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第六話 『魔法修練場の朝』


天暦 四二〇年


 イオニス国立魔法修練場。

 ここではイオニスを背負って戦う魔術師たちが、日々己の魔法の技術を磨き上げている。


 時刻は早朝。

 日が昇って間もないにもかかわらず、二人の魔術師が特訓をしていた。

 彼らにとっては日課だが、こんな朝早くから修練場に来ている物好きなど彼らのほかにいるはずもなく、だだっ広い修練場に二人ぽつりと立っている。


「アド、違う。こうやるんす」


 二人の魔術師の内のガッシリとした大柄な男――テッドがそう呟くと同時。

 

 ドオォン、と鳴る轟音と共に、巨大な石柱がアッパーカットのように地面から飛び出した。


「おー、すげー!!」


 赤色のサッパリとした短髪をしたもう片方の魔術師――アドは、その目を輝かせてパチパチと手を叩く。


「ただ地面を持ち上げるだけじゃ威力は出ないっすよ。持ち上げると同時にそれを抑え込むんす、そして放ちたいタイミングで――」

「――こうだな!!」


 アドの合図とともに、これまた地面から勢いよく石柱が飛び出す。

 しかし、その大きさは先ほどの石柱とは比べ物にならないほど大きいものだ。


「……まだ説明の途中なんすけど」

「まーまー、できたからいいじゃん!!」


 ニシシ、と屈託のない笑顔をその端正な顔に浮かべるアド。

 先生としての矜持を台無しにされ、ムッとしたテッドもこの笑顔には文句も言えない。


「じゃ、次の魔法やるっすよ、見ててください」

「おっす! 師匠!!」


 こうして、彼らのモーニングルーティンは今日も続く。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 アドとテッドが魔法の朝練を始めて二時間ほどが経ち、二人にも少し疲れが見えた頃。


