表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/39

第二十話 『別れの花』


 その日の戦いは幕を閉じ、生き残ったイオニスの兵士と魔術師たちは現在、野営地でその傷を癒していた。

 言うまでも無く、被害は甚大だった。

 前衛部隊は百名近く、後衛部隊は三十名近くが死亡し、残りはそれぞれ五十名、二十名という危機的状態だ。

 総人数が少なく、魔術師の人出が足りないため、両部隊が一つの野営地に集まっている。

 当然、二つの部隊は相容れることなく、険悪な空気が流れていた。

 今朝、アンナが上げた士気も見事に元通りという訳だ。


「……まだ、やれるのか」

「それは、今は何とも言えないっすね」


 野営地の奥にある手狭な個室。

 前衛部隊の副隊長であるエドワードと、後衛部隊の隊長であるテッドが深刻な表情で言葉を交わしている。

 テッドは自分の机で報告書を作成しながら言葉を紡ぐ。


「今日の戦いでステリアも戦力をほとんど失ったと思うんす……けど、まだ終わった訳じゃない。正直、この人数じゃ明日からは今までと同じような戦い方はできないっすね」

「前衛部隊の生き残りも怪我してるやつが大半だし、俺も十分な戦力にはならねえ」


 壁にもたれたエドワードは自身の身体を押さえて苦い顔をする。

 エドワードはいくら痛みに強くても、超再生能力までは持ち合わせていない。

 かじり取られたような脇腹と太もも、胸にぽっかり開いた穴がエドワードの目に痛々しく映る。


「そうっすね……この状況だと戦いを続けても敗戦になる可能性が高いっす。だから、普通なら帰還するのが最善手っすね」

「……普通なら、か」


 テッドにはどうやら普通ではない策があるらしい。

 テッドはペンを走らせる手を止め、エドワードの方へ見やって言い放った。


「ええ、確実とは言い難いっすけど、一つだけここから勝てる方法があるっす」


 エドワードもその策に思い当たる節がある。

 一人で戦況を変え得る力を持つ魔術師。

 今日の戦いで敵のほとんどを殲滅した功労者、


「……アド次第って訳だな」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 外はすでに日が落ちて月がのぼっていた。

 日中、血で血を洗う戦いが繰り広げられていた大平原は、光を遮るものが無く白い月明かりに照らされて幻想的な風景が広がっている。

 その大平原の真ん中に、一人の少年がポツンと座っているのをエドワードとテッドは見つけた。

 着ているボロボロのローブから魔術師を連想させるが、刀身の長い剣が腰に刺さっている。


「ここにいたんすね、アド。こんな夜に危ないっすよ」

「大丈夫だよ、誰が襲ってきても全員殺せるから」


 アドはただひたすら何の変哲もない地面を眺めていた。

 彼が見つめているのはアンナが最後に倒れた場所だ。

 彼にとってそこは、なにか特別な意味を持つのだろう。


 エドワードはアドの背中に語りかけた。


「アド、俺たちはお前に頼みがあってここに来たんだ」

「……」

「アドが今日、俺の前で見せてくれた力を、この戦争に勝つために使ってほしい」


 エドワードが早速本題を切り出すも、当のアドは全く反応を示さない。

 返事をしないどころか、動きすらしない。

 茫然自失としていて、エドワードの言葉など届いていないようだった。


「……いつまでそうしているつもりだ」


 エドワードは、低い声でアドを咎める。

 初め、アドはアンナの死を受け入れられず、何度も蘇生を試みた。

 エドワードが過去に死を克服したという事実があるため、アドも希望を見出していたようだった。

 しかし、エドワードが助かったのは、魔術の祖による莫大な試行の末の奇跡だ。

 腕が立つとはいえ、たった一人の少年にそんな奇跡が起こせるはずもなく、アドの試みは失敗に終わった。


 すると、今度は塞ぎ込むようになってしまった。

 それからはずっとこんな調子だ。


 返事のないアドに、エドワードは言葉を続ける。


「アド、お前が悲しむのはよく分かる。それに、アンナを助けられなかった自分のせいだって思うのも、無理はない」


 アドはアンナを治癒する間ずっと、自分の至らなさを呪っていた。

 しかしあの状況で、誰がアドのせいだと責められようか。

 アドは今日の戦績に多大な貢献を示したため、本来なら褒められるべきである。


「だけどな、俺たちだってそうだ。俺たちがもっと早く敵の策略に気付けていればこんなことは起きなかった。俺たちの、全員のせいだ。責任を一人で背負うなんてしなくていい」


