王国祭④
真紅に塗られた唇は、先程同様緩やかな孤を描いていた。
アーモンドの形をした瞳は美しく縁取られ、額には女神を模した赤い紋様が印される。
美しい女の顔をしていた。誰がどう見ても、やはり綺麗だと言えようほどの化粧の出来だった。
ドクッ、とまたレオンの胸は鳴る。
あの憎らしい女が実は美しかったからというわけでは、もちろんない。
胸騒ぎのような感覚だ。眉間には知らずうちに皺が寄る。明らかに嫌な感じに心臓がドクドクと脈打った。
次第に速くなる音に様々な楽器が加わりだし、会場は壮厳な音楽に包まれた。もはや何の心配もいらぬほど、アスランはリズムに乗って見事な舞を披露していた。
誰よりも高い跳躍。はためく衣がまるで羽だ。身の軽さも伸びやかな体躯も誰の目をも引き付けてやまない。
音の波に身を預け、あのよく動くバネのような身体は着地音さえ聞かせずに舞う。
もちろん嘘だ。周りの音楽に掻き消されているだけだ。
けれどそう思ってしまうほどに、彼女の舞は軽やかだった。
日頃から鍛えているゆえでしかない。十分な筋力をその身に備えるからこその腕のしなり、着地の軽さ。日々の柔軟が生きているからこその脚の跳ね上げの高さ、滑らかな背の反り。
衣装と化粧の美しさによるところも多分にある。祭日和といった青天と、心地良く吹く爽やかな風もいい。そういう色んな効果が合わさった結果である。
まるで女神――詰めかけた観客たちには奇跡の所業に見えていた。会場はまたさらに静まり返って、群衆はアスランだけを目で追っている。
しかしレオンだけは、その出来栄えにいくらか圧倒されながらも、内心バタついていた。
よくやっている。これだけできれば十分どころか、当初の予想を大きく上回っている。
けれどなぜだろう、何か違う、と思ってしまうのは。
レオンの知っているアスランは、こんなにも綺麗で、可憐な舞が舞える女ではなかった。
美しい女という部分に価値がある奴ではないのだ。舞踊の類は本来苦手のはずで、そこで評価されたいと思っているような女じゃない。
「すごいな……」
零された声にハッとすれば、真横にいたヒューイが若干気圧されたように苦笑している。
「こりゃ今夜にはファンクラブができそうだね」
そうだろう。今この瞬間、平民出の巫女に心奪われた人間は数多いるに違いない。
ヒューイの言葉には間違いなく同意できるのに、レオンに返事はできなかった。
レオンにとっては違うのだ。
彼女の本当の良さはそれじゃないのに。
舞の出来は確かにいい。
けれど見るべきところはそこじゃない。
飾り立てた外見もいつになく美しい。
けれどレオンにとっては化粧をしない彼女の方が断然「らしい」。
悔しい、とも少し思う。この会場で女神の舞に見惚れている奴等は、アスランの真価を何一つわかっていない気がした。
彼女の中身も、過去も、この舞のせいて何日も沈んでいたことも知らぬまま。今ここで見えない部分こそがさらに美しいことに気づかぬまま、無理矢理作り上げた虚構なんかに勝手気ままに熱狂する。
神舞の大成功を予感させながらも、レオンの心中は穏やかではなかった。
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