忍び寄る追っ手(3)
そのうちの一人がエルーの姿を見つけると、「あ」と小さな声を上げる。
「エルー姉様、見っけ! もうっ、手間かけさせないでよおっ」
何とも軽い口調で少女が言う。そのいでたちは、半袖の白いブラウスに濃紺の半ズボンという活発そうな身なり。そして、白銀の髪を大きな赤いリボンで二つに結わえていた。
「姉様ったら、反則じゃないのお? 次代継承戦から逃げ出して、大方外つ国にでも亡命しようとしてたんでしょ。でも、知ってるよね? 次代継承戦に王家の者は全員参加が鉄則だってこと」
エルーが口を開くより先に、マツリカが異議を唱える。
「確かにそうですが、姫様は『比翼の鳥』を持たない御身であらせられます。なのに、『比翼の鳥』を持つほかの姫様と争うことなど、あまりに酷ではありませんか」
メイアが不快そうに眉根をひそめた。
「そーんなの、わかってるよ。でも、次代継承戦規則にあるよね。『次代継承戦には例外なく、王族全員の参加を要請する』って。あー、規則に背いたら、一体どんなペナルティがあるのかなあ~?」
「…………っ」
メイアの言葉に、さすがのマツリカも反論できないようだ。
「でもでもお、エルー姉様にもまったく戦う術がないわけじゃないでしょ? ほら、次代継承戦規則その六、『次代継承戦中は、特例につき、何人の力を借りることを許す』って」
メイアが懐から小冊子のようなものを取り出し、すらすらと読み上げた。
「これってえ、願ってもないチャンスじゃなーい? 『比翼の鳥』を持たないエルー姉様でも、誰かの力を借りれば勝ち目はあるってことだもん。でもでもお、ボクの『比翼の鳥』を相手にできる『何人』なんて、この国に存在するのかなあ?」
そう言うと、メイアが歪に口端を上げる。
「あ、そもそも『比翼の鳥』を持たない出来損ないの姉様に、助け手なんているわけないかあ。あははっ!」
「……メイア、あなたには言いたいことがあります」
妹の嫌味を聞き流し、エルーは毅然とした表情でメイアに向き直った。
「先程、あなたはジンハの住民の方を侮辱するような発言をしたそうですね。そのことに対して、わたしは断固抗議します。ジンハの方々は皆、わたしなどを守ると言ってくださった、尊い人たちです。そのような方たちを軽んじる発言は撤回してください」
「へええっ!」
エルーの言葉を聞き、メイアが大仰に驚いた様子を見せた。
「エルー姉様にしては珍しく、このボクに向かって何を意見するのかと思ったら、反吐が出るようなこと言うんだね!」
「え……?」
「西方の大国ファーデルグの王族であるボクは、この国では誰よりも偉いんだよ。だから、それ以外の人間、ましてや移民なんて、そこらの野良犬と大差ないんだ。あ、これだけは誤解しないでよ。さすがにボクでも『混じり』程、移民を蔑んじゃいないからさ」
「メイア! あなたという人は……」
エルーにとっては看過できない発言だったのか、白磁の頬が紅潮し始めた。そんな彼女を嘲笑うかのようにメイアが続ける。
「でもでもお、ファーデルグにとってお荷物なのはエルー姉様も同じじゃない? 『比翼の鳥』を持たない王族なんて、この国にとって何の価値もないもんね!」
ファーデルグにとってお荷物――それはメイアが差し向けた騎士団の一人も語っていた。確かに「比翼の鳥」を持たない王族は、ファーデルグに何ら貢献することができないだろう。そのことを思い出し、エルーの胸が途端に重くなった。
「あー、ホントにエルー姉様って、何のために生まれたかわかんないよねえ。これじゃあ、ファーデルグ王家始まって以来の面汚し……」
「ちょい待ち、おチビちゃん」
「……はあ?」
突然、「おチビちゃん」呼ばわりをされたメイアは深く眉根を寄せると、声の主を見つけようと周囲を見渡す。すると、その先には見知らぬ男がいた。
「さっきから黙って聞いとったら、好き勝手抜かしよって。末の妹のくせに姉を敬わんのは感心せんわ」
「なっ、何だよ、お前!」
恐らくメイアにとっては予想だにしない人物の登場に、彼女は当惑しているようだ。
「『何だよ』は、こっちのセリフや。勝手に他人様の街に土足で踏み込んでからに」
一葉の言葉に、メイアがようやく何かに気づいた表情を浮かべる。
「あっ、もしかして、このジンハの住民? エルー姉様、移民なんかに匿ってもらってたんだあ! そういえば、いつものドレスじゃなくて変な服着てるし。もうすっかり、この街に馴染んじゃってるみたいだねえ!」
きゃらきゃらとおかしそうに笑うメイアにさすがにカチンと来たのか、一葉が鋭い眼光を彼女にぶつける。すると、メイアはわずかに怯む様子を見せた。だが、そんな自身を奮わせるように彼女は悪態をつく。
「ふ、ふん、お前が何者だか知んないけど、ただの移民は黙ってろよ! 『比翼の鳥』を持たない無力なエルー姉様は、真っ先に次代継承戦で敗北すべきなんだよ!」
「……ほう」
一葉は顎に手をやると、得心したように首肯する。
「こまいことはようわからんが、早い話がお嬢に『比翼の鳥』っちゅうのがおればええんやな?」
そう言った後、一葉はおもむろにエルーに向き直った。
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