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忍び寄る追っ手(1)

「オバちゃん、帰ったで!」


 ジンハに戻ると、一葉たちを一晩中待っていたのか、楓の母親、幸と留守を預かるマツリカが一葉たちを出迎える。


「お帰り、イチ。そいで、治療薬はどうにかなりそうなん?」

「ああ、そら……」


 幸の問いを受け、一葉は背後のエルーを振り返る。


「お嬢、疲れてんとこ悪いが、さっそく頼めるか?」

「はい、もちろんです!」


 慣れない夜の山歩きで疲れているだろうに、エルーは力強い口調で答えた。それから自身の荷物を漁り出す。


「万が一に備えて持ってきてよかったです」


 そう言いつつ、エルーは一葉たちが目にしたことのない道具や乾燥した薬草を床にずらりと並べた。そんな彼女に幸が心配そうに声をかける。


「あのう姫様、楓は助かるんやろうか?」


 その問いかけにエルーが力強く首肯してみせた。


「氷化の花さえあれば、烈火病の治療薬は調合できます。それさえ飲ませれば、楓さんはすぐにでもよくなりますよ」


 それから三十分も経たずしてエルーは調合を終え、烈火病の治療薬を完成させた。エルーの指示で幸が楓の上半身を起こし、治療薬を飲ませる。すると、みるみるうちに楓の顔色はよくなり、呼吸も落ち着いていった。


