王国祭②
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目覚めた瞬間、すでに街がざわめいていた。
数週間続いていた街の華やぎは今日が最高潮を極める。前夜祭の盛り上がりをそのまま引き継いで、眠らなかった街路が早朝から賑やかさを増していた。
何か事がある場合、それが慶事であれ凶事であれ、街の治安を守るべき騎士隊に休みはない。レオンたち式典出席者が除かれた分、いつもよりさらにタイトになったシフトにひぃひぃ言いながら、隊員は交代で浮かれきった民衆と混雑した街並みを相手にしていることだろう。
例のシャーロック家周辺の重点警備区域にも人員が割かれている今は、壱番隊の動ける人数そのものが少ない。とにかく滞りなく王国祭が終わり、式典練習でちょいちょい抜けてしまう出演者や、只今は出張中の身であるアスランが早く戻ってくれるようにと願う者が多くなっている。もちろん本日の警備などは訓練中の下位隊もそれぞれが持ち場につくほどの最警戒の一日だ。
レオンはというと、本日の騎士隊の業務は完全に無しで式典に臨む。通常業務の日より随分と早く隊服を着込んで会場に行き、控え場所にて衣装に着替え、係の者に簡単な化粧をされた。あくまで見栄えよくするためだけなので、レオンたちの化粧は顔に白粉を塗る程度の簡単なものだ。衣装は黒地に金糸を用いた式典用のきらびやかな騎士服。ちなみに対をなす近衛隊は白地に金糸が使われている。
レオンは騎士隊に割り当てられた演目である剣舞の初っ端に独舞を舞って、その後は群舞に引き継ぐ。
大役に違いないが、緊張などは微塵も感じない。有力貴族の子息として、こういう人前で何かすることは幼少期から数多く経験済なのだ。むしろこの後シャーロック家の令嬢マリーナに出待ちでもされていないだろうかとそっちの方が心配で、剣舞の後は控え場所でしばし時間を潰し、会場外へは式典が全て終了した頃合いでこっそり出ようなどと考えていた。
無論、アスランの神舞は絶対見逃せないという思いもある。袖からなら舞台も見えるため、やはり自分の出番が終わればそのまま控えの幕の奥で待っていたほうが得策だろう。
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ファンファーレが鳴り響き、楽隊の音楽が高らかに鳴り響く。第一王子、ユーグリッド殿下の発声にて王国祭の式典は始まった。
王様の礼拝から式目はスタートする。
中盤に出番が来るレオンはしばし待ちの時間で、プログラム順に待機しているので式典の様子自体はまだ目にすることはできなかった。
ただ歓声によって進行の具合を知る。
湧いた市民たちの声や、拍手。さすがに王様の出番では会場は鎮まり返ったが、その後の演目になると、時折ピーッとなる指笛のような音で囃したり、やんややんやと喝采を送る民衆のどよめきを幕越しに感じた。
レオンの出番の直前に出ていた楽隊の女性陣が引き上げてきて、交代となったレオンは舞台袖の方へと足を進める。
分厚く化粧した女性陣は誰も彼も興奮していて、演目の成功に笑顔を見せていた。華やかなる彼女たちを目にしても、また自分の出番と舞台へと進み出てからも、式典のラストへと思いを馳せずにはいられない。しっかりと盛り上がっている会場で、アスランがどうやって舞うことができるだろうか。式典の締めにふさわしく、大役を果たせるだろうか。心配はそればかりだった。
王族の並び座った真ん前で、レオンは跪いた。数メートル後ろには群舞を任されたの騎士隊員達が同じく跪いている。剣舞用の美しく磨かれた模造刀を前に顔を伏せ、ドン、という太鼓の音と共に剣を掴んで立ち上がる。構えのポーズをした後は、音楽に合わせて舞うだけだ。練習なら幾度もさせられたのでもう目を瞑っていても舞える。元々の出来がいい上、練度の上がったレオンの剣舞は格別と言えよう。
