騎士隊への依頼
鏡の前に立ってみて、自分の顔でもゆっくり眺めてみる。カッコいい、と言われたのは初めてではないが、アスランに言われたとなると話が違った。
(アイツも男をカッコいいとか思う心があったわけだな)
レオンはナルシストではないため特別自分の顔を愛好しているわけではないのだが、今朝は見慣れた目鼻立ちも随分と凛々しく見える気がした。
(まあ、言い寄ってくる令嬢は後を立たないし? 客観的に見ても見た目は整ってるって言うか? 成績優秀な上に運動神経も抜群でそりゃ騒がれるのも仕方ねぇってもん。こんだけ揃ってる男はレア物だよな)
つい口元が緩むのを抑えられず、本日の業務には自身にらしからぬルンルン気分というやつで向かった。
昨夜はアスランの家で大いに食べて、多少飲んだ。デザートまで一緒に食べて、アスランの家を出たのは午後9時を回ったくらいか。
ほろ酔い加減のアスランは憎らしいというほど意固地でもなく、よく食べてよく笑う、結構普通の奴だった。男だったら、貴族だったら、きっと騎士隊でも友人に囲まれるタイプだろう。
遠巻きにされているのは気の毒にも少し思える。王国祭が終わっても、たまには一緒に飯くらい食ってやってもいいかと思った。そういえば例の食堂へ連れていくと約束もしたんだった。
(王国祭が終わったらお疲れさまってことで連れてってやってもいいか)
ただなんとなく、行くなら二人でだな、と脳裏をよぎった。例えばヒューイやマルクも来いといえば来るだろうし、アスランだって彼等とも普通に話せるのだろう。人数がいるほうが会話はスムーズにいくのかもしれない。けれどなぜだろう、話が弾む弾まないに関わらず、王国祭の神舞を労うのなら自分一人が相手でいたいような、そんな気がした。
*
隊舎につくと、いくらか空気がザワザワとしていた。朝は班毎の会議やら朝礼やらが始まるまでは各々自主練なんかをしていることが多いのだが、多くが連絡板のあたりに集まっている。
ちなみに連絡板というのは緊急の案件やら見回りルートの変更、市中からの要望などを貼り出した掲示板だ。当直組との交代時や朝礼時に改めて申し送りはするのだが、それとは別にいつでも確認できるようにと情報共有のために掲示を行う。隊舎に来ると誰もがとりあえず掲示板に目を通した。
「貴族の御令嬢に付きまといってやつらしいよ」
レオンも見に行こうかとしていたところ、寄ってきたのは友人のマルクだ。いち早く掲示板を確認したらしく、今朝のざわめきの理由はすでに知っている顔だ。
「シャーロック家から護衛案件だって」
「シャーロック家?」
聞いたことあるような、と考えかけて、すぐにピンときた。シャーロック家といえば、ついこの間レオンの屋敷に挨拶に訪れた新興貴族だ。
「あの成金のシャーロック家か?」
「レオン、言い方……」
やや呆れた風情でマルクは言う。けれどシャーロック家の羽振りの良さは新興貴族の中でも群を抜いており、マルクもそこには「まあそうだけど」と同意した。
レオンもマルクも代々続く貴族家系だが、貴族の古株にとって、新興の貴族たちは話題の一つである。力をつけている家とあっては、弱小貴族からすればいつ取って代わられるかと気が気でない部分もあるだろう。幸いレオンの家とは格が違うためそんな恐れを抱くことはないのだが、それでも両親には捨て置くなと言われるほどの有力株だ。騎士隊に正式な依頼が来たとなれば皆が騒ぐのも無理ないだろう。
「どうも御令嬢が後をつけられたり部屋を覗かれたりしてるらしいね。おかしな手紙なんかもきてるとか」
令嬢にはもちろん常に護衛をつけてはいるが、もしや攫われでもしないだろうかとシャーロック家は厳重警戒中らしい。
話を聞いて、レオンはふと首を傾げた。
「部屋を覗く?」
疑問点はそこのところ。
令嬢の部屋を覗くなら屋敷の庭にでも忍び込まねばならない。貴族の屋敷にはその家に仕える庭番や護衛がいるのが普通だ。誰の目にも触れずに令嬢の部屋付近をうろつくなど、なかなかできたことではない。
「そうなんだよね。内部犯の線も捨て難いよなぁ」
マルクもわかっているらしく、些か難しい顔をした。騎士隊の誰もがそれを疑ってはいながら、けれど依頼が来た以上手を打たないわけにもいかない、というところだろう。
「送られてくる手紙の内容もね、令嬢の結婚を取りやめろとか、そういうのらしいんだよ。でも御令嬢に結婚の予定はまだないって」
「人間違いか?」
「宛名は間違いなくシャーロック家らしいよ」
わけはわからないが、ふーん、とレオンは相槌を打つ。とりあえずシャーロック家に不安を与えたい、というやつかもしれない。
「で、依頼内容は?」
「シャーロック家周辺の見回り強化と、忍び込みなんかの可能性があるから屋敷の護衛をって言ってきてるみたい。まあ内部犯だったら正直どうしようもないけどね」
「商家との繫がりで儲けてる家だろ。金絡みの恨みもありそうだな」
「新興貴族は恨みを買うからねぇ。だとしてもか弱い御令嬢を狙うってのが許せないよね」
可哀相に、とマルクが令嬢に同情を寄せるので、レオンは思わずおかしな顔をしてしまった。
「か弱い、ねぇ……」
確かにか弱くはありそうだが、心根はかなり厚かましい女だったぞ、とレオンは思う。名を確かマリーナとかいったか。
「ということで、シャーロック家周辺が今後重点警備区域に入ります」
「了解〜」
マルクが言うのでレオンはハイハイと頷いた。こういうイレギュラーな業務も時折はある。王国祭前のただでさえ忙しい時期だが、有力貴族はこうやって特別扱いされるのが常だ。
(貴族は特別ってか)
アスランが言った「平民の命は軽い」という言葉が自然と思い出されていた。もしこれが平民街からの依頼なら、見回りは強化されようとも、護衛まで追加されたりはしない。だいたいそこまでしてほしいなど、平民の方から言ってこない。個人屋敷の護衛をしろだなんて言えるのは、シャーロック家が自らの特権をしっかり自覚しているからだ。実際に令嬢が攫われそうになったわけでもなし、なんとなく物騒だから、という理由で騎士隊を動かす力は王侯貴族ならではだ。
(だいたいあの令嬢に結婚させたくないなんて、どこの誰だよ)
脅迫状に近いのだろうか、送られてくるおかしな手紙の件。レオンにしてみれば、正直なところあの令嬢にはどこぞの誰かとさっさと結婚してほしいところだ。
だったらあの令嬢に惚れている商家の息子あたりの仕業だろうか、なんてこともちらりと考えてみる。
(いや、なわけねぇか。安直すぎる)
浅はかな考えに肩を竦めて、レオンは朝礼で渡されたシャーロック家周辺の地図を頭に叩き込んだ。
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