王国祭①
進みが遅くて申し訳ありません。ぼちぼち続けてまいります。
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王国祭を目前にした王城前の大広場には特設の会場が設えられている。上座中央には王様の席が用意され、両側に王妃や王子の席が続く。舞台の左右は元老院や貴族に場所が許されており、王族とは真反対側の、街に近いエリアが市民の観覧スペースとされた。
舞台横に数列並んだ貴族席の外側には、幾枚もの幕で仕切られた出演者の待機場所がある。道具類の保管場所でもあり、ここで演者たちの衣装替えやら化粧やらも行われるためなかなかに広大で、本番ともなればかなり混雑するだろう。
多くの演者はこの舞台袖に集まり、舞台横から入場する仕様だ。また舞台中央からは市民側へといわゆる花道がのびており、舞台袖は大回りすれば花道のスタート地点に繋がっている。演目の中には花道を多く使うものもあり、基本は王様のいる上座に向けての披露がほとんどだが、市民たちも十分楽しめるような会場の作りだ。
王国祭二日前、レオンはすでにリハーサルを終えていた。王様の御前で一発勝負といくわけにもいかず、準備と段取りにはかなりの時間がかけられている。
演目それぞれのリハーサルは当日の順番通りに行われた。王族による関連儀式のリハーサルだけは別に場が設けられたが、楽隊による演奏、神官たちの四方礼拝の儀、麦や酒などの供物奉納の儀、女官たちの踊りや騎士隊武舞、近衛隊武舞などが次々とリハーサルを済ませていく。実はこのときにレオンはアスランの姿を探さないでもなかったが、どうやら神舞の巫女は市民の間の花道を通っての舞台入りで、貴族席横の袖から入場するレオンとはそもそも待機場所が違ったらしい。加えてレオンの出番は中盤で、神舞は式典のラストを飾る。順番まで離れていれば、リハーサルを終えたレオンは居座るわけにもいかない。
(もうあと二日か……)
何か声をかけてやりたかったなと少し思う。王国祭本番を迎える前に、少しでもその出来を垣間見たかった。緊張しているならいつも通り強気でやれと、励ましてやらないでもなかったのに。ここまでくればもう本番まで待たねばならない。
実は夕食を共にしたあの日の後、もう一度だけ差し入れにアスランの家を訪ねたのだが、巫女は神舞の前に清めの儀式なるものがあって、三日前から家を空けるとも話していた。だからもう、アスランの家を訪ねたところで声をかけてやることはできないのだ。
交わした会話は記憶にも新しい。その日アスランは神舞そのものについてより、清めの儀式の方に難色を示して眉間に皺を寄せていた。
「レオン、知ってるか? 清めの儀式って、なんと脱毛までされるらしい」
「まじで」
武と豊穣を祀る神殿が王都の郊外にあり、巫女はそこで三日間清めの儀式を受ける。といってもその内容はフルコースのエステのようなもの。温泉と冷泉で身を清め、砂糖とハチミツを混ぜた乳液状の液体での全身マッサージ。髪の一本から爪の先まで巫女にふさわしく磨き抜かれる。合間合間に祈りの時間があり、神殿での神舞奉納も行われ、その三日間は王国祭当日以上に忙しいらしい。
「まあ、綺麗にしてもらえるって思えば悪くねぇんじゃね?」
「でも脱毛だぞ……どこまで抜かれると思う……?」
「いや、それ俺に向かって言う?」
深刻そうに呟くアスランを見るにつけ、思わずあられもない姿を想像しそうになってレオンは慌てた。アスランの手やら腕やらに毛があることなんて気づいたこともないのだが、いやまあ多少の毛くらいはそりゃあるんだろうけども、巫女として身を清めるという名目での脱毛とやらを想像してややたじろいでしまった。
それはつまり、あんなところやそんなところも全身ツルツルにされるということだろうか……。
「だって鼻毛とかまで毟られたらめちゃくちゃ痛そうだろ!?」
「鼻毛……」
「なんだ。何毛だと思ったんだ?」
「いや別に……。てか鼻毛ってまじでお前女らしさの欠片もねぇ……」
つい頭を抱えそうになっては溜め息を吐く。
やっぱりコイツは女じゃない。というか、もしやあらぬ場所の毛の心配を打ち明けられているのかと思ってちょっとドッキリしてしまった自分をぶん殴ってやりたい。
「まあせいぜい自分史上最高に綺麗にしてもらってくるんだな」
「正直面倒なんだよな。三日で何が変わるっていうんだか」
「そりゃそうだけど。一応、建前上は神の使いだからな。てめぇみてぇに髪も肌もやりっぱなしじゃさすがに格好がつかねぇだろ」
ちゃんと清められて来いよ、と別れたのが数日前。本日は総合リハーサルのためアスランも神殿から出向いているはずだが、終わればそのまま清めのために神殿に戻るのだろう。
(とりあえず何の問題もなく終わってくれ……。大失敗しなければそれでいい……)
アスランのことだから、目覚ましい出来など期待できるはずもない。とにかく、平民はダメだなどと謗られることのない程度にできてくれればいい。
期待はしていなかった。けれど最後に顔を見たときにはもうすっかり顔色も以前通りで、やつれた感はなくなっていたのでそこの部分にだけは安心できる。
度胸はある女だ。メンタルがやられていなければ、難しい局面も何とかしてしまえる、ある意味大胆な、思い切りのいいところがある。うじうじ沈んでばかりの奴では騎士隊壱番隊に食い込めるはずがない。努力で越える、その力を確かに持っていた。
本番に強い。そういう部分もあるはずだと信じる。対峙したときこそ普段以上に冴える彼女の剣を思い浮かべ、レオンはほんの少しだけ目を閉じた。
あの美しさは本物だ。
悔しいが、レオンが密かに認めるほどだ。
今の彼女ならのしかかる重圧など跳ね除けて、祭りの大一番だってやってくれるはず。どうかそうであれ――自身の出番があるにも関わらず、レオンは願いにも近いそんなことをばかり思っていた。
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