二人きりの食事会①
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リクエストのミートボールはよく行くあの食堂に頼むことにした。ついでに自家製パンと他の旨かった料理も注文しておいて、日曜日の夕方に取りに行く手筈だ。
メリルと一緒になって菓子のバスケットも一つ作った。その際メリルの恋人のサムが差し入れてきてとても美味しかったというビスケットの話を聞いたので、サムに店の名を聞き、レオンが仕事終わりに買いにいったものもある。
お土産にとメリルとサムにもビスケットを買って帰った。引き換えにといっては何だが、この件についてはオスカーには言わないようにと口止めも忘れない。
料理長がレモンタルトとパウンドケーキも焼いてくれたので、こちらも数切れバスケットに追加した。
またアスランが驚いた顔をするだろうと思うと、準備もなかなかに面白いというものだ。
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最初の差し入れから数日後の日曜日。レオンは荷物を抱え、アスランの家のドア前に立った。ちゃんと食べられているだろうかとか、練習はうまくいっているのかとか、心配もそこそこあったが、出てきたアスランの顔は以前より随分と晴れやかだった。
「レオン、早かったな」
前回よりかは顔色もいい。痩せていることに変わりはないが、表情が明るいからかやつれた感はだいぶマシだ。
待っていたのか、テーブルの上には二人分の皿やらグラスやらが出されている。ワインらしい瓶が出ているところを見ると、ちょっと一杯飲む気もあるのかもしれない。
「高いのじゃないけどな。食べ物準備してくれるなら、飲み物でもと思って。ジュースも用意してる。どっちがいい?」
「お前に合わせる」
「じゃ、一杯飲もう」
今日は日曜日だから練習は早く終わったんだ、とアスランは上機嫌だ。
「日曜も練習してんのか?」
「本番までは毎日だって」
「まじかよ」
「私の出来が最悪だからだそうだ」
「そんなにできねぇのかよ……」
王国祭まであと二週間というところまできている。休みなしはさすがに可哀想にも思えるが、安定のできなさ加減にはガックリきた。
「メイソン先生にも悪いとは思ってるんだけどな。こればっかりはそんなに突然上達するわけないだろ?」
アスランはと言えば結構あっさりしたものだった。数日前にはしょんぼりしていたように見えたけれど、どうやら開き直ったらしい。
「お前が流れ覚えさえすれば動けるって言っただろ? だから今は大まかに覚えて、あとは感覚ってことにした。そう思えば少し楽だ」
一つ一つを完璧にやろうとするから進まなかったのではないか、とアスランは持論を展開する。
「ま、そんくらい図太くいくほうがうまくいくんじゃねぇの? 考え過ぎても上手くいかねぇよ。特にお前はな」
実際それで何かが目覚ましく改善されるとも思えないが、沈んでいた気持ちが浮上したならそれはそれでいいだろう。メンタルの部分にでも良い効果があったのならば、先日のレオンの忠告は無駄ではなかったということだ。
持ってきたミートボールはアスランの歓声を浴びた。ちょうど食べたかった感じのミートボールだと大喜びされると、買ってきたレオンの方もつい得意気になってしまう。
いつも頼む鴨肉のローストに季節野菜のサラダ。とろとろと滑らかな野菜のポタージュは小鍋ごと渡されたのでそのまま持ってきている。新メニューだとかいうキャベツ包みのホタテクリーム煮もとても良い香りがしていた。
「その、悪いから私もちょっとは払う」
「平民の少ない給金から絞り取る気はねぇよ」
「それでも少しくらい……だってこっちのお菓子もすごいから……!」
「こっちはうちのメイドやら料理長やらが楽しんでるだけだ。気は遣わなくていい」
「でも……」
今日もまたどっさりになってしまった差し入れにアスランは恐縮しきりだったが、とりあえず少しでも温かいうちに食べるぞと促して、二人の夕食会が始まった。
メイドさんが楽しんでるってどういうことだ? と不思議がっているアスランに、メリルとサムの話を少しする。差し入れには甘い物だというメリルの意見には、アスランも大きく頷いていた。差し入れに渡したお菓子類は少しずつ大事に食べているらしい。
「そういえばこの間から、メイソン先生にも何度も質問して、繰り返し踊ってもらってるんだ」
向かい合っての食事をし始めてすぐ、アスランが言い出した。メイソンの指導にただひたすらついていこうとしていたが、レオンとのペアのときのようにわからないことはわからないと言うことに決めたという。
