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俺様系  作者: ハチマン
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白蝶貝のネックレス③

 中央通りを外れると、露店の雰囲気が少し変わった。店を出すには商工会を通して国に税金を納めねばならないが、客の少ない通りの外れではそれがぐんと安くすむのだ。必然的に人目につきやすい大通りや広場には大店(おおだな)や羽振りのいい店が並び、路地や通りの外れでは貧しい店が多くなる。

 店構えも商品の陳列も、中央通りと外れでは見た目からして異なった。きらきらしく飾り立て、真っ白なクロスで日除けを立てたり鮮やかな色のテントを出したりしている広場の店とは異なり、街の隅に行くほど出しているテントは煤け、埃っぽく、どことなくボロくなる。

 そういう店には当然偽物やガラクタも多くなり、悪質なものや詐欺まがいのものは取り締まりの対象でもある。盗品が売りに出されていたりすることもあるので、騎士隊員としても目を光らせなければならない。

 だが時折、年代物などの掘り出し物や腕のいい不遇の職人の作品に出会うこともあり、数奇者があえて通う界隈でもあった。


 レオンは別に何かを探してやってきたわけではない。ただ街の賑やかしさから逃げてきただけだ。いくらか時間を潰してマリーナを迎えに行けばいいだろう。その後は遅くなってはいけないからそろそろ帰りましょうと勧める。有無を言わさぬために帰りの馬車を先に手配しておいてもいいかもしれない。


 つまらない休日になった。特別やりたいことがあったわけではなかったが、こんな消費の仕方はまっぴらだ。

 

 あてもなくブラブラと歩いた。たまには露店を覗くフリもする。見たいものがあると言った手前、何かを探しているポーズでもあった。シャーロック家の従者が遠巻きにレオンを見張っているとも限らない。

 そして見るだけならば、この界隈は面白いものが多かった。古ぼけた写真立てや、アンティークの陶器。古い本。刺繍の施されたキルト、用途のわからない道具類やセンスの悪い置物。

 中にはその場で描いた絵を売るものもあった。製作過程を見る面白さがあるし、頼めば希望の物をモチーフに即興で描いてくれるのだろう。

 

 そんな店の中の一軒だった。通りの一番端に店を構え、これもまた職人らしき男がその場で金属細工を行っていた。装飾品の店らしい。

 随分とボロい店だ。儲かってはいないのだろう。そもそも当の職人に、あまり商売っ気がないようだ。現にレオンが店先に近寄っても、顔を上げることなく一心不乱に手を動かしている。

 値札はどれもひどく安価だった。細工の施された腕輪、指輪、耳飾り。はめ込まれた石は美しいが、いわゆる宝石ではなかった。綺麗な色の貝や石を磨いたものだ。 


(宝石なんてなくても、細工で十分キレイに見えるもんだな)


 感心しながら商品を覗く。台にボロ布を引いてあるだけなので置かれている装飾品は高級には見えないが、安い割にとても美しい。

 さらに目立たぬ奥の方に、白く光る装飾品が集められていた。レオンはなんとなく気を引かれて近くへと寄り、顔を近づけてみる。

 まじまじと見ると、明らかに他のものとは違う、透明感のある真珠色をしていた。

 

(これは……)


 率直に美しいと思った。ブローチも、耳飾りも、指輪も。この部分にだけ値札がないところを見ると、職人の代表作品というだけで、売り物ではないのかもしれない。

 小さな花を模したネックレスが一つ、板に打ちつけられた釘にぶら下がっている。鈍い金色の台座に白い花が埋め込まれたような造りのそれが、レオンの目にはこの店の他の何よりも綺麗だと思えた。

 思わず手を伸ばし、そっと花の部分を指先にのせてみる。真珠色をした小花は角度を変えると虹色にも輝いた。


「白蝶貝だ」


 声の主はいまだ手元に夢中と見える職人だった。レオンが彼の方を見てようやく、職人もレオンへと顔を上げた。

 随分と歳のいった男だ。日に灼けた肌にくっきりと皺が食い込んで、髪には白髪が混じっている。


「美しいだろう? 魔除けにもなる。そこに置いてるのは俺がこれまで細工してきた中でも最高の貝だ」


 言うと、男はまたすぐに手元へと視線を落とした。細長いヤスリようなものを手元の金属にあて、少しずつ削っている。出てきた粉をくしゃくしゃの布で拭い、時折傍らの凹んたバケツから水をかけた。


「その分他のものより値は張るがね。この店じゃ一番の値段さ。300ルビアだ」


 値札がないのはその他売っているものよりかなり高くなるからだと言う。どうせ売れない、そういうことだった。手前に陳列してある小さなアクセサリー類は1ルビアから3ルビア程度。細工の多く施された腕輪ですら10ルビアしかしない。


「アンタが作ってるのか?」

「そうさ。俺にはこれしかできねぇからな。材料取りにいくところから自分でやる。かれこれもう40年だ」


 男は目線を上げないまま口にした。金属細工についてレオンは全くの無知だが、男が今やっている工程は大事なところなのかもしれない。

 

「贈り物にどうだい?」


 顔は下に向けたまま、少し口元を綻ばせた風情で男が言う。


「贈り物か……」

「貴族の兄ちゃんはこんな露店じゃ物は買わないか?」

「……いや」


 男はレオンの方をほとんど見ていないにも関わらず、貴族であることをわかっていたようだ。マリーナの手前一応装いはきちんとしているので、ひと目で裕福な人間と当たりをつけたのだろう。

 買っていいものか、少し迷った。渡す相手がいないわけではなく、渡せるかに躊躇したからだ。けれど、どうしてもと急かす自分に慌てる。


 レオンは僅かな逡巡をした後、ポケットから財布を出した。いくらか持ってきていた紙幣を握り、男に手渡す。


「これをいただく。その、とても綺麗だ」

「まいどあり。……おい、兄ちゃん、500あるぞ」

「300が品物に、200はアンタにだ」


 男は信じられないという顔をした。

 次いで「ありがとな」と静かに言うと、急いで手を洗い、綺麗なタオルでしっかり拭いて、かけてあるネックレスを丁寧に取った。


「ちょっと待ってな。贈り物用の立派な箱に入れてやるよ」

「いや、そのままでいい」

「贈り物なんだろ? 少しでも上等に見える方がいいんじゃないか?」

「いや……なんていうかその、上等とか、そういうのは気にしない相手だ」


 男はレオンを見ると、プハッと笑った。だったらそのままでいいな、とネックレスをレオンに手渡す。


「いい女なんだな」


 親しみのある笑顔を向けて言われたが、レオンは返事に窮してしまった。仕方がないので曖昧に笑っておく。ありがとなと幾度も礼を言う職人に軽く手を上げて、レオンは店を立ち去った。


 手渡されたネックレスはレオンの手の中、昼下りの陽光を反射して柔らかく輝いている。

 女物のアクセサリーを買ったのは、これが初めてだった。

 思わぬ掘り出し物につい頬を緩め、失くさぬようにと胸ポケットへしまうと、レオンはマリーナを迎えに行くべく人混みの方へと引き返した。


1ルビアは100円くらいかな、という計算です。

お礼にしては少し高いのかもしれませんが、そこはレオンくん、貴族なもので。金銭感覚もそこそこガバガバだと思う。

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