白蝶貝のネックレス②
「見て、レオン様! とっても美しい肩掛けですわ。あ、あっちには可愛らしい髪留めも……!」
城下の散策と名のついた買い物に付き合わされてはや半時間。レオンの表情は固まったようにずっと同じだ。にこやかに微笑む貴公子の顔。崩せばすぐに悪態をつきたくなるので表情は変えられない。
「どれもよくお似合いですよ。どうぞゆっくり見られてください」
そんな台詞ばかりを語尾を変えたり順序を変えたりして、何も考えちゃいないことがバレないように繰り返した。
(どれだけきらびやかに飾ろうと大して変わらねぇよ)
中身の伴っていない人間にどれだけの価値があるだろう。騎士隊の一員としては守るべき民衆の一人に違いなかったが、レオンはどうしてもこのミーハーな女たちが好きではなかった。
王国祭を目前にし、街はすっかり華やいでいた。旅人たちも多くいるのだろう。そもそもの人出が普段より倍近く多い。
遠方からの隊商もいくつも来ているようだった。中央の広場一体と大通りにはせめぎ合うように物珍しい品を並べた露店が連なり、賑やかに売買の声が飛ぶ。
元から王都に居を構える店々も掻き入れ時と店のドアを開け放ち、色とりどりのドレスやら宝飾品やらで客を呼んでいた。
盗みやトラブルも多くなる時期で、騎士隊の巡回は以前より回数を増やしている。
(つーか店出すぎだろ……んで女物を扱う店が多すぎる)
小物や雑貨、食品の類も多いが、ドレスにブローチ、バッグ、アクセサリーといった女性をターゲットにした店の多さといったら。
いつもは貞淑に見えるご婦人たちまでこぞって買い物をしているのはやや浅ましく思えなくもないが、女が元気なことは国が豊かな証だという。これだけ市場が賑やかならば、経済の活発にも一役も二役も買うだろう。レオンたち貴族の暮らしは農民や商人たちの納める税に支えられている部分も大きい。懐を潤してやることは反発を抑える有効な手の一つだ。
(つってもそんなに服やら装身具やらがほしいかっての。アスランならほとんどいらないって言いそうだな。『動きにくい。邪魔だ』とかって)
顔を合わせるのは隊でばかりなので、レオンは普段アスランがどんな格好をしているのかなんてほとんど知らない。しかしこの間泊まった時の部屋着姿を見るに、自らの格好になんぞ興味を持っていないことは間違いないだろう。
(ペラッペラの生地の薄いシャツに、これまたボロいズボンってな。部屋も殺風景だし、ドレスなんてもちろん、アクセサリーの一つも持ってねぇだろ。アイツはまったく女じゃねぇ)
まあ平民だし、ドレスなんて持っていたところでどこに着ていくでもないのか、なんてところまで考えて、レオンは辺りを見回していた目をピタリと止めた。
(……なんでアスランのこと考えて――)
思うと胸が焦りでバタバタと騒いだ。冗談じゃない。だいたい最近は騎士隊にもいないヤツだ。なんでこんなときに思い出す。
(あ、あれだ……この令嬢とあまりにかけ離れてるから……)
マリーナはレオンのすぐ側にて腰を屈め、リボンやらガラス玉やらがふんだんにあしらってあるブローチを手に取っている。
ゴテゴテと身を飾り立て、あれやこれやと商店を漁る浪費家の令嬢。甘えかかるような声に媚びるような目線。そういうレオンが嫌いな如何にも面倒くさそうな女と、あまりにアスランが異なるから。
(そ、そうだ。この令嬢の対極にいるのがアスランだからだ。だからこう、比べる対象として思い出しただけだ)
別にそこに特別な意味合いは一切ないのだと自分に言い聞かせ、レオンはようやっと平静を取り戻した。作り込んだ笑顔はすっかり崩れてしまったので、もう一度感じのいい笑顔を慌てて顔面に貼りつける。
「レオン様! この先に懇意にしているドレス店がありますの。王国祭で着るものを新調しようと思いまして。よかったらレオン様に見立てて……」
「でしたらどうぞごゆっくり見てらっしゃっては? 試着などもあるでしょうから連れ合いでもない男は立ち入らない方がいいでしょう。私もちょうど見たい物がありましたので、この辺りをひと回りしてきます」
マリーナの声に危険を察知し、レオンは即座に声を被せた。
見立てるなどとんでもない。こんな令嬢のドレスなど心からどうでもいいのに。一刻も早く逃げ出したい心境から一番最初のドレスに「それです」と言うことしかできそうにないが、それをレオンに選んでもらったと吹聴されても困るというものだ。
有無を言わさず別行動を取りつけて、店に迎えにきますから、とマリーナに告げた。懇意にしている店の中なら令嬢一人でも構わないだろう。その辺にシャーロック家の従者が控えているのにも気づいている。
(少し歩こう。束の間の自由だ……)
見たいものなど別にないが、やっと令嬢から解放され、レオンは通りを端の方へと歩いた。
ひしめき合っていた店は次第に疎らになり、人々の喧騒も遠のいていく。
そこには広場の方の派手な店とは違い、貧しい職人たちの出すみすぼらしい露店がぽつぽつと並んでいた。
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