次代継承戦開始(1)
「……なんで、こんなに人がいるのさ」
広場に着いたメイアが開口一番、呟く。それもそうだろう、なぜなら既に広場にはジンハの住民ほとんどが待ち構えていたからだ。それは一体なぜかと一葉が彼らに問いかけるより先に、ある人物が気勢を上げた。
「イチ、話は聞いたで! この広場で次代継承戦やるんやって?」
「……やっぱ自分か、楓」
恐らく楓は自分とメイアのやりとりを物陰からでも見ていたのだろう。そして、一葉たちより先んじて住民を引き連れ、広場で待ち構えていたのだ。
「姫様、ウチらジンハの住民は、みーんなで姫様たちを応援するで!」
楓の言葉にメイアが不愉快そうに眉根を寄せる。
「はあ? なんで、移民風情が伝統ある次代継承戦に関わるのさ」
ジンハの住民たちが口々に猛抗議の声を上げ始めた。
「勘違いすな、ここは王城のうて、わしらの街やで!」
「そうや、勝手にわしらの街に土足で踏み込んできたのは、あんたらの方やんけ!」
非難囂々の声にさすがのメイアも怯んだようだ。そして、懐から先程も目にした小冊子を取り出す。
「……ふん、次代継承戦規則その十、『次代継承戦の試合場所は王国内ならどこでも許可するが、その折には何人か立会人をつけなければいけない』、か。ま、仕方ないね」
メイアは小冊子を閉じると、この広場中に響き渡る声で高らかに宣言した。
「じゃあ、お望みどおり、第三王女エルーシュカ姉様と、第四王女の可愛い可愛いメイア・アルテ・ファーデルグ様の次代継承をかけた試合を執り行いまーす! だからあ、ここにいるみんなが立会人になってね!」
その言葉を聞き、楓が気合いのこもった表情で声を張り上げる。
「姫様、イチ、ウチらがついてるさかいね! 第四王女様だかなんか知らへんけど、ちゃちゃっとやっつけてもうて!」
続いて、ほかの住民たちも檄を飛ばしてくる。さすがのメイアもこの超アウェーな状況に不快そうな表情を浮かべた。だが、すぐに気を取り直したようにエルーに向き直る。
「さ、エルー姉様、戦おうよ!」
エルーは一瞬躊躇するが、意を決したように首肯する。そして、すぐ後ろにいた一葉を振り返った。この状況から、そして妹姫から逃げ出すことなどできない。何せ自分などを応援してくれる人たちがいるのだから。そんな彼らに背中を向けるなど、決してあってはならないのだ。
「……イチ、こんなことになってしまって、本当に申し訳ありません」
これ以上ないほど済まなそうに言うエルーに、一葉は場にそぐわぬ明るい笑みを向ける。
「お嬢はなんも気にせえへんでくれ。それに、移民のわしが次代継承戦にどないな形であれ参加できるんは、この国を変える好機や思うんや」
「え?」
「勉強家なお嬢なら知ってる思うが、この国は今えげつない有様や。王政府が課す税率は跳ね上がって、国民は毎日それにひいひい言うとる。そら、このジンハの連中も例外ちゃう」
一葉の言葉を聞き、エルーは胸の中が重くなるのを感じた。「比翼の鳥」を持たないエルーは、武力では役に立てないかわりに王城の奥で一人勉学に勤しんでいた。何の後ろ盾もない自分が王位に就ける可能性など欠片もないと思いながら。
だからこそ、何かこの国の、そして国民の役に立てるよう薬師の資格をとり、ときには困窮している国民を救う策を考えたりもした。それはもちろん、ただの机上の空論ではあったが。
「もし、や。もし、お嬢が次代継承戦に参加して、ひいては勝ち残ったら、王位はお嬢に転がり込んでくるんやろ?」
一葉の問いかけに、エルーは知識として記憶していた次代継承戦規則を思い出す。次代継承戦規則その三、「その実力をもってして次代継承戦に勝ち残れば、王位継承順位が何位であろうとも、その者が王位を継ぐものとする」。
「た、確かに規則ではそうです。ですが、わたしに次代継承戦に参加する資格など、やはりないのではないでしょうか……」
「なんでや?」
「わたしは最初、次代継承戦に参加するどころか、その資格を放棄して外つ国に逃げ出そうとしました」
ここでエルーは強く唇を噛みしめる。
「その行いはつまり、この王国の民を見捨てるのと同じことです。一度逃げ出したわたしが王位を継ぐ資格など……」
その言葉に異議を唱える者が現れた。
「姫様は国民を見捨てたりなんかしてへんで! だって、出会うたばっかりのウチのために危険な山に行って薬をつくってくれたやんか!」
一葉とエルーは顔を見合わせると、声のした方をほぼ同時に向く。その先にいたのは、やはり楓だった。
「そらあ、会うて間もあらへんけど、姫様がええ人かてことはアホなウチにもわかるで。もし、姫様が王様になってくれたら、きっとウチらのために頑張ってくれる思う」
そして、楓は背後を振り返った。その先にはジンハの住民たちがいて、楓の意見に同調するよう皆一様に首肯する。その姿を目にし、エルーは驚いたように目を見開いた。
「皆さん……」
「おっと、わしのことも忘れてもろうちゃ困る」
少しふてくされたような一葉の声を聞き、エルーは再び彼に向き直る。
「わしはもう決めた。わしはわしの家族同然の仲間を救うてくれたお嬢のために、命を張る。それにお嬢はほんまは勇ましゅう、高潔な魂の持ち主や。そないなおなごに仕えられたら、男冥利に尽きるわ。お嬢は嫌か?」
そして、一葉はエルーをまっすぐに見つめてきた。まるで夜闇のように冴えた瞳にとらえられ、エルーは自身がこれからどう身を置けばいいのか悟った。