第七話 『先は短し、気付けよおっさん』
「――で、こんな所で話ってなんすか」
魔法修練場で稽古を終えた三人はシャワーを浴びるついでにとある建物に来ていた。
小さい国の王宮かと思えるほど大きく、そして豪華な装飾がなされたその建物には、絢爛な雰囲気にふさわしい女性が大勢働いていた。
露出の多い服装から大人の色香を放つ妖艶な美女もいれば、幼さの残る顔だちから世の中の男性の庇護欲を煽る美少女までいる。
そんな女性たちには目もくれず、建物の大広間の端にあるテーブルに三人が座っていた。
否、正確にはちゃんと座っていたのはエドワードとテッドの二人だけであって、残りの一人――アドは意気消沈として魂が抜けたようにソファに倒れていた。
彼らはイオニスのとある店に来ていたのだ。
「いいだろここ。昔、俺の行きつけだったんだよ」
「こんな昼間っからやってるもんなんすね……」
「昼はそういうサービスは少ないがな。アドが満足できたようで何よりだ」
エドワードは予てから、アドが十歳になった暁にこうして大人の階段を上らせようと企んでいた。
彼なりに気を利かせた誕生日プレゼントのつもりだったのだろう。
しかし、アドも思春期真っ只中の男の子だ。
店に着くや否や、顔を真っ赤にして恥ずかしがるアドが面白くなり、アドが好きそうな女性と強引に二人きりにしてやった。
数十分後、アドが帰ってきたと思ったら案の定すべてを搾り取られたようで、枯れ果てたまま倒れ、今に至るという訳だ。
「満足……というか逝ってるっすね」
「ああ、イッてるな」
「アンナが知ったら絶対ブチギれるっすよ」
「それは……まあバレねえだろ。それに、ここを選んだのは別の理由があんだよ」
「……?」
エドワードの言葉を理解しきれない様子で、テッドがわずかに眉をひそめる。
続けて、エドワードはテッドに確認するように問うた。
「まず、半人造人間の俺が歳を取らなくなったってのは覚えてるよな」
エドワードがこの世界に生まれてから四十年はとうに過ぎているが、見た目はその歳の割に若々しい。
実年齢よりおよそ十歳ほど若いと言ったところだ。
つまり彼は、半人造人間の手術を受けて以来老けることがなくなったのだ。
それに気づいたきっかけは一年前。
アンナがふと、いつまで経っても見た目の変わらないエドワードに疑問を持ち、まさかと思って彼を作った天才魔術師に聞いたところ、そのまさかだった。
言われてみれば、半人造人間なのだからあり得る話だ。
脳の老化もほぼ無いらしく、半永久的に今の姿で過ごせるとのことだった。
永遠の若さに目がくらんだアンナが、自分も手術して欲しいと駄々をこねていた。
「ええ、それがどうかしたんすか?」
「ところで、テッドとアンナは二人とも今年でもう三十だったよな」
「まあそうっすけど……そういえば、エドさんの身体もその辺りで止まってるんでしたっけ」
エドワードが改造を受けたのがおよそ十数年前だったので、彼の肉体は三十歳くらいの若さを保っている。
「そうか、とうとうお前らも俺と同い年まで来たってことだ」
「まあ見た目だけっすけどね」
「で、本題に入ろうと思うんだが……ちょっと待てな、おい!アド!!」
エドワードが倒れているアドを起こそうと叩くと、釣り上げた魚のようにビクンと身体が反応する。
「やめてよお、もう出ないよお……」
「何情けねえこと言ってんだ!! さっさと起きろ!!」
「ひいい! いくらなんでもむさ苦しいおっさんはムリムリムリ!!」
「誰と勘違いしてんだ、アド! 目ぇ覚ませ!!」
そう言ってアドの尻を思い切りたたくと、途端に意識が覚醒したようで、目を擦りながらエドワードの顔を確認する。
「……なんだ、とーちゃんか」
「むさくるしいおっさんで悪かったな、座れ」
何の幻覚を見ていたのかは分からないが、アドはまるで悪夢から覚めたような顔をしている。
エドワードに言われ、彼はちょこんと隣に座った。
「まず、お前らに一つ、言っておかなければならないことがある」
いつになく真剣な表情で二人を見つめるエドワード。
これから発表するのは人生を大きく揺るがす彼の決断だ、彼にしては珍しいが真剣にならざるを得ない。
エドワードから放たれるオーラから、テーブルの周囲に只ならぬ空気が流れる。
「俺は――」
店にいる女性が誰ひとり近づけないほどの緊張感に、二人はゴクリと喉を鳴らし、そしてエドワードがゆっくりと口を開く。
「俺は、アンナと結婚するつもりなんだ」
その突拍子もない言葉に、二人は思わず同時に「は?」と声に漏らしたのだった。
唐突にエドワードの口から紡がれた言葉に、アドとテッドは唖然としていた。
いつもは冷静に物事を分析できるテッドも今回ばかりは話を飲み込むのに苦労している。
しかし、この場で一番驚いているのはエドワードの横に座るアドで、
「とーちゃん、アンナさんのこと好きだったのかよ!?」
「バカ!声がでけーよ!」
不意に出たアドの声が建物の中をこだまする。
あまり大きな声を出されると誰に聞かれるか分からないのでエドワードとしても困る。
「……結婚、すか。また急っすね、何かあったんすか」
「別に、タイミング的にも今がちょうどいいかと思ってよ」
テッドはエドワードのことを考えなしの馬鹿だと思っている節があるが、今回彼はなにも突然言い出したのではない。
ずっとアンナと一緒になってアドを育ててきたのだ、アドを拾う以前と比べると必然的に距離は近くなった。
