ったことが本当なら、か細い木々の枝が土塊の槍を容易に防いだのも素直にうなずけた。


 エルーは感心したように一葉を見つめる。身につけているのはキモノのみで、武器の一つも持たない彼。だが、ただの言葉一つで、宝機を持つ「土の騎士」の攻撃をいともたやすく防いでしまった。


 ――もしかして、わたしはとてつもない方を「比翼の鳥」にしてしまったのでは……? 


 感慨に耽りそうになるエルーを、メイアのヒステリー声が妨げる。


「何が『ごぎょう』だよ! そんなのボク知らない、ずるいずるい!」


 そして、彼女はだだをこねる子供のように地団駄を踏んだ。だが、それでもまだ王位に執着しているのか、再び己の「土の騎士」に命ずる。


「ルドルグ、もうお前の最大限の力をもって、あの妙な術を使う男を痛めつけるんだ。もし、またしくじったりしたら……わかってるよね?」

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