第三十五話 『父のプライド』
「――!!」
ヴィルムが指をパチンと鳴らしたと同時、足元で気絶していたはずの人間が、エドワードの足を掴み、身動きが取れなくなる。
さらに次々と倒れていた人間が起き上がり、さらには怪我をしていて立てなかった人も、瓦礫の下敷きになっていた人も一斉に立ち上がった。
「それだよ、その顔。これぞ現実って感じがして、ほんといい。夢見がちな子供に見せてあげたいね」
「このクソ野郎が!!」
たとえ気を失っていても、動ける体でなくても、ヴィルムは操ることができるのだ。
エドワードを徐々にいたぶる中で、あたかも希望がそこにあるかのように見せたのだ。
あまりに絶望的な状況にエドワードは罵声を放つが、次の瞬間、
「――ごふっ」
――鎧を纏った巨漢が目にも留まらぬ速さで衝突し、エドワードは身体ごと吹き飛んで壁に叩き付けられた。
絶大な衝撃に意識が朦朧とし、思考が鈍ったせいで身体が動かせなくなる。
その僅かな隙を逃すまいと会場中の人間が続々とエドワードに襲い掛かる。
意識が清明になった頃には、既に大量の人間の下敷きになっていた。
「ぐああああぁぁあ!! があああああ!!」
何匹もの鳥に啄まれるような激痛がエドワードを襲う。
「今、どういう気分だ、お前」
エリンに向かっていたヴィルムが踵を返し、エドワードの元へと行く。
ヴィルムは人の山に埋もれ、地に這いつくばるエドワードを笑いながら見下ろした。
「お前が正しくある限り、誰も救えない。正しさを捨てるには誰かを見放さなくちゃいけない。これって最っ高の矛盾じゃないか」
「お前ええええ!!」
エドワードの脳内は怒りで満たされていた。
人の命を何とも思わず弄び、エドワードが一般国民に手を出せないのをいいことに姑息な真似をするヴィルムに、計り知れない憎悪が湧いていた。
「いい顔するね、それでこそ人間だよ」
ヴィルムはそれだけ言い捨てて、エドワードの元を離れエリンへと向かう。
「――やめろ!!」
「さあ、エリンちゃん、だっけ。怖がらなくていいよ」
エドワードが制止を働きかけるが、そんな言葉は意にも介さない。
エリンは震えながらも剣を構えるが、ヴィルムは躊躇なくエリンへと近寄り、
ズブズブ、と。
エリンの構えた剣をそのまま自分の胸に突き刺し、身体を寄せる。
もちろん人など刺したことのないエリンは、恐ろしい感触に呼吸が乱れ、涙が溢れる。
「お迎えに参りましたよ、お嬢さん。これから俺と地獄へ参りましょう」
気味の悪い声をエリンの耳元で囁き、同時に恐怖でエリンの意識が閉ざされた。
ヴィルムは串刺しになりながら、エリンの顎に優しく触れ――
「――触んじゃねええぇぇぇ!!」
触れそうになる手前、エドワードが爆発音のような大声を上げた。
同時に、エドワードの上に気付かれていた肉の山が吹き飛び、赤黒い液体が辺り一帯に降り注いだ。
大量の返り血を浴び、死体の山に囲まれて佇む様は、まるで修羅のようで、
「神速之剣――『雷轟』」
ヴィルムまでの一直線上に存在する障害物を、雷が走るが如く次々と斬り払っていった。
あっという間にヴィルムの元へたどり着き、二人の間に真っ赤に染まった剣を割って入れた。
「あーあ、やっちゃった。これで今日からお前は人殺しだね」
「……」
エドワードは鬼の形相でヴィルムを睨めつけながら、大きく乱れた呼吸を整えようとする。
身体の至る箇所が抉れているエドワードは、呼吸を一つする度に強烈な痛みが全身を駆け巡り、立っているのもやっとだった。
薄れゆく意識を保ち続けるその原動力は、目の前にいる悪意の塊で、
「うるせえよ、クソ悪党……こいつら全員、心音が一切しなかった。初めっからお前が殺してたんだろ」
エドワードの言葉を聞いた途端、ヴィルムはケタケタと笑い出した。
