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俺様系  作者: ハチマン
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嵐の夜⑤

「まあしかし、お前と隊長にはそういう因縁があったわけだな」


 どうりで何やら訳アリに見えるわけだ、とレオンはいつぞやのヒューイやマルクとの夜を思い出していた。ふむふむ、と納得した風情でいると、隣のアスランがごそりと動いた。頑なに背中だけを向けていたのに、話しにくいのかレオンの方を振り向いている。

 なんとなく聞く体勢になってレオンの方も少し身体を動かした。身体は天井と向き合うよう仰向けになって、顔はアスランの方を向く。


「部屋の中めちゃくちゃにしたからって、その後しばらく屋敷の離れに住まわせてくれた」


 実際窓を割ったのは例の暴漢だし、雨風で部屋の中が濡れたのも、捕り物の際に多少荒れたのも、原因は暴漢にある。ウォローはきっとそう言うことで、親のない幼い子供たちが負い目なく自分の屋敷に来られるように配慮したのだろう。


「剣も隊長が教えてくれたのか?」

「最初は見様見真似でやってるだけだった。でも騎士になりたいなら教えてやるって」


 ウォローは仕事前に庭で素振りや剣技の型の練習を行うのが日課で、早起きのアスランはよくその姿を眺め見ていたものだった。

 住まわせてもらったのは屋敷の離れ。クライセン家に仕える使用人たちがよく構ってくれたというのもあって、アスランも弟も自然と彼等に親しみ、次第に屋敷の仕事を手伝うようになった。

 空いた時間にはクライセン家の広い庭を駆けずり回り、棒きれを見つけて決闘ごっこだ。アスランも弟も騎士になった気分で闘ったが、特にアスランは常に頭にウォローを思い描いていた。

 ウォローの動き。ウォローの剣さばき。ウォローの真似をして闘うアスランは、その動きをいくらか再現できていたのか、屋敷の使用人たちに感心されたものだった。彼等は屋敷の中でもアスランの剣才を話題に上らせ、いつしかその噂がウォローの耳に入ったのだ。


「隊長もよく女に剣を教えたな」


 レオンからはふとそんな感想が漏れ出た。

 女性騎士がいないことはないのだが、男に比べると数は圧倒的に少なくなる。そもそも平民出身の騎士隊員も少数派で、女で騎士となると非常に狭き門だった。特に保守派のお偉い様方の中には女性に剣を持たせることに反発する連中もいて、一般的に考えると、女性の将来として騎士を目指させるのはなかなか酷というものだろう。

 ウォローは若くして騎士隊壱番隊隊長を任されるほどに人望のある人物だ。つまりはお偉いさん方にも好印象を持たれているわけで、となると女性を騎士の道に引き入れようとする改革派的な一面にはやや疑問を感じてしまう。


「……隊長は最初、私のこと男だと思ってた」


 え、とついレオンは返す言葉に詰まった。

 

「……まじか」

「まあ、別に気にしてないけどな。子供の頃は髪も随分短かったし。服もシャツにズボンばっかりだったし」

「いや、しかし……なるほどな。だからお前を騎士に育てようとしたのか」


 そういう始まりなら、妙に納得できてしまった。きっと最初は不憫な男児の立身出世の糧になれば、なんてウォローは考えたのだろう。兄の方が騎士になれば、弟だって従者として生きていける。そうしてそう思うくらい、ウォローはアスランの剣に天賦の才を見出したのだ。

