第十六話 『隊長の決意』
翌朝。
日が昇る頃には魔術師が集まる後衛部隊と、アンナ率いる前衛部隊に分かれ、戦いの準備を完了させていた。
遠くの向こう側にある敵陣営には、今日も今日とて多数の影が見える。
ステリアも準備を進めているのだろう。
イオニス陣営の作戦自体はこれまでのものと変わらない。
後衛の魔術師部隊の前側を、前衛部隊が半円状に囲むように守る。
一方の後ろ側は、敵が攻め入れないように魔術師たちが半円状に高い絶壁を立てる。
こうして魔術師を囲む円形の防御陣が出来上がる。
そして敵が攻めてくる前方の防御を厚くし、討ち損ねて中に入ってきた敵をアンナとエドワードを含む数人の腕利きが処理するという形だ。
攻撃は、テッド率いる魔術師部隊に一任する。
魔術師たちは敵の攻撃範囲外から一方的に敵を叩く。
主に使われるのは巨大な岩石を飛ばす魔法だ。
他にも山を焼き払った炎魔法もあるのだが、これが一番消費魔力が少なく済むらしい。
今までの戦歴から、この作戦であれば総勢二百五十名でも一つの国を十分に相手にできる。
魔法とはそれほどに強大な力なのだ。
敵のステリアもこれに対抗するように、大砲や銃などの長距離射程武器の使用を試みていた。
しかし、結界魔術という外側からの高エネルギーの物体を通さない魔術を使用しているため全く通用せず、ずっとイオニスが一枚上手にいる状態だった。
つまり突破のカギを握るのは前衛部隊で、ここが崩されてしまうと後がない。
捕虜から手に入れた情報からすると、恐らく今日が山場になるだろう。
「――」
しかし、前衛部隊の面々は昨日の夜と変わらず重い空気に包まれていた。
魔術師がいなかった昔は、皆、国のために命を捧げ、いつ死んでもおかしくない状況で戦っていたため、仲間の死に一々落ち込む方が珍しかった。
時代が考え方を変えたのだ。
古い精神論を押し付ける訳にもいかず、士気が下がるのは目に見えていた。
この最悪の空気はアンナのせいでもなければ、誰のせいでもないのだ。
「大丈夫か?」
エドワードは横にいるアンナに声をかける。
彼女は今から、百五十人余りの前衛部隊に向けて檄を飛ばそうとしていた。
特に今、士気が全体的に下がっている以上、彼女の言葉は想像以上に重要なものになる。
ひいては、それだけで戦況を大きく変える要因にもなり得るのだ。
それに、今日は確実ではないが山場になる可能性が高いときた、。
だとすれば、のしかかるプレッシャーは尋常でない。
「……大丈夫よ」
いつもの澄ました顔でそう言ったアンナだが、空気は涼しいというのに肌に汗が浮かび、その細い手は若干震えていた。
手助けをしたい気持ちは山々だが、エドワードは手を差し伸べるほどの答えを持っていない。
ここは隊長であるアンナに任せることにした。
「……」
前衛部隊が静かに整列する前へと歩いていき、アンナは部隊を一望できるように少し盛り上がった場所に立った。
先日までの彼女の檄は、はっきり言って旧世代のテンプレのようなものだった。
兵士の気持ちに訴えかけ、敵に立ち向かう勇気を昂ぶらせる言葉ばかり。
初日はそこそこの効果はあったが、日が経つにつれ現実を見た兵士たちの心には響かなくなっていった。
おそらく今日、同じようなことを言っても全く効果は見込めない。
しかし昨日、最後には彼女は腑に落ちた、スッキリとした表情で寝床についた。
彼女の中で何かが変わったのなら、同じように部隊の皆を変えられるかもしれない。
どうにかなるのか、と固唾をのんでエドワードが見守る中、アンナがゆっくりと口を開いた。
「初めにアンタたちに伝えておく――おそらく、今日がこの戦いの山場になるわ」
冷たい声で言うアンナに、部隊全体が少しざわめく。
その多くは不安の声だった。
「今まで以上に多くの人が傷ついて、死んでしまうかもしれない。目の前で仲間が死んでしまったり、自分自身が酷い死に方をしたりするかもしれない」
それはまさに部隊にいるほとんどの人が抱いている負の感情だ。
そして、現時点において士気が下がっている最も大きな要因でもある。
「それはとても悲しいことで、つらいこと。それに、死がこんなに近くにあるなんて怖いに決まっている。それは私自身が思っていることで、アンタたちもそう思っているはずよ」
仲間の死は耐え難いほどつらく、自身が死ぬことは恐ろしいことだ。
アンナは自分がそう思っているとはっきり明言した。
あれほど部隊の皆に知られまいと隠していた思いを今ここで曝け出したのだ。
只でさえ士気が下がっている中、隊長であるアンナの隊長としての威厳を損なうような発言にエドワードは混乱した。
「――だけど、私たちは戦わなければならない。恐怖に立ち向かわなければならない。勇気を振り絞らなければならないの」
アンナの言葉に部隊の空気が一層重くなるのを感じたエドワード。
これでは昨日までと何も変わらない。
戦うのは使命だ。
逃れることは許さない。
命を賭けろ。
国のために命を散らすことは誇りだ。
勇気を出せ。
死に恐怖を感じては本当の力は発揮できない。
どれもこれも、言葉にして並べたとて耳を傾ける者はもういない。
