翌朝
射し込んでくる光から顔を背けつつ、薄っすらと目を開いた。レオン、と呼ばれている気がしたが、すぐには意識がはっきりしない。
よく眠ったと思った。かなり気持ちがいい。心地良さに再び目蓋を下ろしたいくらいだった。寝足りないというのではなくて、すこぶる居心地がいいからだ。
「おい、レオン、起きろ」
ただその幸せな朝の目覚めは無遠慮な声で否応なく現実に引き戻された。
レオンは大きく目を開いてハッとする。
見慣れぬ部屋。触り心地の異なる寝具。視線の先には気に入らない女だ。
おはよう、と声をかけられ、レオンはすぐさま不機嫌を装った。のそりと背を起こし、別に強張ってもいない首を左右へ曲げる。
そう、ここはレオンの宿敵、アスランの部屋。アスランごときのベッドでぬくぬくと長寝したことが若干悔しい。寝顔を晒してしまったこともやや癪だが、実は朝には結構弱い方なのである。いつも通りを装うためにも眉間に皺を寄せておく。
「レオンお前、一旦家に帰るならそろそろ起きないと時間ないぞ」
隊服に身を包み、アスランはすでに身支度をすませていた。早起きな質だと話していたのは本当らしい。
「お前の隊服は一応乾いてはいるが……うーん。このまま着ていくのもな……」
着れないことはないけれど、心なしか湿っているような気がしないでもない……なんてアスランはレオンの隊服を握って首を傾げた。
どうする? と差し出してきたのでとりあえず受け取って、どうもと一言礼を言った。
「私は先に出るから、鍵かけといてくれ。後で持ってきてくれればいい」
先に朝練行ってるな、とアスランは言い、荷物を肩にかけた。へいへい、とレオンはいまだベッドの上から返事をする。
「朝ごはん、テーブルに置いてる。隣のルニおばちゃんがさっきオレンジ持ってきてくれたんだ。庭になったけど嵐で落ちちゃうからって昨日もいだんだって。美味いぞ」
テーブルの上には昨日の夜と同様、アスランが用意した粗末な食事が置いてある。微かに湯気が立っているところをみると椀の中身はスープだろうか。それからパンと、コップに入ったミルク。小さくカットされているオレンジは近寄らずとも瑞々しく果肉を光らせているのが見てとれた。
「じゃ、また後でな」
軽く手をを上げて、アスランは颯爽と部屋を出ていった。
同僚の男を一人部屋に残して、例えば部屋を漁られるかもとか、そういうことは考えないのだろうか。下着だとか何とか、女性には見られたくないものもあるだろうに。
(まあ、アスランだからな……そういう女っぽい感性は皆無ってか)
レオンは伸びをして、ポリポリと首筋を引っ掻きながら枕の付近に目を落とす。
昨日はここにアスランがいた――思うと突然気恥ずかしくなる。
(だいたい昨日は雷怖ぇってあんなに……)
何度も名を呼んで縋るくらいに取り乱していたくせに。
(晴れると何でもねぇとかほんっと現金な奴……)
いつものように溌溂と、レオン一人を部屋に置いて出ていくとか。一晩一緒に過ごした緊張とか、遠慮とか、恥じらいとか、そういうものが一切ない。
(いやそりゃ一晩ったって何もねぇけど!)
当たり前だ。恋人同士でもあるまいし、一つベッドで眠ったところでアスラン相手に何か起こるはずもない。
現にめちゃくちゃよく眠れたしな、とレオンは独りごちる。
ただこれまでより、アスランのことを知った夜だった。嫌な夜でなかったことは確かで、頭の中はアスランという女の周辺情報に溢れている。
レオンは寝乱れたベッドを軽く整えて、用意された朝食を口に運んだ。昨日の野菜スープの残りと平民がいかにも食べそうな硬いパンだったが、特に不満は抱かなかった。レオンが起きるのに合わせて温めたのだろう、具の少ないスープは寝起きの身体にほっこりと優しい。くし切りにされたオレンジはなるほど美味で、隣のルニだとかラニだとかいう婆さんは農家の素質があるのかもしれない。
注いであるミルクも一応全て飲み干して、レオンは朝食を終えた。最後は食器を片付け、ほんのりと湿った隊服を身に着けて部屋を後にした。
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