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第三十三話 『再会』


 驚きのあまり、つい、大きな声で叫んでしまったエドワード。


 エドワードの声が会場を響き渡り、木霊する。

 周りにいた人間は、声の主の方へ一斉に視線を向ける。

 彼らはただ事ではない雰囲気を感じとって口を閉じ、辺りは静まり返った。


「――!」


 その中で一人、アドだけは驚いた表情でエドワードに目を向けている。

 十数年ぶりに再会アドは、かつての彼とはまるで別人だった。

 エドワードと同じくらいだった背丈もゆうに抜かされ、体つきに至っては筋肉で二倍くらいに膨れ上がっている。

 そして何より、彼は現在三十五歳前後。

 見た目だけでは、エドワードとアドは弟と兄のような関係に入れ替わっていた。


 エドワードは高ぶる感情を噛みしめ、アドに一歩歩み寄る。

 無音の会場の中、エドワードの心臓がこれでもかと鳴り響く。


「――あ」


 なんとか開いた口から出てきたのは、ただの音だった。

 否、言葉を放とうとしたが言葉にならなかった。

 何を言えばいいか、エドワードには選べなかった。


 あれほど会いたかったはずなのに。

 何事も無かったかのように昔のくだらないやり取りをしたかったのに。

 会って、「久しぶりだな、元気にしてたか」と声を掛けようと決心していたのに。


 何故か言葉は霧散した。


 これは恐れだ。

 エドワードは、アドに拒絶されるのが怖かった。

 アドが何を思ってこの十五年を過ごしてきたのか、エドワードは知らない。

 それゆえの恐れだった。


 やはり自分から許しを願うことはできない。

 せめて、アドの方から許しを与えてくれるならと。

 そう思ったエドワードは、俯きかけた顔を上げると、


「――」


 その先には、苦しそうに目を逸らすアドの顔があった。

 まるで、見たくも無いものから目を背けるように。


「おい」


 ――何でそんな顔するんだよ。

 そう言えないのも、エドワードの弱さだった。

 何かに縋りつくような表情でアドを見つめるエドワード。


「ア、 アドだよな……?」


 やっと口を衝いた言葉は、そんな陳腐な質問だった。

 二人の再開は、エドワードが思い描いていたモノとは違った。

 人違いという可能性を捨てきれないのは、仕方のないことだった。


 アドはエドワードの質問に何一つ反応を示さないままだった。


「俺だよ俺、エドワードだよ、俺のこと――」


 覚えているか、とは聞けなかった。

 その答えを聞くことの恐怖が口を閉じさせた。

 その時、エドワードの脳を、十五年前の出来事が過ぎった。

 アドを殴った拳の感触が、理不尽な言葉を投げつけた不快感が、未だに心に巣食っていた。


 今更どんな顔を向けられるのか。

 エドワードから歩み寄る権利なんてないのではないか。


 何度も乗り越えた葛藤も、実際に目の前にしてみれば一瞬にして瓦解する。


 エドワードが今どういう心持ちで生きているのか、アドにとっては知ったことではない。

 いくら改心したとて、過去の出来事が無かったことにはならない。

 それを全て忘れて仲直りだなんてあまりに都合か良すぎる。


 だったらせめて、誠心誠意謝るしかない。

 その後、関係が回復するかしないかは二の次。

 今のエドワードには、許されるか、許されないかの選択肢しかない。


 そう心を決めて、言葉を放とうとしたその時だった。




「――お父さん!!」




 聴き慣れた声が後ろから聞こえ、エリンはそのまま勢いよくアドに向かって抱き着いた。


「遅れてごめんよ、エリン」

「いいの。今日も忙しかったんでしょ。それくらい想定内なんだから」

「ははっ、信用ないなあ」


 いつもは人に甘える所なんて見せないエリンが、アドに抱き着いたまま嬉しそうな表情をしている。

 エドワードはあまりに予想外の出来事に唖然としている。