 何か選択が違えばアンナが死ぬという運命は変わったかもしれない。

 そういう意味では、全員の行動がアンナの運命を決定づけたのだ。

 しかし、当の本人はそうは思えないようだ。


 擁護するようなエドワードの言葉に、アドはしばらく黙った後、ゆっくりと口を開いた。


「……親父は、アンナさんが死んで悲しいか?」


 ポツリと、小さな声でそう呟くアド。

 起伏のない平坦な声色には何の感情も乗せられていない。


 エドワードはアドの唐突な質問に二つ返事で返す。


「俺だって、アンナがいなくなったのは悲し――」

「嘘つけよ」


 その言葉に重ねるように、アドは言い放った。

 悲しいのかと尋ねたのはアドだと言うのに、嘘だと即座に否定されたエドワード。

 彼はアドの意図を掴めず、眉をひそめた。


「アンナさんが死んじまったんだぞ。なのに親父は、沢山いる仲間の一人が死にました、みてーな様子じゃねーかよ」


 アドは、エドワードが平然としていることに疑念を抱いていたようだ。

 昨夜、アンナがエドワードに投げかけた問いと近しいものだったが、少しだけ違っていた。


「俺は……俺にとってアンナさんは特別だった。いつも優しくしてくれて、たまに叱ってくれて、腹減ったら料理作ってくれて、俺のどうでもいい話聞いてくれて、心配ばっかかけて。まるで母さんみたいな……いや、俺にとってアンナさんはたった一人の母さんだったんだ」


 アドは腰に携えた剣を強く握り、その手を震わせている。

 今まで顔を俯かせていたアドは身体を回してエドワードの方を向き、


「親父だってそうじゃねーのかよ! 結婚しようって、ずっと一緒にいたいって言ってたじゃねーか! そんな大事な人がそんな簡単に割り切れて、切り捨てて、忘れられてたまるか! 親父にとっての、アンナさんはそんなもんだったのかよ!! 」


 途端、アドは声を大きくして自身の憤りを表に出した。

 フードが外れ、アドの顔が露わになる。

 男らしい顔に付けられた鋭い目には涙が溜まり、今にも泣き崩れそうな表情をしていた。


「アド! いい加減にするっす……」

「いや、いいよテッド」


 テッドがアドを諌めようとするが、エドワードがそれを止めた。

 エドワードは一歩前に出て距離を詰め、アドを見下ろした。


「お前にはそう見えないのかもしれないが、父さんだって悲しい思いはしたさ。アンナは長い付き合いの仲間で、俺が惚れた唯一の女性だ。悲しくない訳がないだろうが」


 エドワードだって何も思わない訳はない。

 失われた悲しみはしかと心に刻まれている。

 それは事実で、彼の本心だ。


「でもな、それでも前を向かなきゃならねえんだよ。昔お前に教えたろ、男なら下なんか向いてないで、前向いて進め。父さんは、今すべきことをするだけだ」


 昨夜、アンナの部屋で言った言葉をエドワードはもう一度言った。

 過去は変えられない。過去に囚われない。

 後悔している暇があったら、前に進む。

 ずっと変わらないエドワードの信条だ。


 ズバっと言い切るエドワードに気圧されたのか、目を伏せるアド。


「それでも……」


 その目から涙の雫が一滴、落ちるのが見えた。


「それでもちょっとくらい、見せてくれたっていいじゃんかよ……」


 アドは、震える声を搾るようにそう呟いた。

 ハッと気付いたように腕で涙を擦ったアドは、赤く充血した目でもう一度エドワードを向いて、睨んだ。


「どうせ俺が死んでも、今みたいにケロッとしてんだろ」

「……それは違う」


 短く答えるエドワード。

 だがその答えが気に食わなかったアドは、エドワードに詰め寄り、その胸ぐらを掴んだ。


「――違う!? 何が違うんだよ!? 俺と、アンナさんで何が違うってんだよ! なんで俺が大切でアンナさんはそうじゃねーんだよ!!」

「……どっちも大切だ」

「それなら、ちょっとは暗い顔しろよ!」


 しつこいアドに痺れを切らしたエドワードは、胸ぐらを掴む手を払いのける。


「――!?」


 アドは、エドワードが強引な行動に出たのに驚いたようだ。

 一瞬ひるんだアドに対して、エドワードは容赦なく語気を荒げる。


「お前は父さんに暗い顔して悲しんで欲しいのか!? 泣き叫んで落ち込んで、腐ってほしいのか!? 違うだろう! お前もアンナも、誰もそんなこと望んじゃいない!! 悲しむ必要なんてないんだよ! 悲しむだけ無駄なんだよ!!」


