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俺様系  作者: ハチマン
12/27

白蝶貝のネックレス①



 随分と良くなったじゃないか、とウォローに合格点をもらったのはつい先日のことだ。

 居残り練習の甲斐あって、アスランの剣舞がかなり上達したのだ。そうしてむしろこっちの方が出来により貢献したのだが、レオンがアスランの動きに合わせて舞うようになった。

 ペアの剣舞は息を合わせることが何より重要で、動きのタイミングが合わなければ美しく見えない。完璧ゆえにアスランを置いてけぼりにしがちだったレオンが、常に横の動きを気にするようになり、余裕のあるレオンの方がアスランの動きに合わせてやる。


「大変優雅です。申し分ない」


 達人メイソンを再び招いての品評会では、なんとレオンとアスランのペアが一番の拍手を浴びた。このときばかりはレオンとアスランも目を見合わせて驚いたものだ。



 が、しかし。

 後日王国祭での式典に選ばれたペアはレオンとアスランではなかった。3ペアほど選ばれたが、明らかにレオンたちより劣る出来のペアもいる。是が非でも出たいわけではなかったので結果に文句はないのだが、レオンは独舞を任されることになり、アスランは剣舞から御役御免した形になった。


「すまんなアスラン。お前は近衛隊から出張命令だ」

「近衛隊、ですか?」

「ああ。悪いがしばらくは近衛隊の方に顔を出してくれ」

「はぁ、わかりました」


 ウォローに言われ、アスランはわけも分からぬまま『しばらくは近衛隊所属』という身分になった。当然ながら騎士隊の業務も全て免除、隊舎にも顔を出す必要はないらしい。



 アスランの不在により、なんとなく落ち着かなくなったのはレオンの方かもしれない。毎日毎日顔を合わせては口喧嘩を繰り広げていた相手がいないとなると、どうも調子がでない気がするのだ。

 だいたい平民出のアスランが近衛隊に引っ張っていかれたことがまずもって不思議だった。近衛隊の業務は王族や王城の護衛になるので、身分については騎士隊よりも厳格になる。姫様方の護衛任務か何かかとも推察してみたが、だったらやはり出自のはっきりした貴族階級を使うだろう。

 けれどいない方がレオンの毎日は静かでスムーズに違いない。ただ少々、張り合いがないというだけだ。



「断る、と言っただろ」

「坊ちゃま、そうは言わずにどうか……。奥様からのご指示です」


 ウィスタリア家、レオンの自室ではオスカーがしきりに頭を下げていた。

 騎士隊はシフト制で休日を組む。本日はレオンの丸一日の休日だった。アスランが抜けているのでややシフトはタイトになったが、一名分の穴くらい大きな問題とはならず、業務も滞りなく進んでいる。


「奥様も旦那様とご一緒にシャーロック夫妻をお招きすると。その間坊ちゃまにはマリーナ嬢の付き添いとして城下を散策してきてほしいとのことです。どうもマリーナ様たってのご希望らしく……」


 王国祭が近しい今、ウィスタリア家にも訪問客が徐々に増えてきている。ちょっとした進物と共に、年頃の娘を連れて来る者もあった。無論高位貴族であるウィスタリア家との姻戚関係構築を狙ってのことだ。

 娘等のターゲットはもちろんレオンで、別途娘からとかいう贈り物を受けることもあれば、食事の席に同席させられることもある。贈り物なら後日オスカーに適当に返礼品を送らせ、食事なら両親もいることだし大して会話に参加はしないがその時間くらいは付き合った。

 だがしかし、本日はさらに面倒な要求がきた。新興貴族であるシャーロック家の令嬢マリーナが、レオンの大ファンであるらしい。マリーナ曰く騎士隊として街の見回りをしている姿を見かけたことがあるとのこと。誠実な働きぶりにすっかり虜になりました等と言っているらしいが真相は定かではない。大方両親に言わされてでもいるのだろうと思うが、その娘がレオンと二人で城下を回りたいと言いだしたのだ。


「なーんでせっかくの休みに知らない女と出歩かなくちゃいけねぇんだ!」

「シャーロック家は商家と親しく近年急速に財をなしている振興貴族。力をつけている様子のため無下にするべきではないとお父上様も……」


 ハァ、とレオンは特大の溜め息をついた。貴重な休みの午後をそんなことに使うことになろうとは。


 レオンとて、こんなことで両親との折り合いを悪くしたくはない。たかだか数時間、令嬢に付き添うくらいはやってやるべきだとわかっている。断ると言ったところでそれが通らないことも重々承知していた。

 あえて時間をかけて貴族らしい身嗜みを整える。重い足を引き摺りながら、渋々と屋敷の玄関ホールへと向かった。


 

 マリーナは一般的にみて可愛らしい女性と言うべきだろう。長い栗毛の髪をふわふわと巻き、クリーム色の清楚なドレスを身に纏っている。淡い桃色の頬をしてホールでレオンを待つ姿は、果たして両親に言われたからというだけではなさそうだった。これは本当に惚れられているのかもしれないと思うと、まだまだ奥方なんぞを娶りたくないレオンとしては身震いでもしたくなる心地だ。


「レオン様!」


 甲高い声で呼びかけられて、レオンはひとまず笑ってみせた。

 そうして自らに暗示をかけるべく深呼吸をする。数時間耐えろと胸の中で繰り返した。貼りつけるのは優しく朗らかな紳士の顔だ。貴族の子息として相応しい態度と振る舞いで、この苦痛なる数時間を乗り切るしかない。

 

「ご機嫌いかがですか、マリーナ様。レオン・ウィスタリアと申します」

「初めまして、レオン様。マリーナ・シャーロックです」

「本日はマリーナ様のお買い物に同行させていただけるとのこと、大変光栄です」

「無理を申しましてごめんなさい。でもレオン様が今日はお休みだと聞いて、どうしてもご一緒したいと思いましたの」


 媚びるような上目遣いに甘えた声。もじもじと恥じらう風情でいるのにも内心イラつく。ごめんだなんて一切思っていないだろうがと言ってやりたくもなったが、もちろん微塵も顔に出さずにレオンはにっこりと微笑んだ。


「構いません。では早速行きましょうか? 王国祭前で広場には露店も多く出ているようですよ」

「ええ、そうなんですの! レオン様と一緒に回れるなんて……私本当に楽しみで……」


 私もですよ、なんて心にもないことを返しながら、レオンとマリーナは用意されている馬車に乗った。もちろんマリーナの手を引き、エスコートは完璧にしてやる。

 問われたことには快く感じ良く答え、同じような問を返して会話をもたせることもそつなくやった。内容なんぞほぼ頭には入っていないが、令嬢のご機嫌をとることなどこれまで幾度となくやってきている。

 本日のこの散策も、ただひどく面倒だというだけで、レオンにとっては造作もないことだ。


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