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比翼の鳥

「なら、わしがお嬢の『比翼の鳥』やらになったるわ。そないしたら万事解決やろ?」


 思わぬ一葉の発言に、エルーはおろか、メイアまでが度肝を抜かれたように目を見開く。


「イチ、まだあなたには話していませんでしたが、『比翼の鳥』を持つには資格が必要なのです。ファーデルグ王家の血を引く人間には、例外なく剣の形の痣が身体のどこかに現れます。ですが、わたしにはそれが十歳を過ぎても現れなかったのです」


 自身が「比翼の鳥」を与えられない理由――そのことを思い出し、エルーは歯痒い思いを抱く。


「剣の痣――『王家の証』を持つ人間には、『比翼の鳥』と呼ばれる騎士団一団にも匹敵する騎士が与えられます。ですが、わたしにはその資格がないのです。ですから……」


 エルーの言葉を一葉が途中で遮った。


「それがなんや?」

「え?」

「『比翼の鳥』を持つ資格か何だか知らへんが、それこそ移民のわしには関係あらへん」


 あっけらかんと言う一葉を前にエルーは戸惑う。


「で、ですが……」


 だが、エルーを押しのけるようにメイアが怒声を上げた。


「いきなり何なのさ、お前! そんなこと、移民のお前風情が勝手に決めるんじゃないよ!」

「小娘は黙っとき!」


 一葉に怒声で返され、メイアが初めて怖じ気づく様子を見せた。恐らく彼女は、こんなふうに誰かに怒鳴られたことなど、生まれてこのかた一度もなかったのだろう。


「この世の理やら知らへん小娘に教えといたるわ。主従関係やら、わしのお嬢に対する忠義と、お嬢のわしに対する信頼があれば成り立つんや。小娘がごちゃごちゃ抜かさんときや!」


 それから一葉は不敵な笑みを浮かべて言う。


「それにおチビちゃん、ついさっき自分で言うとったよなあ? 次代継承戦の間は『何人』の力を借りてもええって。やったら、わしがお嬢に力を貸すのは何の問題もあらへんよなあ?」

「う……」


 さすがにファーデルグ王家が定めた次代継承戦の規則には逆らえないのか、メイアはぐうの音も出ないようだ。その様子を見た後、一葉は再びエルーに視線を戻す。


「どうや、お嬢。ここは騙された思て、このわしを『比翼の鳥』にしてみいへんか? 悪いようにはせえへんで」


 突然決断を迫られ、エルーは大いに戸惑うことになった。だが、そんな中でも疑問を一葉にぶつけてみることにする。


「……イチ、『比翼の鳥』になってしまったら、ほかの『比翼の鳥』を相手にしなければならないのですよ? 先程も言いましたが、『比翼の鳥』は騎士団一団にも匹敵する猛者たちです」


 そして、一番の疑問を眼前の男に尋ねた。


「それに、昨日出会ったばかりのわたしのために、あなたが命の危険に晒されなければならない道理など欠片もありません。なのに、なぜ……」

「あのなお嬢、ついさっきこのジンハの連中が言うたやろ。楓を救うてくれたお嬢を全力で守るって。そら、このわしも例外ちゃう。それにな、わしの目にはお嬢が凡人にあらへんものを持ってんのが見えてるんや」

「え?」

「お嬢は、ほかの人間とはちゃう強い気ぃ纏うてん」

「『気』?」


 エルーはわけがわからず、一葉の言葉をおうむ返しに呟く。


「人間は皆誰しも、その身体に気ぃちゅうのを纏うてん。その色は人それぞれちゃうし、強さもちゃう。お嬢のは今まで見た誰のよりも強うて、金色に光る気や。わしのご先祖がおった東方では、金色の気ぃ持つ人間は特別で、なんやおっきなことを成し遂げるって言われとる。そないなお嬢と出会えたのは、わしにとってなんかの運命のような気がしてならへんねん」


 戸惑うエルーに向け、一葉が毅然と言い放つ。だが、ここは断固拒否をすべき場面だ。ファーデルグ王家と何ら関係のない彼に命をかけさせる権利など、エルーにはない。そんなことはわかりきっているが、エルーは言葉が出ない。なぜだかわからないが、一葉の言葉には逆らえない気がしてならなかった。まるで、不思議な術でもかけられてしまったかのように。


 ――どうして、わたしは何も言えないの? このままでは、イチを危険に晒すだけだというのに……。


 だが、その思考を金切り声が遮った。


「何なのさ、さっきから黙って聞いてりゃあ、いい気になっちゃって!」


 声の主はメイアだ。彼女はその白い額に青筋を立てている。


「そんなに死にたいんなら、お望みどおりにしたげるよ! ルドルグ、まずはその生意気な男からやっつけちゃえ!」


 すると、主の命に従うように、メイアの背後に控えていた大男が大剣を手にのっそりとこちらに歩み寄ろうとする。その様子を見て、一葉は「おっと」と言った。


「とりあえず、こないなところで交えるのもなんや、もっと広い場所へ行こか。そうやなあ、この街の中央に広場があるさかい、そこなんかがええんやないか」


 ここでメイアがピクリと片眉を上げる。


「広場? 広場って、地面がある場所だよね?」


 その問いかけに一葉がわずかに首を傾げた。


「そらあ、このジンハの連中の憩いの場やさかいな、土やら木やらは豊富にあんねん」


 一葉の言葉を聞いたエルー、そしてメイアがそれぞれ違う反応を見せた。エルーの顔は青ざめ、メイアは邪悪な笑みを浮かべている。


「いいよ、いいよ! お前に指図されるのは気に食わないけど、特別に戦いの場は選ばせたげるよ。いやあー、ボクってやっさしーなあ!」


 一転して機嫌がよくなったメイア。その様子を目にし、エルーは一葉の元に慌てて駆け寄った。


「イチ、メイアの言うとおりにしてはいけません!」

「なんでや? どうせ一戦交えるんなら、広い場所でやった方がええやろ」


 エルーが首を大きく横に振る。


「違います、土のある場所で戦ったりしたら、メイアの思うツボなのです」


 土のある場所へ向かうのは、メイアの「比翼の鳥」に有利に働くことになってしまう。まがりなりにもファーデルグ王家の人間であるエルーは、残りの姉妹の「比翼の鳥」の能力を知っていた。早く一葉にルドルグの能力を伝えなければ、とエルーが次の言葉を発しようとするのをメイアが遮る。


「何してんの、とっとと行くよ!」


 まるで一葉に助言を与える隙も与えないようにするかのごとく、メイアが広場へ向かうことをエルーに促した。彼女の背後には、「比翼の鳥」ルドルグが控えてこちらを見据えている。エルーが何か妙な動きをしたら、すぐにでもその力を振るおうとしているのだろう。


「あ……」


 エルーは狼狽の声を上げる。自身が下手に動いたら、一葉はおろか、同行してくれているマツリカまで危険に晒すことになるかもしれない。そんなエルーの内心を察したかのように一葉が彼女に近づき、耳元で囁いた。


「……お嬢は何も心配せんでええ。広場に行って都合がええのは、こっちも同じやさかいな」

「え?」

「ほな、行くとしよか」


 困惑するエルーの手を引き、一葉はメイアを案内するため広場へと向かう。その後をマツリカが慌てて追っていった。そんな一葉一行とメイアのやりとりを物陰で見つめている者が一人。その人物は、一葉たちが広場へ向かうのを確認した後、ある場所へ走っていった。

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