嵐の夜②
素直に頷かれると少し調子は狂った。あの勇猛果敢なアスランが雷なんて怖がるとか、なかなかに面白い状況のはずなのに。
アスランの表情は暗かった。しょんぼりしているというのが適当で、笑ってやる雰囲気にならない。
「もう少しだけでいいから……」
一緒にいてほしい、という続きの言葉にレオンはしっかり面食らってしまった。
その時だった。
眩いほどの稲光が窓の外を埋め尽くしたかと思うと、直後にドーンッと衝撃音が響いた。
部屋もいくらか揺れたので近所に落ちたのだろう。強風も相まって窓枠はガタガタと音を鳴らし続ける。
その衝撃か、あるいは隙間風か。灯していたはずのランプが全て消えた。周囲は一瞬で闇となる。
「おっと、この辺に落ちたな……おい、アスラン、大丈夫か?」
レオンは言いかけた。雷が苦手なら、今のはさぞかさは怖かったろうと少々気の毒に思って。
けれどレオンの言葉の途中で、テーブルの向かいからはガタッ、ドサッ、と椅子から転げ落ちる音がした。
光量が乏しく、シルエットくらいしかわからない。
「アスラン?」
立ち上がって、たった今音がした辺りを覗き込む。
何か黒いものが蹲っているようだった。目を凝らせば、だんだんと慣れてきた目に床にへたり込む人影が見える。
チカリと再び光った稲光のせいで、ほんの一瞬だけ潤んだ瞳と目が合った。
「レオン……」
声を聞いた瞬間、そのただならぬ声音にレオンの背筋はぞわりと粟立った。
か細くて、いくぶんか掠れていた。荒い息遣いの混じる、湿っぽい声。およそアスランからは絶対に出てこないような声だ。
まるで泣き出してしまったんじゃないかと思うような。
「レオン、どこ……? レオンっ……」
レオンは駆け寄った。触れるのにためらっている場合ではなく、抱き起こすようにしてアスランの身体に腕をやると、すぐにアスランの手が縋るようにレオンを掴んできた。小さく震えている。
「レオン、レオン……いやだ、どこ……」
今まさに腕を握っているくせに、それをレオンと結びつけられないようだった。幾度も名を呼ばれ、声はどこまでも悲痛になる。
「なんだよ、どうした」
「レオンっ……」
声をかけても気づかないらしい。
怖がり方が異常だ。苦手というレベルじゃない。
「レオン、どこっ……」
「アスラン。俺はここにいる」
抱き留める腕に少しだけ力を込めると、アスランはハッとしたように顔を上げた。ようやくレオンの存在を再認識したらしい。
それでも息はまだやや荒く、身体の震えは依然続いたままだ。
「アスラン、ちょっと待ってろ。部屋明るくしよう。な? マッチどこにある?」
「わ……悪い……」
「いいから」
アスランが少し落ち着いたのを確認して、レオンは立ち上がった。家の中のことは全くわからないため、アスランの指示通りに暗がりを動く。
嵐のために月明かりもない今夜だったが、その合間にも窓の外はピカピカと稲妻が光った。明滅する光の中でゴソゴソと移動して、手探りで棚の上にあるマッチを手に取る。部屋のランプを灯して回った後で、稲光を少しでも気にせずすむかとカーテンを引いた。
居座ったのは気不味い沈黙だ。普段は寄ると触ると喧嘩して、悪態をつきまくっていたのだから、こういう場面はやりにくい。
「あー……お前、そこまで雷ダメなんだな」
かけてやる上手い言葉などもちろんなくて、レオンはやや気恥ずかしいままそんなことを言った。
近場に落ちたとなればレオンもさすがにびっくりするが、アスランの取り乱しようは度を越していた。
アスラン自身も恥ずかしいのか顔を真っ赤にして俯いている。
「悪い……。自分でも情けない……」
ハァ、と落ち込む風情でいるから、返しには結構悩んでしまった。
「なんつーか……お前にも案外女らしいとこあんのな」
結果出てきたのはフォローともつかないアホな感想だ。
子供とか女が苦手としそうなものだけに、アスランが雷に弱いというのはイメージギャップがすごい。
「あー……お前がいいんなら嵐おさまるまでいてもいいけど」
このまま残していくのも気がかりで、レオンは首筋をポリポリと引っ掻きながら口にした。
と、俯き加減だったアスランが急に顔を上げた。先程とは打って変わって、期待に満ちたキラキラとした目をしている。
「泊まってくれるのか!?」
「はいっ!?」
いてもいいとは言ったけれども、泊まる方向まで行くとは思わなかった。
「とっ……泊まるって……」
「頼む! 泊まってってほしい!」
そりゃ襲われる心配もなさそうに強いのは理解できるが、一応女の一人暮らしである。男に泊まれというその大胆さにレオンは目を剥いた。
いや、でも、まあ、どうしてもと乞われれば、お願いと言われるのならば、聞いてやらないこともないけれど。
「べ、別に、お前がそうしてほしいんなら……俺はいいけど……」
「そうしてほしい!!」
即答だった。色気など全くなく、夜の心配など一切していないことだけは確かだ。
「風呂! 風呂沸かしてくる!! あと着替え、着替え! そうだ、弟のが……」
もてなそうと決意したのか、アスランは勢いよく立ち上がり、バタバタと部屋の中を駆けずり回りだした。しっかり動揺しているレオンをその場に残して。
(いや、マジで泊まる……? ここに? 一晩?)
カーテンを引いたといっても、まだまだ外は雷雨が続く。ピカリと部屋の外が光るだけで、一瞬動きを止めるアスランの気配をびしびしと感じた。
(この雷に激弱なアスランと一緒に……)
嵐はまだ止みそうになかった。
ブックマーク、評価で応援していただけると励みになります。
よろしくお願いします!