 心の中にあった全ての思いを、怒声に乗せて吐き出す。

 エドワードは性にもなく怒鳴った自分に気が付き、あわてて平静を装う。

 一方アドは、エドワードを冷徹な目で睨み付ける。


「……そういうとこだよ」


 そう言って、アドは腰に差した剣を抜き取り、横へ雑に投げ捨てた。

 エドワードが使っていたその剣は、ドサッと言う音と共に地面に叩き付けられる。


「アンナさんが死んで悲しむことを、無駄って考えてる時点でおかしいんだよ」


 アドはかつてないほど低く冷たい声で言葉を発した。

 エドワードから顔を隠すようにフードを被りなおして、


「今わかったよ。親父が心を持たない人形だってのは本当だったんだな」

「――!!」


 エドワードに背を向け、恨むように吐き捨てた。

 例の噂がアドの耳にまで入っていたのだろう。

 しかし、アドにまでそれを言われるとはエドワードは思いもよらなかった。


 彼が呆気にとられていると、


「アド。それ以上エドさんを侮辱したら許さないっすよ」


 テッドが引き止めるようにアドの肩を掴んだ。

 怒りで震える手でアドを振り向かせようとするが、びくともしない。

 アドは下を向いたまま何も言わない。


「すいません、エドさん。一旦二人にしてもらえますか。俺がキツく言っときますんで」


 しばし沈黙が流れた後、テッドが席を外すように促したので、エドワードはその場を去ることにした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 アドの元を離れたエドワードは野営地まで戻った。


 野営地の傍には数十人の亡骸が布をかけて、きれいに並べられていた。

 もちろん、死んだ兵士の全員がここにあるわけでは無い。

 その身体を回収できなかった者、原型も残らなかった者はここにはいないのだ。


 その亡骸に寄り添うように屈む兵士が何人も見られた。

 皆、全ての仲間の死を悼んでいるのだ。

 そこら一帯は、涙する音が絶えなかった。


「――」


 その亡骸の中に、一際エドワードの目を引くものがあった。

 桃色の髪を携えたその小さな女性は手を前に組んで仰向けになっていた。

 月明かりで顔がよく見え、普段の鋭い顔つきとは違って、目を閉じ柔らかい笑みを浮かべている。


「幸せそうだな」


 今にも起き上がっていつもの減らず口を叩いてきそうだった。

 死んでいないんじゃないか、と疑いたくなるほどアンナには目立った外傷が少ない。

 血も誰かが拭いて綺麗にしてくれたのだろう、最後まで部下に愛された証だ。


 その時、トンと肩を突かれて振り返った。


「――副隊長」


 背後には、前衛部隊の女兵士が立っていた。

 彼女はエドワードに何かを伝えたそうにしていて、


「どうした?」

「これ、アンナ隊長のポケットに入ってたんですけど……」


 そう言って、女兵士は一枚の小さな紙を取り出した。


「これは何だ?」

「手紙みたいです。隊長から、副隊長宛てにと書いてありました。どうぞ」


 エドワードは彼女からその何の変哲もない紙を受け取った

 女兵士は紙を渡すと、「失礼します」と言ってそそくさと去って行った。


「遺書、か?」


 アンナの亡骸の前でエドワードは右手一つで辿々しく手紙を開いた。


 折りたたまれた手紙の中に、一輪の花が添えられていた。

 エドワードはその花に見覚えがあった。


「セパレプティア、だっけか」


 彼が五年前、アンナにプロポーズした際に手渡した花だ。

 その花が別れの花と呼ばれていることを知って、彼はすぐさま投げ捨てたのだが。


 鮮やかな橙色の花を手に取り、月明かりを頼りに手紙を読んだ。


 