否定もせず、ただひたすら娯楽を楽しむように笑い続けるヴィルムに、エドワードが冷酷な殺意を持って言う。
「エリンから離れろ」
「ははっ……ボロボロのお前に何ができ――うおっ!?」
その瞬間、エドワードがヴィルムの身体を思い切り蹴り飛ばし、宙に浮いたヴィルムの身体めがけて構える。
ふらつく足を抑え込み、痛みを堪えて正確に、腰を落として静かに構えた。
「神速之剣――」
今あるだけの力を全て込め、硬い床を爆発的な脚力で蹴り、絶大な速さを生む。
瞬間の殺傷力のみに特化されたこの攻撃は、太刀筋が一つしかない代わりに、防御不可の一撃を与える。
「――『韋駄天』」
音を置き去りにし、光の速さで放つその剣は、ヴィルムの首と胴体を見事綺麗に、真っ二つにした。
エドワードが全力で放った一撃は音速を超えて衝撃波を生み、周囲にあった瓦礫をもろとも吹き飛ばした。
標的であるヴィルムがその衝撃に耐えられるはずもなく、二つに分かれた頭と同は粉々の肉片となり不快な音を立てて辺りに散った。
ドゴォォンと、鈍い音が鳴り響く。
持てる力を全て使ったエドワードは、自分が生み出した勢いを止めることができず、そのまま床を転がり、壁に激突した。
足に力が入らず、剣を握ることさえできない。
壁にもたれたまま、だんだん、ゆっくりと意識が遠のいていく感覚に瞼を下ろそうとした時。
「――もう、めんどくさいなあ!」
無傷のヴィルムが、エドワードの目の前に現れた。
「お前と言い、アドと言い、なんでこうもしつこいやつが多いんだよ!!」
「お前……アドに、何か…したのか……」
地団太を踏み、苛立ちを露わにするヴィルム。
肺が潰れ、呼吸すらまともに出来ないエドワードが、辿辿しく問う。
「何かされたのはこっちさ。あいつが今、兄上の邪魔をしてるんだよ」
犯人捜しに出て言ったアドも、どうやらどこかで戦っているようだ。
戦っているのが自分一人だけではないと知り、エドワードに少しばかり余力が湧く。
「この国で一番警戒すべき人物だとは分かっていたけど、思った以上に厄介でね。そこにいる娘を使って大人しくさせるのさ。なに、心配しなくてもこの娘に危害は加えないよ。アドは殺すけどね」
「……はっ、どこまでも姑息な奴だな。お前ら、には……この国の王族としての、プライドは、ないのか」
せめてもの恨み節を吐き捨てたエドワードだったが、途端、ヴィルムが血相を変えてエドワードに接近した。
「ぐあぁっ!!」
もたれかかるエドワードの胸を足で踏みつけ、ミシミシと肉が擦れる音がする。
明らかに様子が急変したヴィルムが鬼の形相をし、初めて熱を帯びて声を荒げる。
「王族のプライド? 奴らにプライドなんてものあるわけないだろう! 誰しもが姑息で、狡猾で、卑怯だった! 俺と兄上は必死に耐えてきたんだ!! なのに何も知らないお前が、この腐った国の王を語るな!!」
するとヴィルムは、エドワードの顔面を蹴り飛ばし、エドワードはそのまま床に倒れる。
全身を怒りの一色に染め上げたヴィルムは何も言わず、左足でエドワードの首を押さえつけ、ゆっくりとしゃがみこんだ。
そして、エドワードの胸に手を翳し、
「――絶対干渉」
その不気味なほど細長い指先が、ゆっくりと、体内に入り込んでいった。
「ぐうおああああああああ!!」
あまりの苦痛と不快感に絶叫し、気を失いそうになるエドワード。
今まで何万回と傷を負ってきたエドワードだが、意識を保ったまま身体の中を直接触られることは一度も無かった。
臓器を撫でまわすようなヴィルムの指先の動きに強烈な吐き気を覚え、胃の中のものを吐き出した。
抵抗できるほどの力も残っておらず、苦痛で支配された脳がプツンと落ちないように耐えるので精いっぱいだった。