 実際兄ではなく、姉だった、ということにはなるが。


「でも結局は女だってバレたんだろ? どの段階で女ってわかったんだ? 最近までわかってなかったとか?」

「いや、早々にバレた。というか別に隠してたわけじゃないからバレたっていうのも変なんだけど……」


 女であることを故意に隠していたということではないらしい。いくら剣を教わりたいとは言っても、隠したり騙したり、そういうことは断じてなかったとアスランは言う。


「たまには景色のいいとこで稽古しようって、遠乗りに連れてってもらったことがあったんだ。クライセン家の領地で、行った先には近くに温かい湯が湧いてる場所があって」


 思い出したのか、アスランはフッと面白げに顔を綻ばせた。


「おま、まさか……」

「ああ。汗を流そうって外で風呂に入って、それで」

「それで……?」

「叫ばれた」


 ウォローが先に湯に浸かっていて、アスランもそれに倣った。子供でもあるし素っ裸で、湯船で待つウォローの元へ行ったのだ。

 アスランをひと目見た途端、ウォローは口を開いたまま固まった。そうして直後、言葉にならない奇っ怪な叫び声を上げてグルリと身体を反転し、アスランに背を向けた。


『す、す、す、すまない! 出る!! 私は出るから、ゆっくり浸かりたまえ! では!!』


 背を向けたまま、ウォローは慌ててバシャバシャと湯を掻き分けて出ていった。

 アスランはと言えば自分が男だと思われているなんて夢にも思っていなかったので、なんでそんなに慌てているのか首を傾げながらの入浴となった。


「その後土下座された」

「まあ、気持ちはわかる……」

「でもまだ10歳にもなってなかった頃だぞ。一緒に風呂くらい入ってもいい気がするけど」

「いやダメだろ……」


 レオンはウォローに幾ばくかの同情を寄せた。身内ならまだしも、赤の他人の女児と一緒に風呂はかなりアウトだ。


「それで、その後もう剣は教えないって言われたけど」


 女とわかったからには、ウォローとしてはアスランにわざわざ苦労の道を歩かせたくはなかった。体力的にも身体能力的にもやはり女は男に劣る部分があるだろう、自分から苦労を背負い込むことはない、とウォローはアスランに切々と話して聞かせた。今は子供だからいい。けれど成長するに従って、純然たる力はどうしても男に負けるようになる、と。


「でもそれなら、技を磨けばいいだろ?」


 アスランはレオンに向かって何でもないことのように言った。

 そうしてその台詞と全く同じことを、当時ウォローにも言ったのだった。


 だったら技を磨きます。

 力で負ける分、技で勝ちます。

 だから剣を教えてください――。


「なかなか頷いてはくれなかったけど、まあ、あれだな。隊長が根負けした」


 アスランがふふふと笑うので、レオンもその状況を想像してつい笑った。

 頼み込むアスランにウォローが押される様子がまるで絵に描いたように浮かんでくる。

 アスランの純粋で、打算のない、真っ直ぐな懸命さに、仕方なく手を差しのべてしまう。そういう気持ちはわからなくもなかった。


「だからか。お前の剣は隊長によく似てる」


 ウォロー仕込みの剣技なら、そりゃ強かろうと納得できる。自分より強いなどとは思わないが、それでも他の隊員より強いのは、アスランに剣を授けた人が天才ウォローだからだ。

 アスランはなんだか嬉しそうだった。師匠の剣に似てると言われ、満足したのだろう。


「まあ私なんて隊長にはほど遠いけどな」


 謙遜してかアスランが言うので、レオンはうんうんと頷いた。

 似てると言いはしたが、手放しで褒めてやる気はないわけで。


「そりゃそうだな。隊長と比べりゃ月とスッポンってやつ」

「それはまあわかるがお前に言われるとだいぶムカつく」

「そりゃ悪かったな。ちなみに隊長、俺、お前、って順番な」

「身長か?」

「なわけねぇだろ。腕だ」

「腕の長さ?」

「剣の腕に決まってんだろ」

「え、お前、もう忘れたのか?」

「何を」

「模擬戦」

「だからあれはマグレだろ。俺がお前に負けるはずかねぇ」

「でも隊長には負けるだろ?」

「……だから何か? 隊長の剣に似てるお前にも負けるとでも? 冗談言うな。月とスッポンだって言ってんだろ」


 雰囲気は悪くなかった。ベッドの上だからかどこか空気はまろやかで、笑み混じりの言い合いだ。

 文句の応酬は尽きることもなく、さらにはほぼ中身もないので全てを書き記す必要もないだろう。レオンもアスランも言われたら返す、それだけだ。




「そろそろ寝るか。明日もまた仕事だ」


 ようやくじゃれ合いが尽きた頃、アスランがやや眠そうに口にした。

 並んで横になったときの緊張はどこへやら、今は日中の疲労からか心地よい微睡みが訪れている。外はどうやら穏やかで、雨粒の音もしないところをみるともう雨も上がったのかもしれない。


「そうだな。憧れの仕事だもんな?」

「そうそう」


 憧れ、なんて言葉をかけてやると、アスランはくくっと楽しそうに頷いた。

 そうして二人、肩が触れているのも気にせずに目を閉じた。寝落ちたのはどちらが先だったのかわからない。傍にある寝息と体温は案外心地よく、他人の、しかも平民の狭いベッドで、あのアスランと一緒にも関わらず、レオンは案外ぐっすりと眠ってしまったらしい。


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