旧時代のステレオタイプはもはや昨今の兵士には通用しないことは知っているはずなのに。
そんなことを本気で思っている兵士はほんの一握りしかいないのに。
彼女は堂々と言ってのけたのだ。
「だからお願い――全力で生き延びて」
そして後ろにこんなお願いを付け足した。
多くの兵士が彼女の言葉に顔をしかめ、ざわつき始めた。
彼女は何を言っているのだろうか。
戦線を指揮して、兵士を死地に向かわせて、死ねと言っているようなものなのに。
なぜ彼女は生き延びろと、そう言ったのか。
彼女は自分の発言が矛盾していることに気が付いていないのか。
そんな小言もものともせず、彼女は言葉を続ける。
「これは私からアンタたち全員へのお願い。全員が、全員のために生き延びて。死ぬのは私が許さない。無論、『全員』には今日までに亡くなった人達も入ってるわ。彼らのことを忘れるのも、絶対に許さない」
彼女の高く響き渡る声は、この場にいる全員の鼓膜を心地よく打つ。
「――勇気をもって戦うのは使命? 敵に背を向けて逃げるのは臆病? 笑わせないで。逃げて生き延びるのだって勇気がいるものよ」
確かに、立ち向かうなり、逃げるなり、人が何か行動を決定する時に勇気は必要だろう。
彼女はそういうことを言っているんだろうか。
そうだとして、逃げる時に下す決断は勇気と呼べるだろうか。
「戦う理由が見つからないなら、今となりにいる仲間のために戦って。死の恐怖に打ち負けそうなら、仲間に勇気を分けてもらって」
国や使命なんかじゃなく、仲間のために戦えと、彼女はそう言った。
死の恐怖は一人で掻き消すモノではなく、仲間と乗り越えるモノだと、そう言った。
「自分が死にそうだったら、勇気をもって逃げて。仲間が死の危険に晒されていたら、どうか助けてあげて。死んだ人達が守った命を、残した思いを……どうか無駄にしないであげて」
否――彼女の発言は矛盾などしていなかった。
彼女がいつ、命を賭けろと言った。
いつ、死は恐怖の対象じゃないと説いた。
いつ、つまらないもののために戦えと命じた。
彼女にとって、命は大切で、死は恐怖で、仲間は守るべき存在なのだ。
「だからここにいる全員で生き延びて、さっさと故郷に帰るわよ」
彼女は最後にそう言い放ち、陣形につけ、との合図を出した。
昔のように、気合に溢れた叫び声が上がるようなことも、血が滾り力が湧く感覚に陥ることも無い。
しかし、どうしてか心の澱が澄んでいくような兵士たちの顔を見て、エドワードは大成功だと確信した。
話を終えたアンナは緊張が解けたのか、心底ホッとした様子でエドワードの元へやってきた。
「やるじゃねえか」
そう言って茶化しながらも笑顔で労いの言葉をかけると、
「あ、あれくらいやって当然でしょう」
照れるように少し頬を赤く染めて、得意げに言うアンナ。
隊長としての役目で言ったら百点満点だろう。
「それにその……ありがとう」
「なにがだ?」
何やら礼を言われたエドワードだが本人に全く覚えはない。
「ほら、昨日アンタが言ってくれたことよ。亡くなった人達は私たちが何をしたら一番悲しまないでいるだろう、喜んでくれるだろうって考えたら、今日の話に落ち着いたの。アンタの素敵なアイデアのお陰よ。ありがとう」
そう言われてエドワードは昨日の会話を思い出す。
やはり、あの時の会話がアンナの考えを少しばかり変えたらしい。
そんなことで感謝されるなら、いくらでも話ができる。
しかし、彼女はエドワードの考えを素敵と言ったが、エドワードは昨日、下を向かずに前を向けと、アンナに言った。
言い換えれば、悲しい事実から目を背けてポジティブに生きろと言うことだ。
しかし、今、アンナが話した内容では、決して悲しい事実から目を背けてはいなかった。
死の恐怖や、仲間の死。
それら全てと向き合って、彼女自身の答えを導き出していたのだ。
エドワードからすればこっちの方がよっぽど綺麗なアイデアと言える。
「……いや、やっぱりお前はすげえなって」
「何を今更。当たり前でしょう?」
「いくつになっても生意気だな、お前は」
「……今度似たような事言ったら微塵切りにするわよ。歳とらないからって調子のらないでくれる?」
「相変わらず辛辣なこって」
普段の軽快なやり取りをしながら、二人は定位置につく。
「――もしもの時は、アンタに任せるわ。頼んだわよ」
もしもの時。
アンナは指揮系統を崩してはいけないため、エドワードが真っ先にイレギュラーに対処するつもりだったが、昨日はそこから言い合いが始まった。
昨日は結局結論が出ないままだったが、今の言葉はエドワードを信頼しきった故のものだった。
エドワードは、アンナに珍しく認められた様な気分になり、気恥ずかしくなる。
「ん? なに? 変な顔してどうしたのよ」
「何でもねえよ、任せろ」
余計な会話はそろそろお開きにしなければならない。
そう言い聞かせ、エドワードは変だと言われた顔を自分の手で叩いて、気合を入れなおした。
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