「おー……お前らよくこんな朝っぱらからやってんな……」

「あ、エドさん」


 現れたのは髪の毛ボサボサ、髭ジョリジョリの何の取り柄もないおっさん――エドワードだ。

 彼は約十年前、ほぼ全身が人工物に取り替えられ半人造人間(オルモクルス)となり、今はただのイオニスの兵士として働いている。

 そして、彼は過去に戦地で子供を拾い、その子供をアドと名付け、息子のように育てている。


「とーちゃん!! 見ろよこれ!! すげーだろ!」


 アドが興奮した様子で空を突き刺すような巨大な石柱を指差し、自慢する。

 その様子は無邪気そのもので、血こそ繋がっていないが父親であるエドワードにとって恐ろしく可愛いものだ。


「お!! アドがやったのか?」

「おう! あのでっかいのが師匠で、その横の細いのが俺で、あそこのもっこりしてるやつがとーちゃんだ!」


やたらと大きい石柱、それより一回り小さい石柱、そしてその横に地面が少しだけ隆起している場所、と順に指差すアド。


「俺……? 何のことだ?」

「チ○コ!!」

「誰がモノなしだ!!」


 エドワードが冗談交じりにそう怒鳴ると、きゃっきゃと言ってエドワードから逃げるアド。

 無邪気さが違う方向に向いてる気もするが、父親の弱みもしっかりイジることができる、出来た息子である。


「ったく……毎朝苦労かけるな、テッド。アドの調子はどうだ?」

「いいんすよ、好きでやってますから。アドはさすがの吸収能力っすね。油断してたらあっという間に抜かされそうっすよ」

「さすが、我が自慢の息子だ」


 腕組みして鼻高々なエドワード。

 遠くからアドが「すげーだろ!」とエドワードに向かって大きい声で叫んでいる。


「アドも今日でもう十歳か。子供の成長はあっという間だな」

「そうっすね」


 今日はアドの十歳の誕生日だった。

 正確にはエドワードがアドを拾ってから数えて十年目なので誕生日ではないが、そんな些細なことは気にしない。


 テッドはアドが小さい頃から魔法の稽古をつけていて、最近になっては朝早くから誰もいない修練場で稽古をするのが日課らしい。

 そして午後からは担当教師が変わり、アンナによる剣の稽古が行われるという段取りだ。

物心ついたころからテッドに魔法の英才教育を受けたアドは、既に普通の魔術師を超える実力を持っていた。

 剣士としてもそれなりの才覚を見せ、アンナを超えるほどではないが大人の兵士を相手にできる程の実力はある。

 アドは剣術よりは、どちらかというと魔法の方が得意らしい。


「……にしても、今日は珍しく早いっすね。アドの誕生日だからっすか?」

「ま、それもあるが……お前らに折り入って話が、な。稽古が終わった後に話すわ」


 エドワードがわざわざ早起きしてここに来たのは二人にある話をするためだった。

 久々に真面目な話を持ってきたエドワードに、少し顔をしかめるテッド。

 しかし彼はすぐに「わかったっす」といつもの無愛想な顔に戻る。


「まだちょっと時間あるんで、エドさんも稽古やってみますか?」

「とーちゃんもやろーぜ!!」

「いいぞ!やってやろうじゃねえか!」


 そうして二人にエドワードが加わり、魔法の稽古を再開した。


「魔法ってのは要するに『変換』っす。そこら中に散らばってる見えない『魔素』を、目に見える物質に変換するイメージが重要っす」

「それ毎回言ってるけどさあ、その魔素が見えねえんじゃイメージのしようもなくねえか?」

「それはセンスっす」

「そこを教えるのが教師の役目だろうが……」


 センスなどと元も子もないことを言うテッドに、エドワードは呆れる他ない。


 テッドは元々器用なので、誰にも習わず独学で魔法を習得できたらしい。

 普通この国における魔術師は皆、子供のころから魔法に触れている。

 そうしてじっくりと感覚を磨くことでようやくなれるモノなので、彼のようにただの兵士が大人になってから魔法を習得するケースは極めて珍しい。

 器用と言うよりは、度を超えた天才である。


 しかしながら、一方で才能のかけらもないエドワードは何度か魔法に挑戦するも全く上手くいかない。

 出来ないのならセンスがない、身も蓋もない話だがそれが現実である。


「うおりゃあああああ!!!」


 遠くでアドが気合の入った雄叫びを上げたかと思うと、

 突然、彼の周囲に半径五メートルほどの大きなクレーターが出来上がった。

 もちろんそれを作ったのは中心にいるアドな訳で、


「え、あんなんできんの?」

「あれは、その魔素を純粋な運動エネルギーに変換する『衝撃(インパクト)』って初歩的な魔法っすね、威力はハンパないっすけど」

「そりゃ、あんなん見たらそりゃ敵も逃げるわ」

「エドさん、時代は魔法っすよ。エドさんもどうですか」


 思わぬ息子の成長ぶりに若干引いたエドワード。

 テッドの「時代は魔法」という口癖にも妙に納得がいった。


「どんくらい鍛錬積めば、あれくらいできるようになるんだ?」

「エドさんだと、ざっと五十年くらいですかね」

「なげえよ!!」


 それだけかかるのなら、どう考えても習得したころには、現役引退は目の前だ。

 一生を一つの魔法にかけることにバカバカしさを感じるエドワード。


「まあ、そこは素質とセンスっすね。習っておいて損はないっすよ」


 イオニスは現在に至るまで他国との戦争に一度の敗戦なく勝利し続け、その勢力を徐々に伸ばしていた。

 その最たる要因が魔法という訳だ。


 しかし、魔術師が戦争において台頭してくると、代わりとして淘汰されるものがいる。

 それがエドワードのような魔法が扱えない兵士だった。


 彼ら魔法の使えない兵士はただ前線に立たされ、敵と肉薄しながら命を懸けて戦う。

 その後ろから魔術師が高火力の魔法を放つという至ってシンプルな戦い方だ。

 つまり、魔法の使えない兵士は魔術師の盾にすぎないのだ。


 魔法の知識や技術の漏洩を考えると、国家の大事な魔術師が捕えられて捕虜にされるわけにはいかないため、必然的に後衛に回る必要がある。

 となると、やはり戦争において命を落とすのは彼らのような兵士ばかりだ。

 エドワードのような不死身の身体か、アンナのような凄腕の剣士でもない限り、長く生き延びることは到底難しい。


 つまり今の時代、この国で若くして死にたくなければ魔法を習って魔術師にならなければならない。

 そういう意味で、テッドは「時代は魔法」と言ったのだ。


「だがよ、俺らがいなけりゃ魔術師が存分に戦えないだろ? 最近ウチの部隊に志願する人数も減ってるし、俺とアンナまでそっちに行くわけにゃいかねえよ」

「そうっすよね……」


 普段感情を見せないテッドが、この時は若干寂しそうな顔をした。

 理由は明確だ。

 彼は魔法の才能を認められるとすぐにアンナやエドワードの部隊から魔術師部隊に異動してしまい、寂しさを感じていたのだ。

 当時の彼も二人と離れるのを相当嫌がっていた。


「あいつらずっと魔法の勉強ばっかで面白くないんっすよ。頭も堅いし、いいとこ出のやつってなんで全員ああなんすかね」


 エドワードがテッドの肩に手を回して不機嫌そうな彼を「まあまあ」と宥める。


「こうやって毎日会えるだけいいじゃねえか。それに――」


 エドワードはテッドの方を向いて、


「――もしもの(・・・・・)が来たら、アドをよろしく頼む」


 信頼しきった目でそう言った。

 アドはおそらくエドワードやテッド、アンナのようにイオニスの国を背負って戦いたいと言い出すだろう。

 もしそうなれば、魔術の才に長けたアドは当然テッドと同じ魔術師部隊に配属することになる。

 命を懸けの戦争において実際に命を懸けているのはアンナとエドワードであって、いつ死んでもおかしくない。

 もしもの時にアドの傍にいてやれるのはテッドだけなのだ。


「分かってるっすよ……エドさんが暗い話なんて珍しいっすね」

「バカ、せめて後々暗くならないように、今のうちに手ぇ打ってんだよ」


 終始明るいエドワードとは対照的に、どうも覇気がないテッド。

 最後、彼が何か言いかかったようだったが、そのまま黙ってしまった。


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