三人で出かけていると夫婦に間違われることも多々あったし、今まで結婚を意識しないわけではなかった。
タイミングというのは、今日でアドが十歳になったうえに、アンナも彼と見た目が同じ三十になり、一つの節目だと思ったからだった。
「とーちゃんはアンナさんのどこが好きなのさ」
先ほどエドワードに注意されたアドが今度はヒソヒソ声でエドワードに尋ねる。
聞く側によれば失礼な言い方だが、アドは純粋に気になったのだろう。
「好きとは違うんだよな、別にあいつに惚れてるわけじゃねえし」
エドワードにはアンナに対する恋愛感情がこれっぽっちも無かった。
アンナとのイチャイチャあーだこーだは望んでいないし、近くにいてドキッとするとか、彼女のことを思うと夜も眠れないとかも無い。
別に認めたくないわけじゃない。
そこに変な意地もないし、好きだったら好きだと言っている。
つまりは娘とか姉、妹とかに対する感情に近い。
「とーちゃん、アンナさんと毎日のように喧嘩してるもんな!」
「俺もあいつにムカつくときはあるが嫌いってこともねえ。なんつーか、一緒にいるとすげえ楽なんだよな」
「それってヒモじゃないっすか……」
だはは、と大きく口を開けて笑うエドワードに少し引き気味のテッド。
「ま、細かいことは気にすんな。結婚する=好きって訳でもねえのさ」
「俺はアンナさんがかーちゃんになるのは大賛成だぞ!」
アドは昔からアンナに世話をしてもらってたからか、結婚に快く協力の意を示している。
しかし、一方のテッドはどうも腑に落ちない様子で、
「それって結婚する意味あるんすか」
何の感情もない顔でそう言い放った。
恐らく彼にとってのそれも純粋な疑問だったのだろう。
「エドさんの感じからして、結婚するとしないとで特に何も変わらなくないっすか。結婚するメリットがイマイチわかんないっす」
「そ、そうか?」
珍しく攻め気なテッドに、エドワードはついついたじろいでしまう。
普段温厚で特に口出しなどしてこない彼がここまで言うのだから何か特別思うところあるのだろう。
しかしエドワードとしても結婚のメリットと言われてもピンとは来ない。
例えば――
「アドに母親が出来るのは立派なメリットじゃねえのか」
「……アドを拾った時なら分かりますけど、もうアドも十歳で親離れもそろそろ近いのになんで今更なんかなって思ったっす」
確かに言われてみれば、と思い直すエドワード。
アドを拾った当初は結婚という考えは頭の片隅にもなかった。
結婚などしなくとも、アドは昔、アンナのことをママと呼んでいた。
役目だけで言えば十分母親を全うしていた。
「二人とも友達というか仲間というか……腐れ縁のような仲なんで結婚しても大して関係性は変わらないと思うんす。それに、新しく子供もできないじゃないっすか」
テッドの言う通りだった。
アドにとってアンナはほとんど母親のようなものだ。
加えて、結婚の最も大きな特徴である『子供を作ること』がエドワードにはできない。
エドワードには男の象徴が付いていないため子供を授かることがないのだ。
つまり、今まで擬似的に夫婦をしてきたのが続くだけだ。
「それでも結婚したいってなったなら、エドさん自身の感情っすよね? 俺にはそれがよく分かんないんす」
結婚に関して客観的なメリットが無さすぎるから、エドワードの主観的な理由があるはずだ、とテッドはそう言っているのだろう。
彼はずっとそこに引っかかっていたという訳だ。
なんだ、簡単なことじゃないか、とエドワードはテッドの疑問を明らかにしようと、
「そりゃお前、一緒にいたいからだろうが」
そうはっきりと返した。
これからも一緒にいたいから結婚する、至極真っ当な理由じゃないか、と言わんばかりのエドワードに対して、テッドは何を言っているんだと再び眉をひそめる。
「え、でも好きじゃないんすよね?」
「なんべんも言わすな。好きとかそんなんじゃねえよ」
「いやでもそれは……」
「……なんだ?」
「いや、やっぱ、いいっす」
テッドがそこまで言いかけて、言葉を取り消した。
横ではアドが、ニヤニヤとエドワードのことを見つめている。
「なんだアド、気色悪い顔して」
「なんでもないよーん」
指摘されても不敵な笑みを解かないアド。
その脇でテッドが少しニヤけながら、ため息を吐いた。
「……俺も反対なんてしないっすし、これ以上は野暮な気がしたんで言わないでおくっす」
「んだよ」
テッドが途中で切った内容が気になるが、言いたくなくなったのなら追及はしない。
十年以上一緒にいるが、エドワードは未だにテッドの考えていることがよく分からないままだ。
「で、俺とアドは何をすればいいんすか?式の準備とかっすか?」
さっきまでの問答が無かったかのようにパッと切り替えたテッドが協力態勢に入る。
「いや、今から伝えるのは超機密極秘作戦の概要だ。お前らにはそれを確認して随時いい感じに修正してほしい」
「はあ……了解っす」
「よし、じゃあ、作戦名を伝えるぞ。作戦名は――」
三人の男がテーブルに身を乗り出し、一点に集まり誰にも聞かれないようにコソコソと話す。
三人ともが顔を近づけた状態でエドワードが言った。
「――『プロポーズ大作戦』だ」
「あ、まだしてなかったんすね」「まだなんだ」
予想の斜め上を行くエドワードの発言に二人が同時にツッコむ。
こうして今、何のひねりもない陳腐な作戦名を掲げて男三人が始動するのであった。
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