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次代継承戦開始(2)

「……わかりました」


 エルーは固く唇を引き結ぶと、一葉の真正面に立つ。


「イチ、わたしはいつも思っていました。もし、わたしに『比翼の鳥』がいてくれたら、その隣を並んで共に歩もうと。あなたはわたしのために、命を張るとまでおっしゃってくださいました。ならば、わたしも同じでありたいのです」


 ほかの姉妹は「比翼の鳥」を自身の戦いのための駒程度にしか思っていないのだろう。だが、エルーは自身のために命をかけてくれる相手に、そのような不義理はしたくない。


「あなたがわたしのため戦いに身を投じてくれるというのなら、わたしも常にその傍にいます」


 エルーはそっと一葉の顔を両手で包む。そして次の瞬間、この広場は驚愕の声で溢れ返ることになった。なぜなら、エルーが一葉の唇に自身の桜色の唇を重ねたからだ。


 数秒の間口づけを交わした後、エルーはそっと唇を離す。そして、眼前の男に告げた。


「これで契りは交わされました。イチ、この国を変えるため、どうかわたしと共に戦ってください」


 この先どうなるかなどわからないが、とにかく今は眼前の敵を退けなければならない。ならば、今はこの男にすべてを託そう。そして、もし彼が敗れることがあれば、自分も――。


 不意に一葉が、自身の顔を包むエルーの両手に己の両手を添えた。そして、おどけたように言う。


「前にも言うたが、お嬢はただのおとなしいお姫さんやとばっかり思うとったけど、意外と大胆なんやなあ」


 そう言った後、彼はなぜか少し照れくさそうな表情になった。


「さすがのわしも、まさかこないな大勢の面前で契りやらを交わすことになるとは思わへんかったわ」


 エルーはその言葉の意図を瞬時に理解できなかった。だが、思案を巡らせる前にあることに気づく。この広場にいる全員の視線が自身と一葉に向けられていた。そこでようやくエルーは、自身がとんでもないことをしてしまったのだと悟る。


「あ、あ……っ」


 エルーの陶磁器のような頬が瞬時に朱に染まった。自身は大勢の面前で口づけしている場面を晒してしまったのだ。いくら騎士と主の契りのつもりだったとはいえ、何と大胆なことをしてしまったのだろう。己を恥じ入ろうとするエルーを大きな怒声が遮った。


「ちょっと、ちょっとお! 何見せつけちゃってくれてんのさあ!」


 エルーは反射的に声のした方に目を向ける。すると、その先では、額に青筋を立てたメイアの姿が。


「これから戦おうってときに、随分と余裕だねえ~? エルー姉様」

「あ、あの、これは……」


 思わず言い訳をしようとするエルーだが、当のメイアは一切聞く耳を持たない。


「ふん、まあ、いいけどね。お似合いじゃん、出来損ないの姫と移民なんてさ」


 これ以上ないほどの侮蔑の表情を浮かべた後、メイアは背後にいた自身の「比翼の鳥」を振り返った。


「さあルドルグ、お前の二つ名『土の騎士』の所以、ここにいるお客さんたちにとくと見せてあげてよ!」


 主の命に従い、「土の騎士」ルドルグがメイアの前へ立つ。そして、手にしていた大剣を頭上高く振り上げようとした。その様子を目にしたエルーが、すぐ傍にいた一葉に向き直る。


「イチ、いけません! 今すぐここから離れましょう!」


 そう叫び、エルーは一葉の手を引き、この場から駆け出そうとする。そうしている間に、この広場に変化が起きようとしていた。


 ルドルグが最上段まで振り上げた大剣を一気に地面へと振り下ろす。大剣は振り下ろされた勢いそのままに地面へ深く突き刺さった。そして、今まで一言も発しなかったルドルグがポツリと呟く。


『……宝技・土塊の槍流』


 その言葉と同時に、ルドルグが大剣を突き刺した地面からいくつもの土塊の槍が飛び出し、エルーたちに向けて飛んできた。その様子を見た一葉は「ほう!」と感心した声を一つ上げると、傍にいたエルーを抱き寄せ、今いる場所から横飛びに駆け出す。


 標的を逃しながらも、土塊の槍は凄まじい勢いで、たった今エルーたちがいた場所に何本も突き刺さった。その様を目にしたエルーは顔からサアッと血の気が引いていくのを感じる。もし、あのままとどまっていたら、今頃自分たちは土塊の槍に串刺しにされていただろう。


「……ちっ、ちょこまかと逃げ回って、まるでネズミさんだね」


 ルドルグの攻撃が外れたのを目にしたメイアが、不愉快そうに片眉を上げた。だが、すぐに余裕の表情を取り戻す。


「無駄に勉強熱心だったエルー姉様は知ってると思うけど、ルドルグの宝機は土の力を自在に操れるんだ。この広場だったら、もう力は使い放題だね!」


 エルーは初めて目にする宝機の力に恐れおののいていた。だが、すぐ傍にいる男は違ったらしい。


「あれが楓の言うとった、宝機っちゅう奴の力か。なかなかの威力やんか」


 一葉はまるで子供のように黒曜の瞳を輝かせていた。その姿は焦慮に駆られているエルーとは真逆だ。エルーは思わず呆れ返りそうになってしまう。


「イチ、メイアの言ったとおり、土の地面でできたこの広場は『土の騎士』ルドルグの独壇場です。はっきり申し上げて、わたしたちに逃げ場はありません!」


 一葉は抱き寄せていたエルーをそっと離すと、ぐるりと周囲を見渡した。その後、なぜかにやりと笑みを浮かべる。


「いやいや、逃げ場があらへんどころか、この場所はわしの十八番の宝庫やぞ、お嬢」


 一葉が一体何を言わんとしているのか理解できず、エルーは蒼の瞳を瞬かせる。そうしている間にも、二人に再び危機が迫ろうとしていた。

今日からまた更新を始めます。原則平日の午後六時過ぎを予定しております。どうぞよろしくお願いします!

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