神舞の巫女③
*
何かできないかと、一日中そんなことを考えていた。神舞は口伝の秘舞のため、舞踊の方面でレオンが手助けすることはできないけれど。
(毎回フラフラって……それだけ練習がハードなのか?)
レオンの方だって騎士隊としての剣舞奉納の練習はそこそこ忙しかった。けれどレオンにとっての剣舞など大した労力でもないし、人前で何かすることに臆する質でもない。独舞の部分を任されてもすでに悠々と舞ってしまえるので負担はほぼなかった。業務も通常通りで回している。
ただ、神舞はそんなわけにはいかない。
式典の目玉でもあり、舞それ自体も槍と剣を併用するかなり難度の高いものだ。レオンも5年前に見た神舞ならいくらか覚えているが、真っ白の衣装を着た巫女が踊る祝福と祈りの舞は、確かに美しかったと記憶している。
加えて、舞っている途中途中で様々な仕掛けが存在した。
槍から剣に持ちかえたり、巫女がまとうベールを外したり。音楽も様々変わって複雑だ。そしてなかなかに長いというのもある。
見応えがあると言えばそうなのだが、舞い手にとっては覚えることが多くて大変だろう。
(やっぱアイツ、またパニックになってんじゃ……)
ついこの間、ペアで練習していた剣舞を思い出す。動きの多さにパニックになって、アスランの上達はひどく遅かった。
(身体能力は高ぇんだから、能力的には不可能じゃねぇのに……余裕がねぇんだな。とりあえずコンディション整えて、落ち着いて取り組めば……。つか、やつれてるって、ちゃんと食ってんのか?)
業務が終わった夕暮れ時の帰り道。屋敷へ帰る間でさえ考えることはそれだった。
*
「メリル、ちょっと頼みがあんだけど」
「はい、何でしょうレオン様」
帰って即、玄関前にてレオンを出迎えるメリルに向かって話しかけた。オスカーの姿は見えないが、きっとレオンの両親の用事でもやっているのだろう。根掘り葉掘り聞いてくる奴がいない今のうちがチャンスである。
「その、弁当みたいなものが作れないか、料理長に聞いてきてくれねぇ?」
「お弁当、ですか?」
「そう。ちょい仕事長引いてる同僚がいるんで、差し入れしたいっていうか……」
別にやましいことがあるわけではないが、事情については微妙にぼかす。メリルは何も疑うことなく大きく頷いた。
「わかりました。何人分くらいお作りしましょう?」
「一人だ。一人分でいいけど、日持ちがするような物もあると助かる」
できれば気軽につまめるようなもので、重すぎず食べやすいもの。日持ちしてくれる物もあれば、例えば明日の朝とか、翌日帰ってきてからも食べられてなおいい。
「なるほど。サンドイッチなどがいいかもしれませんね。性別は男性、女性、どちらです?」
「あー……、まあ、一応女だな」
そこの部分は本当は伏せておきたかったのだけど、正直に答えたのは、メリルが真剣に考えてくれているからだ。
メリルはパッと顔を明るくした。何か思いついたらしい。
「でしたらクッキーや金平糖などの甘いお菓子も入れてはどうでしょう? 日持ちもしますし、つまみやすいですよ」
「それはいいな。ぜひ頼む」
自分では思いつかなかった差し入れ案に、レオンの顔は少し緩んだ。クラッカーやジャム、チョコレートもいいかもしれないと言うメリルに、弁当とは別に、日持ちがする物ならできるだけ入れてやってくれと頼んでおいた。
メリルは厨房へとかけていき、料理長の手製でサンドイッチの弁当が作られることになった。菓子類はメリルが用意する。瓶詰めのジュースなどもいいのではとメリルが気がつき、2本ほどバスケットに納められた。
「しかしメリル、甘い物なんてよく気がついたな」
「ええ……、その、実はサムがよくお菓子を差し入れしてくれるんです」
メリルはポッと顔を赤らめて呟いた。
「甘い物って、不思議と疲れが和らぐんですよね。サムが選んでくれたと思うと特に……」
恥じらいつつ語る様子が微笑ましく、レオンはつい小さく笑った。
「サムとうまくいってんだな」
「す、すいません、レオン様にこんなこと話して聞かせてしまって……」
「別にいいだろ。仲良くやってんならいいことだ」
メリルは恥ずかしそうにしていたが、レオンは心からこの二人がうまくいけばいいと思った。こまめに差し入れをしているというサムもなかなか気がきく男らしい。メリルを大切にしているのだろう。
そんなこんなでメリルにサムの話を聞きながら、一時間ほどでサンドイッチとちょっとしたおかず、フルーツの詰まった弁当と、各種菓子の入ったバスケットが完成した。日持ちするならできるだけ詰めろと言った通り、バスケットは二つ分だ。
レオンは食事もとらぬまま、馬車へ乗り屋敷を出た。一人なら騎乗の方が速いが、さすがにバスケット二つを抱えて馬には乗れない。
すでに街は薄暗く、夜を迎えようとしていた。さすがにアスランも家に帰り着いている頃だろう。
*
馬車は道の脇に待たせた。通りは十分に広いので邪魔にはならないだろう。そもそも夜更けた街では馬車にしろ人にしろ大して通ることもない。
大きなバスケットを二つ抱え、レオンは戸口へと立った。中から明かりが漏れているので在宅はしているようだが、かける声には少し迷ってしまう。
トントントン、とノックをし、「騎士隊のレオンだ」と名を名乗る。
数秒もしないうちにドアは開いた。
アスランと顔を合わせるのはもう数週間ぶりだ。
「レオン!? 一体どうした」
目をまん丸くして登場したアスランをひと目見て、レオンはまず驚いた。
(コイツ痩せて……)
もともとが細身のアスランだが、さらに肉が落ちていた。やつれていると言われていた通りだ。どことなくげっそりとしている。
「レオン、こんな時間にどうしたんだ? とりあえず中に……」
「お前、ちゃんと食べてるのか!?」
玄関先で、つい詰問するような口調になってしまう。
アスランは罰の悪いような表情をすると、ひとまずと部屋の中にレオンを引き入れた。
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