神舞の巫女②
「神舞って……姫様方がやるんじゃないのかよ」
「元々はね。でもさ、最近はもう近衛隊がやってることの方が多いじゃん? まず未婚の姫君がいないし」
王国祭の式典では様々な儀式と舞踊が行われるが、その中でも古い歴史をもつのが『神舞』だ。五年に一度の節目の年にしか披露されない舞でもある。
踊り手は神の使いである巫女と呼ばれ、槍と剣を組み込んだ武舞を舞って兵士を激励する。クライマックスでは国宝の一つである宝剣を手に持ち、巫女の祈りと祝福のもと、剣を天にかがげて国の武運を祈った。
古来より、この巫女には未婚の姫君がつくのが通例だった。
しかし神舞を行う年に未婚の姫君がいない場合、未婚であっても幼すぎて武舞が舞えない場合は、王家に連なる、あるいは高位貴族の未婚の女性が務めることもある。
ある年、たまたま近衛隊に所属していた貴族女性が巫女になった。その舞の美しさと猛々しさはそれまでの巫女を遥かに凌駕するほどで、日頃から鍛錬し、武器を手にしている者の武舞に誰もが感嘆の息を漏らした。
巫女は姫君方ではなく、日夜武芸に励む者に任せるものだとの風潮が高まったのはそれからだ。
近年は未婚の姫君が幾人かいるにも関わらず、巫女を近衛隊の女性隊員が務めることも多くなっている。姫君方が辞退しがちであるというのも理由の一つだ。武器を手に持ち、槍技、剣技を音にのせて舞う、それ自体がかなり身体的にハードであり、そもそも深層の姫君たちには荷が重かったのだ。
今年にいたっては、姫君方はすでに輿入れ済みで未婚の姫君がまずいない。流れ的にも近衛隊の女性隊員が努めることになるのは特別なことではなかった。
「なんだけど、今さ、近衛隊の女子は三番隊からしかいないらしいんだよね」
「だからアスランが引っ張っていかれたって?」
「そういうことみたいだよ」
ディアンが言うにはね、と前おいて、ヒューイは話をした。
つまりは少ない女性隊員の中で、より上位隊にいる人間を、ということだろう。壱番隊と二番隊と一つ隊が違うだけでも実力の差は歴然となる。近衛隊には三番隊以下にしか女性隊員がいないため、隊は異なるが騎士隊の壱番隊に所属するアスランに目がつけられたということだ。
「ついでに平民ってとこもポイントになったみたいだね」
「なんでだよ。巫女を平民がやったことなんてなかったはずだろ」
ヒューイの言葉にレオンは思わず噛みついた。
式典の中でも重要な職務といえる神舞の巫女は、王族もしくは貴族の娘がやってきた。いくら剣の腕があろうと、平民出のアスランには絶対に元老院あたりの爺さん連中から反対が出そうなものだ。保守的な彼等は血筋やら家柄やらに固執する。慣例を覆すことにも否を唱えることが多いので、実際巫女が近衛隊から出される流れにもいい顔をしなかった者が過去幾人もいたらしい。
ヒューイにしても、それはもちろんわかっているところだった。だからこそアスランが神舞の巫女らしいとの話を聞いたとき、どうしてと昔馴染みのディアンに尋ねた。突如騎士隊から送られてきた凄腕の女剣士には近衛隊の方も興味津々で、噂はまたたく間に隊内に広がったという。
「王様の人気取りみたいだね。まあ進言したのは第三王子のカイン様らしいけど」
「カイン殿下が?」
王子の名が出てくるとは予想外で、レオンはつい聞き返した。
第三王子カイン・ユーフォリア。頭脳明晰と名高く、改革派の筆頭と言われている。
「切れ者って噂じゃん? 建国300年の節目で神舞を平民にって、さすが目のつけどころが違うよね。王様もどっちかって言うと改革派だし」
カイン王子は昔ながらの身分制度を好まず、自分の気に入った優秀な人間を手元に置きたがる傾向にある。保守派からはあまり好まれないが、下々の者からの人気はなかなかだ。
王国の人口比率としては、当たり前だが平民や農民の方が貴族たちより圧倒的に多い。ともすれば不満を抱えがちになる平民から、神舞の巫女を出すこと。そんな重要職に平民を選んだ王様の人気はおそらく急上昇するだろう。老い先短い元老院の爺共より、数の上でも多い平民に寄り添い、世論を味方につける策だ。
王国祭というお祭り騒ぎで経済を活性化させ金を握らせると共に、儀式においても平民を重用することで名誉をも与える。当代国王の平民からの人気は盤石なものになるだろう。
「でもそれって、利用されてるだけだろ」
釈然としないレオンはやや表情を曇らせた。
アスラン本人にとっても名誉なことには違いないが、それでもそれはアスランが望んだことではないわけで、これはレオンの想像にしか過ぎないが、おそらくアスラン自身は神舞の巫女になりたいなどとは思っていなかったのではないだろうか。
幼い頃から助けてくれた騎士という職に憧れている奴だ。王国祭にしても、会場や広場の警備とか、当日のパトロールとか、そういう騎士の仕事の方を望んでいたんじゃないかと思う。
きらびやかな世界に憧れる女ではないし、式典などへの興味は皆無だろう。だいたい超がつくほど舞踊は下手なのだ。
「それなんだよね〜。まあ、お前とのペアはかなりよかったけど、神舞はさすがに大変でしょ。ちょっと可哀想だよね。ディアンも見る度にやつれていってるって言ってたし」
「そうなのか?」
「毎日メイソンにしごかれてるらしいけど、なかなか上達しないって」
そうして日々憔悴しきっていく姿を近衛隊の中でも心配に思う者が出てきているという。ただ騎士隊からの出張であるアスランは、あくまで神舞の巫女としての訓練をさせられているだけで、実際の近衛隊の業務とは全くの別らしい。ディアンたちも気の毒に思ったところでどうしてやることもできず、近衛隊の訓練場で毎日フラフラになるまで練習に励むアスランを遠目に見るだけだそうだ。
「メイソンが王室付きの舞踊師範だからね。それで王城に遠い騎士隊の隊舎じゃなくて近衛隊の方に通わせてるんだろうけど。何もアスランじゃなくてもね〜」
いつもは飄々としているヒューイですら、なんだかなあと首を傾げる。友達とかじゃないけど、一応隊の仲間だしね、とヒューイは続けた。
「恥かかされたりするのも可哀想だなって。でも上からの命令と言われたら断ることもできないしね」
アスランの舞踊の苦手度は、訓練校時代から騎士隊訓練生として一緒に学んできたレオンたちには明らかだ。国王を前に披露せねばならない彼女を思うと可哀想にと思う気持ちばかりが浮かぶのは、やはり一種の連帯感からだろうか。
(また一人で、アイツは……)
きっと誰も傍にいない。また一人で闘っている。
真面目に、懸命に。できないけれど諦めずに。努力で何とかしようとする。またもや一人で越えようとしているのかと思うと、自分でも気づかぬうちにレオンの眉間には皺が寄った。
けれどレオンにはどうすることもできない。発案はこの国の王子で、国王の人気を左右する大事案だ。
けれどもし、失敗すれば?
これだから平民はと蔑まれれば?
(なんでそんなプレッシャーを一人の女に……)
アスランにのしかかる大きな責任とストレスに、思わずレオンは歯噛みした。
なぜそんなにも自分がやきもきしているのか、そんなことには気づかないまま。
最近全然二人の絡みがありませんが、次回からまた絡んでくれたらなと思います。




