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俺様系  作者: ハチマン
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嵐の夜③

王道展開です。

 雷雲が流れたのか、嵐は雨と風だけになっていた。だったら帰ってもいいのではないかとレオンは思ったが、なんとなく言えずに今に至る。


 身体を冷やすといけないからと沸かしてもらった風呂に浸かり、この非常におかしな状況を前に目を瞑った。

 

(何を……やってんだ、俺は……?)


 嵐の中、アスランの家に来て、今現在彼女宅の風呂を借りている。どうやら今夜はここに泊まるらしい。


(平民の家の風呂は狭い……)


 貴族の懐事情とはそりゃ違うわけでボロいとまでは言わないけれど、脱衣スペースにしろ浴槽にしろ、本当にひと一人が活動できる広さ、その程度だ。レオンの母などはメイドを引き連れて湯船につかり、身体を揉ませていたりするのだが、そういうことができそうな余分な空間は皆無である。

 といっても、アスランの家は一人暮らしには一般的な、ごく普通の平民の家だった。騎士隊の最上位となる壱番隊所属の隊員なのだから給金もきちんとあり、部屋の広さがそうない分、上下水道といったインフラや効率的な湯沸かし装置などが整った快適な家だ。比べるレオンの屋敷が桁違いというだけである。


(って、そうじゃねぇ。問題はここがアスランの風呂ってことで)


 すでに身体も髪も洗わせてもらったが、使う石鹸類にしてもアスランが普段使っているものと思うと妙に落ち着かない。


 着替えにはアスランの弟の物というパジャマが手渡された。たまに顔を見せにくるらしい。正直他人の服なんか着る気になれないのだが、濡れた隊服のままいるわけにもいかないので仕方ないだろう。

 ちなみに下着に関しては、


「よかった! アイツが泊まりに来るとき用に新品を買ってたんだ!」


 とアスランが箪笥にしまい込んでいたものを受け取っている。


 女と一晩を共にするという艶めかしさは特になく、宿敵とも言えるアスランの家に泊まるという一大イベントだが、嵐のせいなのか現実感がない。ふわふわしたような高揚感に首を傾げながら、いつもとは全く違うバスルームの戸を開いた。

 畳んであるタオル。脱衣籠。銅製の枠のついた鏡に歯ブラシが立ててあるコップ。

 目に映るもの全てがアスランのものだと思うとつい頭を抱えそうになった。隅に鎮座している箪笥の中身を思うにつけ、慌てて思考を遮断する。


(女じゃねぇからな、アイツは。意識するほどのモンじゃねぇ)


 本日はそう、慈善事業。凶暴だが雷には滅法弱いらしい女の家で一晩過ごしてやるだけ。

 アスラン相手であれば、社交界で出会う貴族令嬢たちのようにご機嫌をとってやる必要もない。ごくごく簡単な任務だ。



「飯、大したもん作れないけど食べてくれ。私も風呂入ってくる」


 レオンが風呂から出ると、テーブルにはささやかながら夕食が用意されていた。

 ベーコンのパスタに野菜のスープ。アスランの手製らしい。


 屋敷での夕食とは大違いだ。先日ヒューイたちと行った食堂にも劣る。ただ大人しく腰掛けて食べてみれば、味はなかなか良いものだった。


(両親いねぇって言ってたか)


 だから家事には長けているのかもしれない。弟の世話をしていたとも話していた。


(んじゃその弟は今どこにいるんだ……?)


 考えたところで答えはでないわけだが、他人の家で、他人の服を来て、外は嵐のため散歩に出るというわけにもいかない。特に娯楽もないわけで、仕方がないからアスランという人間について思索を巡らせながら少ない材料で作られた旨いパスタをゆっくりと食べた。


 テーブルの上には先日アスランへと譲った舞踊記号の本が置いてあり、手慰みにとパラパラと捲った。栞が挟んであるところを見ると、勉強しているのだろう。やってよかったと、少しだけ嬉しかった。


  

「だから俺は床でいいって言ってんだろ!」

「いいわけないだろ。お客なんだから大人しくベッドを使え。私が床だ」

「馬鹿言え! こんなときは女がベッドって決まってんだよ」


 問題になったのは寝る場所について。

 当たり前だがベッドは一つしかなく、アスランは客人が使うべきだと譲らなかった。


「貴族を差し置いてベッドで寝る気にはなれない。お前がベッドだ。シーツも替えた。私のことは気にしないで寝ろ」

「貴族だ平民だじゃねぇんだよ! 女を床に寝かせられるわけねぇだろうが!」


 結局は折衷案でベッドは半々で使うことにしかならない。

 といってもこれはこれで意外と困った事態だった。


 客人がいるためか急いだのだろう、アスランの入浴は早かった。

 まだ濡れた髪のままバタバタと上がってきて、レオンの傍にずっといる。髪を乾かせとは言ったが、近くに座ったままガシガシと必死にタオルで拭くくらいだ。

 その濡れた髪や、隊服を脱いだ部屋着の姿はレオンを狼狽えさせるに十分だった。

 なぜだろう、直視はできない。萎えた部屋着ではえらく華奢に見える気がする。傍を通る度に同じ石鹸の香りがするのは当然と言えば当然なのに、ひどく変な感じがした。

 

(コイツは俺より強い……凶暴女だ……。飯が旨いくらいで騙されるな……。雷が怖いくらいで女だと思っちゃいけねぇ)


 繰り返しそんなことを思うも、同時に必死の声で「レオン」と連呼されたあの暗がりの瞬間を思い出す。

 その度ドクリと心臓が揺れた。

 腹の奥が熱くなる気がして、ついフルフルと首を振る。


 だから。

 一つベッドに横になるというのはどうにも避けたい事態だったのに。


 けれどいくら憎らしいといっても一応女性のアスランを床に追いやり、自分がベッドに寝るというのは絶対に違った。アスランの方も頑として譲らない。

 致し方ない折衷案だった。 

 

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