 『――エドへ


 この手紙をアンタが読んでるってことは、私はもういなくなったのよね。

 いつか来ることは分かっていたから、こうして書いておいたの。


 まさか私がいなくなったからって泣いたりしてないでしょうね。

 そんな情けない素振り見せたら、この世に帰ってきてでも殴るわよ。

 ま、どうせアンタはバカだから落ち込まないでしょうけど――』

 

 

「……はっ」


 手紙の中でも、アンナはいつもの調子だった。

 十個も年上のエドワードに平気で軽口を叩く生意気な口調。

 まるで彼女の文字が、明るい声で語りかけてくるようだった。



 『――アンタなら次の日には切り替えて、必死になって仲間のために戦ってると思う。

 私もアンタにはそうしてほしいし、悲しんで欲しくなんかない。


 テッドもたぶん、落ち込んではいないと思う。

 でも、アイツは平気なフリをしてるだけだから、いざという時は話を聞いてあげて。


 アドはもう十分大人になったけれど、アンタと違って多分泣くと思うわ。

 落ち込んで前が見えなくなって、立ち直れなくなるかもしれない。

 だから、その時はアンタに任せる。

 アンタがアドを支えて、引っ張って、道しるべになってあげて。

 それがアンタのいい所なんだから。


 それに、アンタがアドの母親と結んだ約束、忘れてないわよね。

 アドを立派な大人にしてやらないと、その人に顔向けできないんでしょ。

 アドをほったらかしにしたら、呪われるわよ。

 

 ついでに私とも、約束。

 立派とか、最強とか、そんな難しいこと考えなくてもいいから、

 アドを、アンタなりに大切にしてあげて。

 破ったら承知しないわよ。

 

 最後に。

 この手紙につけた花、覚えてる?

 アンタが初めて私にくれた花。

 セパレプティア、通称『別れの花』

 プロポーズなのにこの花を渡されたんだもの、衝撃的過ぎて忘れる訳がないわ。

 断ったことについては文句無しね。

 関係が悪化しなかっただけマシと思いなさい。

 

 セパレプティアの花言葉は『謝罪』と『感謝』。

 人と人との別れ際にこの二つを伝え合って別れるの。

 だから別れの花、なんて言われてるの。


 生意気な口きいてばっかりでごめんなさい。

 突然、いなくなってしまってごめんなさい。

 

 今まで楽しかったわ。

 ありがとう、バカエド。

 

 最後にもう一つ、お願い。

 どうか、私のことは忘れないでいてください。

 そして、ずっとそのままのエドでいてください――』

 


 手紙は、そこで終わっていた。


 エドワードは読み終えた手紙を折りたたみ、懐に仕舞った。

 そして地べたに腰を下ろし、アンナの顔を見つめる。


 彼女の記憶がエドワードの頭の中で蘇る。

 初めて出会った時の高慢な態度。

 何事にも口出ししてきて、煩わしかった。

 それも今思えば、一匹狼だったエドワードを誰よりも心配してくれたのだ。

 彼女といる自分がまるで変わっていくようだった。


 アドと戯れている時に見せる優しい笑顔。

 顔を真っ赤にして、頬を膨らませて怒る表情。

 思い悩んで泣きそうになる顔。

 どれも、今すぐはっきりと思いだせる。


「……俺はお前が好きだったんだな」


 ずっと一緒にいたかった。

 恋愛感情とは一線を引いた、純粋な気持ち。

 それも一つの愛であり、好きという感情であることに、エドワードはようやく気が付いた。


 そんな一方通行の愛も願いも終ぞ叶わなかったが、いずれ来ると分かっていた未来だ。

だから――


「――忘れねえよ、絶対に」


 涙は、流さない。

 過去は変えられないから、俯いたって仕方ない。


 思い出は、消さない。

 過去は変わらないから、人の心の中でいつまでも輝く。


「ごめんは、言わねえ」


 エドワードは、冷たくなったアンナの頬に優しく手を添えた。

 アンナに体温が伝わり、ほんのり暖かくなるのを感じる。


「――ありがとうな」


 そして、最後の感謝を伝えた。

 彼の顔に涙は無く、柔らかな笑みだけが浮かべられていた。



目を通していただきありがとうございます!今後の励みになりますので、少しでも面白いと感じていただけたら『ブックマーク』と、下にある☆☆☆☆☆から評価してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