王国祭③
だいぶ間があいてしまいました。
「シンブだっ!」
響いた幼子の声に、会場中が花道の始まりに目をやった。
先程まで何もなかったそこに、鎧に身を包んだ兵士が二人立っている。手には王国旗を持ち、中央の人物を隠すようにクロスさせていた。
そうしてすぐに、厳つい兵士は構えていた旗を大きく払い、前方下へとリズムよく降ろす。と同時に、彼等は即座にその場に膝をつき、真ん中の人物へと恭しく頭を垂れた。
間に立つは真っ白な薄衣に身を包んだ凛々しき巫女。顔にはベールが下りていて表情は定かではないが、紅く彩られた唇が薄っすらと透けて見える。
わっ、とざわめきが起ころうかとした。儀式のラストを飾る神舞はそもそもの人気に加え、今年の巫女は平民らしいという噂話から生まれた好奇の目も相まって、注目度はいや高かった。
が、しかし。会場はシンと静まりかえる方向へとシフトチェンジする。
白衣の巫女は、先程声を上げた子供の方へ目をやると、やや首を傾けて、にっこりと笑った。
その大層優しげな仕草に、まず幼子自身が緊張して固まってしまった。まさかこれから神への舞を披露する巫女様に笑顔を向けられるとは思っていなかったのだろう。
そうして向けられた笑顔には、えも言われぬ魅力があった。無論ベールの下では表情など読み取れるわけがないが、透けて見えた紅の唇が緩やかに笑う、そこには周囲の大人たちまでドキッとしてしまう清楚な色香があった。
本番直前に(花道に立ったのだからすでに最中とも言えようが)子供の声に反応し、ゆったりと微笑む。小さなことだがすぐそばの観客たちは圧倒された。
凛とした立ち姿に、匂い立つ色香に、そしてその余裕たっぷりの仕草に思わず息を飲んだのだ。
そうしてそのどよめきからの静寂が、瞬く間に端まで伝搬する。これより前の演目では楽しげに囃したてていた者等も、みななぜか背筋を正した。
巫女が中央の舞台へと歩みを進める間、口を開く者はついに誰もいなかった。
それだけでも、過去の神舞とは違っていたかもしれない。
ただそんなものは、巫女になりきれていないから観客に反応するのだとか、本番中に笑うなど品格が足りないだとか、後になってみれば『平民だから』と揶揄される原因にもなりかねないものだ。第三王子発案の『巫女平民案』は特に貴族や年配者からの反発が根強く、いつまでも良からぬことと思っている者が多かった。
しかしついに、それを見事跳ね返す圧巻の演技が幕を開ける。
シャン、と楽隊の鐘が鳴った。
まずはゆったりと大きく手を、足を、順に動かして巫女は舞へと入っていく。一つ一つの動作が音よりほんの少しだけ遅く見えた。
動きの全てに余韻があった。
柔らかくしなる腕。伸ばすとも曲げるとも違う指先の形。
風までも彼女の味方をするように、絵として切り取りたくなるくらいに完璧な形でベールが揺れている。
(……アスラン、なのか……?)
本当に?
思わずレオンが思ってしまうほど、美しい巫女の姿だった。
(いや、確かにあの女だ。間違いねぇ)
レオンにとって、目の上のたんこぶのような女。金も学もない平民出のくせに、才だけは確かに光る憎い女。そこらの女たちのように媚を売ってくるならまだ可愛げもあろうものを、レオンなど全く相手にしないと言わんばかりに素っ気ない。
ただ少し、最近に関して言えば、お互い言葉を交わしているけれど。
いけ好かない女とレオンが絶えず目で追いかけ回していた女の姿は、たとえベールで顔を隠していようと見間違えるはずがない。
(なんだよ……! やっぱりやればできるんじゃねぇか)
袖から覗くレオンにしてみれば、それは誇らしい気持ちであった。元々舞の類が苦手なアスランが、よくぞここまでと感心もした。まだ序盤も序盤、始まって間もない時に違いないが、この分ならこれから先の剣舞や槍舞を組み込んだ舞も期待できるのではと、そんな風に思った。
(これならこの後もきっと……)
導入の舞を終え、巫女はこの後ベールを外す。神への挨拶を終え、巫女には女神が宿るというストーリーだ。
手順通りに彼女のベールが取り去られたその瞬間、レオンの心臓は間違いなくドクンと大きな音を立てた。
多忙で全然投稿できていませんでした。ぼちぼち続けていくつもりです。