愉悦など一切なく、ただ冷徹な目つきでエドワードの体内をこねくり回すヴィルム。
エドワードの悲痛な叫びだけが鳴り響き、ヴィルムが途端に手を止めた。
「これが心臓か……?」
ヴィルムは眉を顰め、不可解なものを目にしたような、そんな顔をした。
「……はっ、はは、はははははっ!」
しばらく黙っていると、今度は突然壊れたように笑い出した。
ぼやける視界の中、奇妙な笑い声がエドワードの鼓膜を打つ。
「ははっ、なるほど! そうか、そういうことだったのか! お前があの魔女の試作品だったんだな! どうりで魂の形がヘンな訳だ!!」
無理解が解けた爽快感を感じ、ヴィルムは愉快に笑う。
「お前を殺しても、あの狂った魔女はもう何とも思わないだろうが……まあいい、俺の腹いせにはなる。いい所で出会えたね」
ヴィルムは一度止めた手に、徐々に力を入れていく。
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!」
すると同時、エドワードは身体が内から爆ぜてしまいそうな感覚に見舞われ、思わず大声で叫んだ。
ゆっくり、静かに、ヴィルムの込める力が強くなり、それに比例してエドワードの叫びも大きくなる。
「――じゃあね、でき損ない」
囁くようなヴィルムの言葉と同時、手に握ったものが一気に潰されて、
「ぐあああああああああああああああ!!!!!!!」
――エドワードの全身から、赤黒い液体が高く飛沫を上げた。
視界が暗転する。
全身の筋肉が痙攣し、身体が言う事を聞かない。
閾値を超えた酷痛に脳が絶えられなくなり、声も出ず、息もできず、動くこともできない。
これが『死』か、と。
この世に生まれて、初めてそう思わされた。
否、これは死などという生ぬるいものではない。
半人造人間であるが故に、常人では体験し得ない程の苦痛を、エドワードは味わっていた。
エドワードが感じているのは死を超えた何かだった。
「……ようやく片付いたね」
白目を剥き、ピクリとも動かなくなったエドワードを見て、ヴィルムは満足げに呟く。
ヴィルムはエドワードの身体に入れた腕をサッと抜き取り、立ち上がる。
会場は瓦礫と死体で埋め尽くされ、埃と共に生ぬるい空気が漂う。
ただ一人、身体に傷一つとしてないヴィルムが、無音の空間にコツコツと靴の音を響かせ――
――突如として、鳴り止んだ。
「……?」
ヴィルムが訝しむ表情で見づからの足元を見ると、そこには赤黒い血に濡れた鈍が突き刺さっていた。
その剣を視線で辿ると、動かないはずのエドワードが、地に這いつくばっていた。
「……!! しつこいなあ! じっとしてろってんだよ!!」
芋虫の様に転がるエドワードの横っ腹を、ヴィルムが思いっきり蹴り飛ばした。
再び壁に打ち付けられ怯んでしまうエドワードに向かって、ヴィルムは自らの腕を向け、その腕を猛烈な速さで射出した。
ドガアアァァァン、と大きな音がこだまする。
射出された腕は太く、鋭利な槍に変わり、咄嗟に避けようとしたエドワードの左肩を貫いた。
「ちっ……まあいいか」
ヴィルムはエドワードが壁に固定されていて動けないのを確認すると、振り返った。
エドワードはなけなしの力で何とか左腕に刺さる槍を抜こうとするが、槍は壁に深く突き刺さっていて、そう簡単には抜けない。
身体をガチャガチャと激しく動かし、左腕ごと槍を抜こうとするが微動だにしない。
ヴィルムが一歩、また一歩とエリンに近づいていく。
やめろ、と叫ぼうとするが、喉が潰れていて全く声が出ない。
腹から空気を押し出そうとしても、腹が破れていてどうにもならない。
どれだけ力を込めても、どれだけ必死にあがいても、ヴィルムには届かない。
