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第四話 『錯綜する思い』


――夢を見る。


見たくもない夢が流れる。


振りかぶられる拳に、容赦なく飛んでくる足。

鼓膜を破るような怒声に、飛んでくる唾。

殴られた痛みで泣くと笑われて、釣られて笑うと殴られた。

次の日、怒られて泣くと殴られて、我慢すると笑われた。

次の日、笑っていると怒られて、しばらくすると殴られた。

次の日、何もしなかったら殴られて、我慢しても殴られた。


暗い空間に一人、恐怖に耐える日々。

どうすれば良いかなんて分からなかった。

どうすることもできないから、分かるはずもなかった。

今を生きるので精いっぱいで、希望なんて見えなかった。

そこに希望なんてものは無かったから、見えるはずも無かった。


どれだけ痛くても、どれだけ怖くても。

苦しくても、寒くても、辛くても、寂しくても。

今生きていることに感謝すべきだから、我慢はできた。


頑張って、我慢した。


隠して、抑え込んで、仕舞って、




――消した。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――」


 浅い眠りから覚めたきっかけは軽く服を引っ張られる感触だった。


「おじちゃんおじちゃん」


 その若々しい声の主は一人の少女――アドと遊んでいたの女の子だった。

 少女はおじちゃんと連呼して、クイクイとエドワードの袖を何度も引っ張っていた。


「ん……。なんだ」

「アドくんがなんか喧嘩してる」


 少女の指差す方向を見ると、何やら数人の少年が集まって揉みあっていた。

 恐らくこの少女はエドワードに喧嘩の仲裁を頼みたいようだった。

 なんだ、ガキの喧嘩か……と思いつつ、群がる少年たちの方へと寄る。


 少年たちはどうやら殴り合いの喧嘩をしているようだった。

 なんせ子供だ、軽い殴り合いくらいよくあるだろう、と普通ならエドワードも思うだろう。

 しかし、この喧嘩は普通ではなかった。


 五、六人の少年たちが寄ってたかって一人の少年――アドを殴っていたのだ。

 囲まれて殴る蹴るをされるアドは勇敢にも立ち向かって殴り返しているが、所詮一対多数だ、成す術無く一方的にやられていた。


「おい!何してんだお前ら!!」


 力いっぱい腹から出した怒声が広場に響き、それを合図に暴力がピタッと止んだ。


「うわっ! 人形が怒った!!」

「えっ、さっきまで止まってなかったか?」

「おいアド、お前が連れてきた人形が怒ってんぞ―!」


 エドワードの事を『人形』呼ばわりする少年たち。

 どうやらエドワードが半人造人間であることを知っている様子だった。

 アドはエドワードの身体に興味津々だったため、この少年たちにも言ったのだろう。

 エドワードを指差して、『人形』と言う少年たちは少し間を置くと、再びアドに数発蹴りを入れ始めた。


「――っ!!」


 無邪気な悪意がアドに向けられていることに憤りを覚える。

 エドワードは怒りに任せて、一人の少年の胸ぐらを掴んだ。


「テメエ、うちの息子に何してくれてんだ。正々堂々、一対一(サシ)なら別に構わねえが、大人数で一方的に虐めて楽しいか!? 理由なんざ興味ねえが、こういう卑怯な奴が俺は一番嫌いなんだよ!」

「ひいっ!!」


 あまりに鬼気迫る表情のエドワードに、あっさり泣き出してしまう少年。

 根性のねえ奴だ、と掴んでいた胸ぐらを離し、ドンと突き飛ばす。

 夕方の街の広場に響き渡る大声に周りにいた子供たちや大人たちもざわつき始めた。


「こいつらを育てた奴は誰だ!! 親ァ呼んで来い!!」


 アドを虐めていた他の少年たちを射殺すように睨み、街全体に聞こえるくらい今日一番の大声を出した。



――数分後。

 アドを殴っていた少年のうちの一人が、母親を連れて広場に戻ってきた。

 身体中がぼろぼろになったアドはうっすら涙を流し、エドワードの後ろに隠れている。


「私に用があると、息子から聞いたのですが、何か」

「テメえんとこのガキがうちの息子をタコ殴りにしたんだよ、どう落とし前付けてくれんだ」

「それはこっちのセリフですわ!」


 少年の母親が怒鳴るようにエドワードに言い寄った。


「うちの息子が顔に大きな傷をつけて帰ってきたと思ったら、そこの少年の父親にやられたと、泣きながらそう言っていましたわ!」

「はあ!?それは俺じゃなくて――」

「どっちでも一緒ですわ!子のしたことは親の責任だって、あなたがそう言って私を呼びつけたんでしょう!?」

「んなことはいいんだよ!こいつらがアドを寄ってたかって殴ってんのが卑怯だって――」

「関係ありませんわ!!」

「大有りだよ!!」


 今にでも取っ組み合いの喧嘩になりそうな距離で言い争う二人。

 そうならないのは幸い、エドワードの相手が女性だったからだ。


「そもそも、大人がこんなに小さい子供に本気になって怒って、しまいには暴力を振るうなんて一体どういうことですか!?」

「だからそれは俺がやったんじゃ――」

「話を逸らさないでくださる!?今はあなたの人間性について言ってるのよ!?」

「――っ!!」


 少年の母親の鬼気迫る雰囲気に思わずたじろいでしまうエドワード。

 言い返すこともできないまま、母親は言葉を連ねる。


「それに加えて『落とし前』だなんて……この期に及んで金銭まで要求するなんてほんと卑しい、卑劣極まりないですわね」

「……だから、そもそも事の発端はそっちだって言ってんだろ」

「見た感じ、結構お年いかれてると思いますけど、いい大人がこんなことして大人げないとは思いませんの!? この子たちなんかより、あなたの親の顔の方がよっぽど見てみたいですわ。……さぞかし息子さんの方も残念に育つんでしょうね」

