犬猿の仲
初投稿です。よろしくお願いします。
*
「おい、そこをどけクソ女」
訓練場の片隅、アスランが今まさに先日習った剣舞の動きでも練習しようかと模造刀を抜いた瞬間、後ろから偉そうな声が響いた。
「そこは俺が使う場所だ」
顔を見ずともわかる声の主はレオン・ウィスタリアに決まっている。その特徴的な声音はもちろん、アスランにそんな文句を投げつけてくる男はただ一人だからだ。
「レオン……またお前か。後から来たお前の方がどっか他所に行けばいいだろ」
仕方なく振り向いてアスランが言えば、レオンはさらに眉を歪めて口を開いた。
「空いてるとこがねぇんでな」
「だったら大人しく空くまで待ってろ」
「んだと……」
話にならないとアスランは顔を背けるが、レオンの方はさらに大きく一歩進み出てきた。
「……てめぇ、やるか?」
凄まれたとて、アスランにとっては怖くもなんともない。面倒くささにハァと大きく溜め息を吐き、アスランは再度レオンに向き直った。
「ったく、毎日毎日なんでそんなに突っかかってくるんだ。やるわけねぇだろ。私は練習したいだけだ」
「お前みたいなヘタクソじゃ練習しても一緒だろ」
「下手だから練習するんだろ」
「型も覚えてねぇんじゃ剣舞なんて百年早ぇっての」
ああ言えばこう言う、を体現するレオンは名門ウィスタリア家の子息である。
王国中央の貴族たちは男児が産まれれば貴族学校へ入れ、学問と武芸を叩き込んだ。その後文官となって政治の道へ進むか、王族の護衛を主とする近衛隊に入るか、あるいは騎士隊所属となり王国の治安を守るか。そうやって民衆の上に立つ、それがここユーフォリア王国の貴族男子である。
レオンは貴族学校時代から座学において並ぶ者もいないほど成績優秀であった。加えて運動神経抜群で武芸にも秀でる。柔らかなヘーゼルの髪を無造作にかき上げるだけで絵になる風貌、つまりは眉目も大変秀麗。学校卒業後の進路が騎士隊の中でも精鋭揃いの壱番隊所属とくれば、立場としてはまだ若手の下級隊員だが、将来は有望も有望だ。
アスランはなぜかこのエリート街道まっしぐらなレオンという男に目の敵にされていた。騎士隊の訓練生同士として出会って以降、ずっとだ。
アスランが壱番隊唯一の女性だからか、はたまた壱番隊なんぞ通常は入れてもらえるはずのない平民の出だからか。それとも壱番隊の隊長から特別に目をかけられているからかもしれない。贔屓と取られてもおかしくないくらい、身に余る援助をしてもらっている自覚はアスラン自身にもある。
とは言っても。上記全てをひっくるめても、アスランがここまでレオンに毛嫌いされるのは、おそらくそこにさらに一つ特大の理由が乗っかるせいだ。
『レオンも含めた壱番隊若手全員の中で、アスランが一等強い』という事実。
それだからこそ二番手のレオンはここまでアスランを敵視するのだろう。
ただし、アスランはアスランで弱々しい従順な女などではなかった。男だらけの騎士隊で壱番隊に選ばれるほどの実力の持ち主だ。舌戦であっても男に引けなどとらず、いくら相手がエリートだと言ってもただで負けてやる気はない。
「まあ剣舞が下手なのは認める。でもこの間の模擬戦では確か私がお前に勝った気がするけど」
だからこんな風に、アスランはチクリとレオンのコンプレックスを刺した。即座にレオンが真顔になる。
「あの模擬戦はただのマグレだろ」
「その前の練習試合でも私の方がポイントが多かった」
「ポイント制の練習試合じゃ本当の実力なんてわかんねぇだろうが」
だいたいホンモノの真剣でもねぇのに、ポイントなんてただ当たりがよかったってだけで、などなどブツブツと御託を述べているレオンに向かい、アスランはやや首を傾げ、誘うように言った。
「だったらもう一度手合わせしようか?」
ピクッとレオンの眉が動く。直後、彼は顎を上げ、唇の左側だけをやや上に引き上げた不敵な笑みでアスランを見下ろした。
「は〜〜ん、いい度胸じゃねぇか。別に構わねぇけど?」
「これで実力がハッキリするだろ」
「望むところだ。痛い目に合う覚悟はできてんだろーな?」
お互いに訓練用の模造刀を握りしめ、睨み合いながら間合いをとる。周囲に十分な空間があることを確認すると、なおも数歩下がって構えをとろうとした。
と、このあたりでその不穏な空気に周りも気づきだした。いつものことと口喧嘩を気にも留めていなかったらしい同期の隊員たちも、さすがにマズイのではと顔を見合わせ始めている。
「ちょ〜〜〜〜っと待った!!」
ハイハイハイハイ、と手を叩きながら割って入ったのは、レオンの友人ヒューイ・ケリア。彼もまた貴族階級の人間だが、アスランを邪険にしたりはしない常識人だ。
「レオン、アスラン、ちょい落ち着けって」
ヒューイは構えの姿勢をした二人の間に割り入った。二人の諍いなど日常茶飯事で、ヒューイにしてみれば慣れっこだ。だいたいレオンがアスランに突っかかり、アスランが真っ向受け止めて喧嘩になる、その繰り返し。
「隊員同士の喧嘩は御法度だって言ってんだろ〜?」
ヒューイは骨張った手をパーにして、レオンとアスランに『待て』をするようにして言った。
「喧嘩じゃねぇよ。勝負だ」
レオンが反駁すると、
「ああ。喧嘩じゃない。レオンと私じゃ喧嘩にもならないな」
頷きながらアスランも口を開いた。皮肉たっぷりだ。
「そうだなぁ。俺とお前じゃ格が違いすぎるってんだろ? 良家の俺と野生児のお前じゃ」
アスランの嫌味をきちんと受け取って、レオンがさらに噛みつく。その後はアスランの瞳がギロッとレオンの顔を睨みつけた。家柄の話などを出されてはアスランが敵うはずがない。
「家の話をしているわけじゃない。実力の話だ」
アスランが言えば、今度はレオンの目つきが険しくなった。
剣技の腕。つまり実力。その点で自分がアスランに劣っているというのはレオンにとっては承服しかねる。模擬戦で負けたことだって、あの日はたまたま自分の調子がどん底だったとか、アスランの運がひどく良かったとか、そういうイレギュラーな事態にすぎないはずなのだ。
「てめぇ、この間勝ったからっていい気になってんじゃ……」
ボルテージの上がったレオンの声がやや大きくなりかけたとき、訓練場の出入り口付近から「おーい」と声がした。顔を出したのはレオン達よりいくらか年嵩の男だ。
「お前たち、そろそろ時間だぞ」
壱番隊の隊長、ウォローである。
「業務の前に話がある。一旦中に入ってくれ」
体格のいいウォローの声は低いがよく通る。ある程度は広い訓練場にいた隊員はみなウォローの声に頷いた。
隊内に彼に歯向かう者などいない。家柄、才能、そして人望。どれをとってもウォローは隊長に相応しかった。
レオンもアスランも仕方がないと矛を収め、アスランは黙って、レオンはヒューイにぶつくさアスランの愚痴をいいつつ詰所へ向かった。
更新頑張ります。