一切の不安要素もなくレオンは独舞を終え、その後は群舞を披露して騎士隊の出番は終わる。危なげなく、さすが騎士隊と大歓声を浴びながら騎士隊の剣舞は終わった。
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舞台から捌け、戻った控え場所でふぅとひと息つく。それぞれが着替えにと戻っていく中、しばし袖近くで佇んだ。
式典はまだ続く。着替えて戻ってくれば十分ラストに間に合うだろう。見るならやはり袖の方が舞台全体を見やすい気がした。
「レオン、お疲れ」
同じくゆっくり着替えにいくつもりなのか、群舞を終えたヒューイがレオンの肩を叩いた。
「着替えないの?」
「ああ、いや。今から行くところだ」
何の気なしにレオンは答えたが、ヒューイは機嫌良さそうにニコニコと笑っている。今来た舞台の方を振り返ると、
「ああ、神舞見るならやっぱりここかな」
と楽しげに言った。
「俺も見たいんだよね〜。アスラン大丈夫か気になるじゃん? レオンもでしょ?」
尋ねられたその一瞬、つい、レオンの返しは遅れた。そうだと普段通りに頷いてしまえばよかったのに、なんだか面映ゆい気がして返事に詰まった。そんなところにも目敏く気づくヒューイは、さらに愉快そうに目を細めている。
「甲斐甲斐しく世話焼いてたみたいだもんね?」
「は?」
「俺が知らないだけで、もしかしてもうそういう仲なの?」
「何のことだよ」
レオンは突っぱねたが、ヒューイのニコニコ顔は依然崩れることはない。
「四日前、だったっけ? 五日……いや、一週間前かな? 俺さ〜、夜のパトロール当番、ジンと代わったんだよね〜」
そこでもう、何を見られたのかは見当がついてレオンはつい目を瞑った。なんでこうも面倒な奴にバレたのか。
ジンというのはさして仲良いわけでも、険悪というでもない、壱番隊の同僚の一人。真面目な奴だし、いつもは彼に対し何一つ思うことはないが、このときばかりはジンにも腹が立つ心地がする。
いやしかし、別に何もないわけで、知られたからってマズイことは何もない。アスランもまた同僚の一人なのだ。あの日はほんのちょっと同僚の家に立ち寄った、ただそれだけなのだから。
「んで? 代わって何かあったのかよ」
「何かっていうかね、パトロール中に場所柄そぐわない馬車があってさあ。ウォロー隊長んちの近くの、結構綺麗な平民街なんだけど」
レオンは目を閉じたまま、ハイハイと聞き流しておく。
やったのはただの差し入れだ。困っている人がいれば施してやる、貴族的な精神ゆえのこと。アスランだから特別にやったとか、そういうわけではない。
「馬車にお前んちの紋章、ついてたんだよねぇ」
アスランとこにいたよね? とにこやかに聞いてきたヒューイの言葉には軽く「まあな」と返事をして、レオンは目を開けた。突っつく気マンマンのヒューイの目はいかにも楽しげに輝いている。
「あの日はお楽しみでしたか?」
「なわけねぇだろ!」
「またまたぁ」
今や一切覆い隠す気もなく堂々とニヤついたヒューイの顔をレオンは睨みつけた。
が、何処吹く風とヒューイはその爽やかな顔で微笑み返してくるのみだ。
「……一応ペア組まされたからな。多少差し入れはしてやった。それだけだ」
「へぇ〜〜」
「ヒューイ、あのな言っとくけどこれにはワケが……」
「あ、ほら。早く着替えなきゃ。間に合わなくなっちゃうよ?」
仕方なく弁解でもしようかとすればこの始末。事の次第より、レオンが慌てふためくことを楽しむのがヒューイの悪癖である。
聞く耳を持たぬ彼の背中に「言っとくけどマジで違ぇから」などとブツブツ言いつつ、レオンはヒューイと連れ立って着替えへとその場を立ち去った。
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