「そりゃメイソンも気の毒に……」
あのペアでの練習のときを思い出し、レオンはややメイソンに同情した。あのときは何度同じところを踊らされたかわからない。ヒューイやマルクに愚痴ったこともあった。
「でも成果はあったんだ。一応最後まで流れがわかった。あとはなんとなくでやってるところを間違えないようにするだけだ」
「まああと一週間しかねぇけどな」
言うとアスランがぐぅと言葉に詰まる。それなんだ……と落ち込む様子が面白い。もっと時間があれば……とアスランは一旦沈み、けれど、「でも跳躍は褒められたんだ」と顔を上げた。
「お、まじで? やるじゃねぇか」
「今はメイソン先生より高く跳べる。でももっとふんわり跳べと注意された。神の使いだから、もっとこう、妖精みたいにって」
フォークを置いて、アスランはパタパタと手を動かす仕草をする。妖精を模しているらしいが、全くそんな風には見えない。良くてフクロウだろうか。
「お前に妖精は無理だろ」
レオンが真顔で言ってやると、アスランも真剣に頷いた。
「そしてメイソン先生もさすがに妖精には見えない」
「確かに」
お手本が妖精じゃないんだから妖精は無理だ、という意見で二人は一致した。あの体格で妖精なんてよく言う、とレオンがメイソンについて批評すると、アスランはクスクスと笑っている。
話が弾むかの心配を多少していた。文句の応酬ばかりが基本だったので、また険悪になるのではと思う部分もあった。
けれど蓋を開けてみればなかなか和やかな食事会である。料理もいつも店で食べている以上にどれも美味しい気がした。
ミートボールにしても店の自家製パンにしても、アスランはレオンが常々旨いと思っているものにいちいち感激するので、自分の審美眼を褒められているようで良い気分になってくる。レオンは柄にないとわかっていつつも、そんなに旨いなら今度店に連れて行ってやるとまで言ってしまった。あのアスラン相手にだ。女一人では行きにくかろうと思ってのことだったが、犬猿の仲だった二人が一緒に食事をしに出かけるなんて誰が信じるだろう。
アスランが用意していたワインも、これもまた悪くない味だった。まだ若いワインだが香りが良く、重たくないので飲みやすい。
ただ明日は月曜日だし、飲み過ぎないようにしようとあらかじめ決めていた。グラスに二杯まで、ということで食事のお供に喉を潤していたが、その多少のアルコールは、二人を饒舌にするのに一役買ったのかもしれない。
「だいたい隊長がよく許可したよな。お前の舞踊の下手さは隊長だってよ〜〜く知ってるだろうに」
「私もおんなじこと言った。でも隊長は絶対やった方がいいって言うんだ。今後の昇進とか、結婚とか、絶対有利になるからやった方がいいって」
ウォローの気持ちを考えると、それもわからなくもないとは思う。ウォローはある意味アスランの保護者なのだ。加えて自分のせいで騎士にさせてしまったと思うところもあるだろう。女性の将来としては厳しいその道を、さらに明るく拓いてやりたい。そんな思いなのかもしれない。
「でも壱番隊に入れたんだからこれ以上の昇進はないだろうし、結婚なんてもっとないと思うんだよな」
だからやっぱり神舞は私じゃなくてもよかったと思う、とアスランはブツブツ言った。
「結婚願望とかねぇのかよ? 普通女ってのは憧れるもんなんじゃねぇの」
レオンの周りの令嬢たちは縁談話にやけに敏感だ。これまでレオンも幾度狙われたか知れない。自由にさせてくれる両親にはその部分において大いに感謝しているところだ。ウィスタリア家は権力としては盤石なものがあるので、政略結婚的な縁談には翻弄されずにすんでいる。
この問いについてのアスランの返答は早かった。返答というか、疑問を疑問で返された形だが。
「私が結婚できると思うか?」
聞かれたので、レオンも思ったままを言う。
「思わない」
これまでのアスランの凶暴性というか、攻撃性というか、剣で男を打ち負かしていくあの姿を知っていればそういう結論になるのは至極当然だろう。
「だろ? 私も思わない」
アスランもまたレオンの返答に頷いた。腹を立てる風でもなく、嫌がっている風でもなく、心から清々しく同意した。本気で結婚はできないと、そう思っているらしい。
「んじゃもし結婚できるとしたら、理想の男像とかあんの?」
聞いてしまったのはほんの少量入ったアルコールのせいだろうか。
恋愛とか結婚とか、アスランはそういうものからかけ離れているように思えるからこそ気になった。そう思うことにしておこう。
二人の歩みが遅くてすいません。早くくっついてくれるといいなあ。