「改めて、入団おめでとう。これで父さんと同じだな」

「――うん! ありがとう!」


 二人は屈託のない笑顔を浮かべた。

 目じりに皺を寄せる様な二人の笑い方は、まるでそっくりだった。


 アドは、最初からエドワードの事などそれこそ眼中になかった。

 目を逸らしていたのも、ただエリンの方を見ていただけだ。

 アドは今ある幸せを、精一杯享受している。


 辛い過去を忘れろと、今ある幸せを大切にしろとアドに伝えたのは、他でもないエドワードだ。

 結局、エドワードの存在はアドにとって過去の足枷だった。


「お父さん、先生と知り合いなの?」


 突然、エリンがエドワードの方を指差し、アドに問いかけた。

 ギクリとしたエドワードだったが、アドの答えを静かに待つことにした。


「さっき先生がお父さんの名前呼んでたし、話したいんじゃないの?」


 エリンがそう問いかけるも、アドはどこか浮かない表情のままだった。

気まずい沈黙が数秒流れる。

 しかしそれは、エドワードにとっては果てしなく長い時間だった。


「そうだよ。エリンと一緒で、昔お世話になったんだ」


 アドはエリンの方を見て笑って、そうとだけ言った。

 それは、誰から見ても分かるような作り笑いだった。

 アドは間違いなくエドワードを避けようとしている。

 エドワードはこの時ようやく確信した。


「アド様ではないですか」


 エドワードが落胆しているところに今度は、魔術師、エーヴァルト=ツー=エルレストが割って入り、エドワードを遮った。

 何十年たっても衰えない背格好の彼は、高貴な雰囲気を漂わせる魔術師のローブを羽織っている。

 二度の妨害を受けたエドワードは、眉を顰めつつも一歩下がってエーヴァルトに譲る。


「オーガスタスさん」

「エーヴァルトです。相変わらず逞しい格好で。近頃の活躍も耳にしております」


 アドより遥かに年上の彼が、敬意を以て接していることから、よほど尊敬されていると見て取れる。

 エーヴァルトは、アドの横にいるエリンを一瞥し、お辞儀をする。


「この度はご息女様のご入団、おめでとうございます」

「ありがとうございます。ほら、エリンも」


 アドはエリンの頭をポンとさわり、エーヴァルトに向けてお辞儀をさせる。


「つかぬ事をお聞きしますが、なぜ魔術師ではないのですか? 貴方ほどの魔術師のご息女ならば、魔術の才がおありだったはずでは」

「確かにそうだけど……俺の血筋じゃ早死にしてしまうからね。エリンには俺よりもっと、いっぱい生きてほしいんだ」

「成程、テッドもそうですが、貴方ほどの才能が早くして亡くなられるのは実に惜しい」


 正統な魔術師の血族以外が魔術を使い続けると、老化が早くなる。

 それはテッドが死ぬ間際に言っていたことだ。

 テッドが実際そうだったのだから、アドに当てはまるのは当然だ。


「アルベルトはいつまでたっても老けないね」

「エーヴァルトです……そうですね、王家の血筋ほどではありませんが、私は純粋な魔術師の家系ですので。後五十年ほどですかね、ようやく折り返したところですよ」


 家柄にプライドがあるのか、鼻高々と語って見せるエーヴァルト。

アドとエリンは二人して微笑んで聞いている。


「それだけあれば、イオニスはもっといい国になっていますね」

「ええ、もちろん。約束しましょう」


 エーヴァルトは自らの胸に手を当て、誓いの合図を取る。









「我が身をもって、この国をより良いくににににににににににににににににににににににににににににににににに」






 ――突如、エーヴァルトは壊れた人形のように首をガクガクと震わせ、辺りが異質な空気に包まれた。


「――伏せろ!!」


 アドの焦る声が会場全体に響き渡ったと同時。




 強烈な光と轟音と共に、エーヴァルトの身体が爆ぜた。





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