「この状態になれば、もう大丈夫ですよ、お母さん」


 エルーに笑顔を向けられ、幸は涙ぐみながら何度も何度も彼女に頭を下げた。


「姫様、おおきに、おおきに……!」


 恐縮したようにエルーは大きく首を横に振る。


「お礼なら、どうかイチにおっしゃってください。彼の案内なくしては、氷化の花は採取できませんでしたから」


 急に話題をこちらに振られ、一葉は当惑することになった。


「いや、わしはたいしたことしてへん。お嬢がおらへんかったら、楓を治すことはできへんかったわ」


 ここで一葉はエルーに向かって大きく頭を下げる。


「最初、お嬢にきついこと言うたりして悪かった。王族っちゅうのは皆、高慢ちきで鼻持ちならへん連中やとばっかり思うとったもんやさかい」


 低頭する一葉に、エルーが慌てて両手を横に振ってみせた。


「いえ、自身の勝手な都合でジンハの皆さんにご迷惑をかけたことは事実です。イチがわたしに頭を下げる道理など一つもありません。どうか顔をお上げください」


 ここでマツリカが思い出したように、厳しい表情を浮かべる。


「姫様、午前九時まであまり間がありません。とにかくこの街から離れましょう」

「あ、そうですね……」


 侍従の言葉を聞き、エルーの顔に途端に陰が差す。恐らく自身がどんな状況に置かれているか、思い出したのだろう。


 そのときだった。この家に、どやどやとジンハの住民たちが上がり込んでくる。


「楓の具合はどうなったんや? なんか、ややこしい病気になったんやろ?」

「イチと姫様が戻ってきたんやて?」


 住民たちは楓の容態を案じていたのか、皆一様に気遣わしげな顔だ。それに幸が答える。


「楓はもう大丈夫やって。姫様と、それからイチのおかげやで」

「そうか! よかったなあ」

「姫様、イチ、おおきにな!」


 住民たちの表情は、みるみるうちに安堵したものへと変わっていった。その様子を見てエルーが複雑な顔になる。そして、ポツリと呟いた。


「……皆さんに再びご迷惑をかける前に、早くここから離れなければ」


 その呟きを耳ざとく聞きつけた住民の一人が、キョトンとしたように言う。


「ん? 姫様、もうどっか行ってまうんか?」

「は、はい……。またこのジンハに、王家の追っ手が来ないとは限りませんから」

「昨日の騎士団の連中はイチが追い返したんやろ?」


 怪訝そうな住民の問いに、エルーではなく、一葉が眉間にしわを寄せつつ答えた。


「とりあえず昨日の連中は、な。せやけど、どうやらあの連中の主とやらは、お嬢を自分の元に連れてきたいらしい。第二弾、第三弾が送り込まれてけえへんとも限らへん」

「そうです。ですから、わたしは一刻も早くこの街から……」


 すると、ある声がそれを妨げた。それはジンハの代表の老人だった。


「姫様、わしらはこの国の隅っこで暮らしてる移民やけど、最低限の礼節はわきまえてるつもりや」


 代表の言葉を聞き、エルーがキョトンとした顔を浮かべる。


「え……?」

「姫様は自身の危険も顧みず、楓を救うてくれた。わしらはその恩に報いたい」


 一葉が驚いたように呟く。


「ジイさん……」


 代表の言葉に同意したのか、住民たちが一斉に気勢を上げた。


「騎士団だか王族だか知らんが、わしらの恩人を傷つける輩は許しとけん!」

「そうや、わしらは恩人を放り出したりする慮外もんちゃう!」


 ここにいる住民の誰一人として、エルーをこの場所から追い出そうとする者はいない。一度恩義を受けた人間には必ず報いる、それがジンハの住民の流儀だったからだ。


 だが、エルーは戸惑ったように視線をさまよわせるばかりだった。そんな彼女に一葉が歩み寄る。


「お嬢、聞いてのとおりや。ジンハの住民一同、お嬢を全力で守る」


 だが、当のエルーは当惑したままだ。


「で、ですが、相手は騎士団、ひいては王家の『比翼の鳥』になるかもしれないのですよ? なのに皆さんを巻き込むことなど、できません……」

「『比翼の鳥』? なんや? そら」


 一葉の疑問に答えたのはエルーではなく、思いもよらない人物だった。


「『比翼の鳥』っちゅうのは、『宝機』っちゅうごっつ強い武器を持つ、王族を守る騎士のことやで。ほんま、イチは王族のことなんも知らへんねんなあ」


 一葉とエルーは顔を見合わせると、声のした方を向く。すると、その先には母親の幸に身体を支えられた楓の姿があった。


「楓、自分もう大丈夫なんか?」

「ウチなら、もう大丈夫や。オカンから聞いたで、イチと姫様がウチを治してくれたんやって?」


 楓の問いに、一葉とエルーはほぼ同時に首を横に振った。


「いや、わしはたいしたことしてへん。お嬢が薬を調合してくれたおかげや」

「いえ、イチがいなければ、わたしは治療薬の材料を揃えることができませんでした」


 そんな二人を目にし、楓がおかしそうにふき出す。


「なんや、ウチが寝てるうちにそないに仲良うなったん? 二人とも」


 一葉とエルーは互いの顔を見合わせると、笑い出した。


「そうやな。たった一晩やけど、不思議とお嬢とは長い付き合いになったみたいな気になるわ」

「わたしもです。本当に不思議ですね」


 昨日までとは違い、すっかり打ち解けた様子の一葉とエルーを目にし、楓が小さく呟く。


「……ふうん、なーんか妬けてまうなあ」

「ん? なんか言うたか? 楓」

「ううん、何でもあらへん。それより、また姫様の追っ手が来るかもしれへんのやろ?」


 楓の言葉を聞き、エルーがハッとしたような顔を浮かべた。


「そ、そうです。もうじき午前九時になってしまいます。次代継承戦の開始時間が……」


 焦りの色を浮かべるエルーに楓が尋ねる。


「姫様、次代継承戦のこと、ウチらに詳しゅう教えてくれへん?」

「え?」

「次代継承戦っちゅうのが、次の王様を決める行事ってことぐらいしか、ウチらは知らへんもん。こまい規則やらわかったら、作戦の一つも立てられるかもしれへんし」


 楓の言葉に、ここにいるジンハの住民皆がうなずく。


「わしらは戦えはせえへんけど、なんや手助けすることぐらいはできるかもしれん」

「そうや。それに、わしらには『とっとき』がおるさかいな」

「あ、あの……?」


 住民たちの言わんとすることが理解できないのか、エルーが蒼の瞳をパチクリとさせた。そうしているうちに、皆が集まる楓の家に一人の住民が慌てて駆け込んでくる。

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