「テメエ! ふざけんな!」


 聞き捨てならない言葉に憤慨し、咄嗟に体が動いてしまった。

 気がつけば母親の胸ぐらを掴んでいた。

 爪先立ちになった母親はそれでも怖気付くことなく、エドワードを睨む。


「あら、暴力ですか? ちゃんと育ちの悪さが出ていますわ、息子が見たら真似しますわよ?」


 企み顔で放たれたその言葉に惑わされて、アドの方を見ると、


「――!!」


 アドは、今にも泣きそうな顔でエドワードを見ていた。

 必死に堪えていたのだろうが、エドワードと目が合った途端、涙を我慢できなくなったアドは走ってその場から逃げて行った。


「待てアド!! どこに行くんだ!」


 後ろを振り返ることなく一目散に逃げていくアド。

 目の前の少年の母親との話もまだ決着がついておらず、追うか追うまいか悩んでいた時だった。


「――エド!?」


 広場の奥から、慣れ親しんだ声でエドワードの名前を呼ぶのが聞こえた。

 声の主は長い薄桃色の髪を一つにまとめた凛々しい顔立ちの女性――アンナだった。


「アンタの声がしたと思って来てみれば、これって一体どういうこと?」

「あなたがこの方の奥さんですか?」


 次の標的を見つけた、と言わんばかりにアンナに詰め寄る少年の母親。

 アンナは状況がイマイチ飲み込めないようで、たじろぎながらも言葉を返す。


「あ、いえ。違いますが……コイツが何かしたんですか?」

「そうですか、まあ話を聞いてくださる? どうもあのお方とは話が合わないようでしてね」


 ちらと視線を感じるエドワードだが、そんなこと気にもならない。

 彼はまるで魂が抜け落ちたかのように、茫然自失としていた。

 アドの走って行った方向をぼんやりと見つめて、ただ立っていた。


「はい。ぜひ事情を聞かせて頂ければ――」


 その後、アンナは少年の母親に一方的に説教をくらい、頭を下げ続けていた。

 母親は気が済むまで怒鳴りつつけ、アンナが何百回と頭を下げた後、満足そうに子供と広場を去って行った。


 時刻はすっかり夕方になってしまい、赤くなった太陽が広場にポツンと立つ二人を照らす。


「さあ、アドを探すわよ、バカエド」

「……」


 こっぴどく叱られた後だというのに、アンナは何事もなかったかのようにケロッとしていた。

 彼女は無言で立たずむエドワードの手を取り、引っ張った。


「珍しいわね。アンタがそんなに怒れるんだって、初めて知った」


 スタスタとエドワードの手を引いて、早歩きをするアンナがぽつりと呟く。


「ほら、アンタっていつも何にも執着しないじゃない。何かに興味持ったと思えばすぐに飽きちゃうし、上手くいかないことがあってもすぐ諦めがつくし」

「……」

「今回だって、アドを拾ってきた時はどうせ私がやるんだろうなって思ってたし、実際もう既に飽きてどうでもいいんだと思ってた。でもちゃんとアンタにも一応父親としての自覚があったのね」


 そう言われて、エドワードの手を握る力がギュッと強くなる。


「俺はアドに何をしてやればいいか、わからねえんだ」


 子供たちを簡単に許してしまえば、またアドがイジメの的にされる恐れがある。

 容赦なく怒ったのも、アドのため、そうしてあげるのが正解だと思ったからだ。


 アンナはアドに剣を教え、テッドは魔法を教えている。

 ならば果たして、エドワードはアドに何をしてやれるだろうか。

 そんな不安に煽られて張り切った結果、見事に空回りしたのだ。


「アドが肩車してほしそうだから肩車してやったし、ガキ達の仲間に入りたそうだったから俺が入れてやった」


 アドに嫌われたくない一心から、望むことなら何でもするつもりだった。

 喜ばせることもできなければ、エドワードはアドにとって無価値の存在になってしまいそうだった。

 アドの世話をサボっていたのも、その事実から逃げたかっただけなのかも知れない。


「さっきだって俺はアドのために、あんなに怒鳴っちまって。結局あいつをビビらせて――イテッ!」


 パチン、とアンナのデコピンが炸裂した。

 俯いて歩いていたエドワードがそれを避けられるはずもなく、まともにくらってしまう。


「ほんとバカで不器用よね、アンタは」


 エドワードが咄嗟に顔をあげると、知らぬ間にアンナが振り向いていた。

 呆れ顔のアンナは人差し指をエドワードに向け、「それに」と言葉を継ぐ。


「子供ってのは親に何かをしてほしくて産まれてきたんじゃないわ。アドとって、エド――アンタが傍にいてくれればそれだけで十分よ」


 アンナの細い指が目の前にきて、思わずたじろぐ。


「そうか……そういうもんなのか」

「そういうもんよ。だからアドを一人にしないであげて」


 アンナがまっすぐな目でエドワードのことを見つめた。

 細長い睫毛の奥、すこし潤んで赤らんだ瞳にエドワードの顔がはっきりと映る。

 その綺麗な顔が間近に来て、エドワードの顔がほんの少し赤くなって、


「さて、早く探さないとね、手分けしましょうか」

「そ、そうだな! もうじき日が暮れそうだしな」


 二人は咄嗟に顔を背け、そのまま手分けしてアドを探しに行った。



数ある作品の中からこの作品を見つけていただき、ありがとうございます。

毎日投稿の励みになりますので、少しでも面白いと感じていただけたら『ブックマーク』と、下にある☆☆☆☆☆から評価してもらえると嬉しいです。

作者が跳ねて喜びます。


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