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俺様系  作者: ハチマン
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神舞の巫女①


 レオン・ウィスタリアは頭を抱えていた。

 小さな花のネックレスを前に、自分の短絡的思考を心底悔いる。


(なんで……なんでこれを渡そうと思った俺)



 あの後は無事令嬢をウィスタリア家に連れ帰り、シャーロック家の人々に引き渡した。

『マリーナ様のおかげで楽しい休日になりましたよ』

 なんてリップサービスも忘れずに囁いた後で、レオンは即座に自室へと引きこもった。

 そうしてただ今は一人難しい顔をしている。自室の机に肘をつき、真下に白い小花を見つめながら、両手では文字通り頭を抱えていた。


 ネックレスはやはり美しい物だった。購入したこと自体に後悔はない。職人のあの男も、やや余計めに支払った分、今日くらいは旨いものでも食べていてくれたらいいなと思う。    

 ただこのネックレスを、今後一体どうしたらいいだろう。

 素晴らしいものを見つけた高揚に、レオンはやや自分を見失っていたらしい。


『一泊の礼にネックレスを贈る』


 そんなとんでもない事態を招いてしまった自分を思うさま殴り飛ばしてやりたい気分だ。


 たかが一泊の礼だ。恋人どころか女とも見ていない相手にだ。

 美味そうな菓子でも、野菜の詰め合わせでも、ちょっと上等なワインでも、何なら柔らかいパンでだってよかった。そういう消え物にしてしまえば何だってよくて、それならアスランだって喜んで受け取っただろう。


(よりによってネックレス……)


 唐突に蘇るのはオスカーが暴露したメリルの話。メイドのメリルは庭番のサムと恋仲で、プレゼントされたネックレスを肌見離さずつけているという。


(そんなんじゃ……そんなんじゃねぇ……!)


 恋仲なんてワードには身震いするほどで、一人自室にいながら思わずフルフルと首を振った。

 身につけてほしいなんて、そんなことを思ったわけじゃない。

 ただなんとなく、渡す相手にアスランを思い浮かべた。例えばあのマリーナとかいう令嬢では絶対になくて、一応親しい女性としてならレオンの母親でも、何くれと世話をやいてくる屋敷のメイドでもなく、あのネックレスを渡す相手はアスランだった。

 ボロい店で見つけた、虹色にも輝く白色の小さな花。

 とても可憐に見えた。凛と美しく目に映る一方で、どこか健気なようにも思える。豪奢でも華美でもなくて、一見素朴な、埋もれてしまいそうなあの小さな花は、始終レオンの癇に障るあの生意気な平民女になぜか重なる。

 見つけた瞬間から、贈る相手はアスランと決まっていた。


(クソ……。でも一体、どうやって……)


 今現在、騎士隊にいもしない相手にどうやって渡すというんだろう。


(だいたいアイツは絶対受け取らない。こんな高価な物いらない、とか、礼なんて必要ない、とか絶対言うに決まってる)


 けれど渡さないという選択肢は不思議と出てこなかった。

 自分より下の階級の女に世話になっておいて礼をしないというのがまずすっきりしないし、こうなった以上他の物を用意するのも何か違う。

 持ち主として相応しいのはアスランだとそう思う自分は意外と頑固だった。


(なんか……なんかのタイミングで渡すチャンスがあるかもしんねぇし……)


 とりあえずこれ以後外出の際は胸ポケットに忍ばせることにして手を打った。

 いつ顔を合わせるとも知れないが、何かの折、ついでのように出せば、案外すんなりと渡せるかもしれない。



 騎士隊の隊舎にいる場合でも、胸ポケットには一応例の物を入れていた。単純に嵩張るものでも重たいものでもないので荷物にならないのと、何かの拍子にアスランが顔を出すかもしれないと思ったからだ。

 礼をしようと決めた以上、そのタスクをこなしてしまわねば落ち着かない。持ち歩いていた理由はそれだけだ。飯と寝床の礼くらいさっさとやって、礼節をわきまえた貴族の姿というものを見せてやる必要がある。


 とまあ、こんなことを考えていたので、レオンの隣に座っているヒューイが何の気なしに「アスランがさぁ」と言い出したときにはビクッと身体を跳ねさせてしまった。


「と、突然なんだ」

「いや、アスランが今何やってるか知ってるかな〜って思って」

「近衛隊で何かやってんだろ?」


 レオンが知っているのはその程度だ。もう随分と顔も見ていない。だからこそ礼もできていないわけで、どことなくモヤモヤした日々が続いている。 


「俺さぁ、昨日王城方面の見回りだったんだよね。ちょうど近衛隊の交代のときでさ。そんなかにディアンがいて聞いたんだけど」


 ヒューイは書き物をしながら話をした。書いているのは日誌のようなもので、見回り後は当番制で事件、事故の類や気になった箇所、重点警戒区域などを記す。基本的には他の隊員と顔を合わせて口頭でも伝えるが、記録を残すことで再現性を保ち、今後の当番の面々も業務に活かせるようにしておくのだ。


 ふんふん、とレオンは聞いていた。ディアンというのは初等科時代に同級生だった貴族子息の一人だ。訓練校でも同級だったが、彼は近衛隊の進路を選んだのでここ最近は顔を合わせることも少なくなった。レオンやヒューイの昔馴染みの一人である。

 ヒューイは書き物をしていた手を止めると、レオンの方を見た。驚かせようとか、あるいは内緒話を打ち明けようとか、そういう風ではなくて、ただ少し困ったように、気の毒そうに彼は言う。


「神舞の巫女やってんだって」


 その言葉はレオンを戸惑わせるに十分だった。


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