ヴィルムの後ろ姿が少しずつ、ゆっくりと遠のいていく。
また、失ってしまうのか。
また、同じことを繰り返すのか。
目の前の大切な人を、何もできないまま、消えてゆくのを見ていることしかできないのか。
何のための十五年間だ。
何度も挫折して、何度も決心して、何度も失敗して。
ようやく辿りついたってのに、何だこの様は。
アンナと同じように、何もできずにただ、失ってしまうのか。
「ふざ……けんなっ…………」
エドワードの肩がミチミチと音を立てる。
それに気づいたヴィルムがエドワードを見遣り、唖然とする。
「何だよ、お前……」
アドがようやく手に入れた幸せを、失わせてたまるか。
失って、強くなって、立派になったアドが、これ以上悲しむ姿なんて見てられるか。
アドが悲しさ押し殺して、無理して笑って生きている世界なんて、あってたまるか。
「何で笑ってんだよ!!」
――そんなバカは、俺一人で十分だ。
「おれ……は……エド、ワード」
筋肉が一本ずつ断裂する痛みに悲鳴を我慢し、掠れて今にも消え入りそうな声で言った。
「死に、損ないの……ガラクタにして……さい、きょうの……剣士の…………『父親』、だ」
「お前……!! ほんと、鬱陶しいね! さっさとくたばれよ!!」
ヴィルムはもう一度エドワードに腕を向けると、みるみるうちに腕の形が鋭く尖っていく。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
全身全霊の力を足に込め、エドワードが前へと突き進む。
左肩の筋肉がブチブチィ、と音を鳴らし、エドワードの左腕が串刺しのままちぎれて分離した。
最後の力を振り絞って、瓦礫の山を蹴る。
「――孫娘一人守れねえで、親ぁ名乗れるもんかよ!!」
エドワードが叫ぶと同時、ヴィルムの腕から勢いよく射出された槍が頬を掠めた。
エドワードは守りを捨て、ただ一心不乱にヴィルムの心臓へと狙いを定める。
「神速之剣――」
残った右手一本で剣を握り、剣先を後ろにして構える。
限界の中、全てを使い切って振るう刃は史上最高の速度を叩き出したが、その反面、その太刀筋は精巧さに欠け、あまりに粗雑なものだった。
乱れた太刀筋は空気中に漂う塵埃と摩擦し、激しい熱を帯びて赤く染まり、
「――韋駄天・滅火!!」
炎を纏ったその剣は、ヴィルムの胸を一転に貫いた。
「ぐあああああ!!」
ヴィルムは初めて叫び声を上げ、勢いのついたエドワードと吹き飛んでゆく。
エドワードは体勢を立て直してそのまま剣を床に突き刺し、ヴィルムを床に叩き付けた。
「無駄だって言ってるのがわかんないの!? 何回同じことやったら気が済むんだよ! いい加減にしろよ!!」
ヴィルムは燃え盛る剣を握りながら、唾を飛ばして怒号を浴びせる。
薄い衣服に燃え移り、全身が火で包まれていても、ヴィルムが苦しむ様子は無い。
しかし、エドワードにとっては想定内だった。
エドワードが無様に床に押さえつけられているヴィルムを見て口角を上げる。
「だから何笑ってんだよ! 気持ち悪いんだよ!!」
勝負は一瞬だ。
エドワードは考えるより早く、次の手に意識を集中させた。
自分の内に流れる見えないもの。
その見えない流れを掴んで、自分の中心へと手繰り寄せる。
手繰り寄せたそれを即座に変換し、身体中から弾き飛ばす。
アドとテッドから教わったイメージを、頭の中で呼び起こす。
「うおおおおおおおおおおお!!」
――たとえこの身が爆ぜようとも、必ず守ってみせる。
「――衝撃オオオオオオオオオオ!!」
怒号と共に放たれた魔法はフロアに大穴を開け、二人は奈落へと消えていった。
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