第十五話 『心の在り方』
そのまま、エドワードはアンナの部屋に留まった。
アンナは「着替えてくるから待ってて」、と言ってしばらく部屋を出て行ってしまった。
部隊の兵士たちも寝静まったようで、聞こえてくるのは外からの虫の音だけが微かに聞こえる。
「――入るわよ」
すると藤色のネグリジェに着替えたアンナが扉を開けた。
そこにはイオニスが誇る『神速之剣』の使い手ではなく、ただのか弱い女性が立っていた。
細い手足と身体のラインは俊敏と言うより脆弱なイメージが先にくる。
今朝まで剣を握っていたとは到底思えないアンナの姿に、エドワードは違和感しかなく、
「……誰?」
「失礼ね、そんな節穴の目じゃ結婚なんて言ってられないわよ」
口を突いて出る冗談もアンナの前では通じないようだった。
そんなやり取りをして、二人はベッドの上に横並びになって腰を掛けた。
アンナは今の今まで傷心して泣いていたのもあって、あまりいい気分ではないようだった。
エドワードも、アンナが苦しむ理由が大体分かっているが、なんと言葉を掛けるべきかわからない。
「で、まずはさっきの報告からね」
「あ、ああ」
そんな風に苦心していると、アンナの方から口を開いてくれた。
急に話が戻されたことに若干戸惑いながらも、エドワードは冷静を取り戻して今日の夜にあったことを報告した。
「――なるほどね。何か企んでるとしか思えないわね」
「ああ、テッドにも心配掛けねえように、明日は気合い入れとかねえとな」
何を企んでいるのか分からずとも、何かを企んでいると言う情報だけでもかなり有益だ。
「そうね。最悪、被害を抑えるために私たちが前に出て――」
「いや、その時は出るのは俺だけでいい」
アンナの言葉の途中、エドワードが言葉を重ねる。
アンナとエドワードは前衛部隊の要であるので、最後の砦として最前線から一つ後ろに立つことが多い。
盾役として展開している兵士たちの隙間を抜けてくる敵をもれなく倒すためだ。
しかし明日、何か相手の切り札が来ると分かっていれば、被害を抑えるためには彼らが前もってそれを潰す必要がある。
しかし――
「万が一お前がやられたら、元も子もねえだろ」
指揮を執るアンナが誤って死にでもすれば、前衛部隊は途端に機能しなくなる。
彼女がわざわざ危険な戦いに率先して挑むのはリスクが大きい。
副隊長であり、アンナに次ぐ実力を持つエドワードが先に対処するのが合理的だろう。
そう考えるエドワードを見て、アンナが大きなため息を吐いて呆れたように言う。
「……アンタっていっつもそうよね。自分が犠牲になればって毎回毎回……今日だって命令を無視して何度も前に出て。心配するこっちの身にもなってみなさいよ」
「昔はそうだったかもしれねえが、今はただ犠牲になるつもりはねえぞ。囮以外のことだったできるようになったしな」
ここ五年で得た強さはエドワードの兵士としての在り方を大きく変えた。
それはテッドもアンナも、前衛部隊の皆すらも知っていることで、わざわざ説明の必要も無いはずだが。
「そうじゃなくて、死ぬのは怖くないの? アンタだって無敵な訳じゃないし、あっさり死ぬかもしれないじゃない」
「怖くねえな。お前らを守って死ねるなら本望だ」
エドワードはアンナの質問をその一言で返したが、
「……私にはそれが分からないわ。今、戦ってる人たちはみんな怖いのよ? 強く見える人も、心の中では怯えてる。士気を下げたくないから、強いフリをしているの。私のように」
アンナの疑問は未だ晴れないようで、俯いたまま無理解を示した。
『死は恐怖』という一般観念はエドワードでもさすがに知っているし、理解はしているつもりだった。
今の時代、周りを見れば自分のような考えを持っている人の方が珍しいことも知っていた。
無理解を示されたとてエドワードはアンナにどうこう言うつもりもないが、なぜ今更そこに突っ込んでくるのか甚だ疑問だった。
そして、ふとエドワードは先ほどのアンナの発言を思い出す。
「お前さっき、自分も前に出るって言ってたじゃねえか」
「そうよ。怖いけど前に出るの。当たり前じゃない」
エドワードの目を見つめ、自信を持って言い切るアンナ。
「私は死ぬのが怖い。皆に逢えなくなるのが、皆に忘れられるのが、皆を忘れてしまうのが、怖い。私が死んで悲しむ皆の姿を想像するだけで泣きそうになる。死ぬことに私の本望は無いわ。叶うなら戦わずにみんなで生き延びたい」
部隊を率いる隊長らしからぬ弱気な言葉を、アンナは包み隠さず言った。
ここまで堂々と言えるのも、さっきエドワードに弱い部分を見せてしまったからだろう。
それでも彼女は覚悟の灯った目で、「でも」と言葉を継ぐ。
「必要だから前に出て皆を守る。そうしないと皆の命が危険にさらされてしまうから自分の命さえ賭けて戦うの。同じ行為でも思いはアンタとは全く違うわ」
最前線に出て戦う際に、エドワードを動かすのは他の皆の命を守ることのみ。
しかしアンナを含め、大半の人間はその他人の命と自分の命を天秤にかけて戦っている。
使命というものが介入した途端、天秤が傾き、自分の命の方がが軽くなる。
それは自らの死が近づくことを意味する。
死を目の前にして戦うことの恐怖はエドワードには計り知れない。
「アンタは出会った時からそうよ。自分の命にすら執着しないから、後先考えずに突っ込むし、他人にも興味がないから、他人のために悲しまない。アンタが部隊でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「……知らねえな」
エドワードはこの狭い世界で、自らの噂すら耳に入らない無知を呪った。
続けざまにアンナが冷たい声で言い放つ。
「――『人型兵器』よ。人の形をした、感情を持たない兵器。ただ純粋に戦うために存在し、仲間の死なんてどうにも思わない半人造人間だって」
「……!!」
アンナの言葉にエドワードは驚きとショックを隠し切れなかった。
しかし、彼が衝撃を受けたのは部下たちから悪質な皮肉を言われていたことではない。
横に座るアンナがそれを平然と言いのけたことにだった。
長い睫毛に隠れたアンナのその目は、まるで何かに怯えているようだった。
「お前……本気でそう思ってるのか……?」
部隊の人に何を言われようが知ったことではない。
ただ、アンナ――十年以上も一緒に過ごしてきた彼女は言うまでもなく特別だ。
愛されてはいなくとも自分も彼女にとって少しくらい特別なはずだとエドワードは勝手に思っていた。
しかし、横に座っているアンナはエドワードを怯えるように見ている。
もし本当にアンナが自分のことを感情のない兵器だと思っていたら。
人の死など取るに足らない些事だと一蹴する薄情な人形だと思っていたら。
聞き間違いであってくれ。
嘘だと言ってくれ。
そう願うしかないエドワードだったが、
「……そんなこと、あるわけないじゃない」
アンナはたどたどしくも、エドワードの不安を否定した。
「何年アンタと一緒にいると思ってんのよ。アンタにちゃんとした心があることくらい確認しなくても分かるわ。それに、アンタのことそう言ってた人たちには全員注意した。
アンタが作り物じゃないことも分かるし、その笑い顔見てたら中身は普通の人間だってことも分かる。それを言うならテッドの方が作り物に近いわ」
しかし、彼女は目はずっと伏せたままで、彼女の中には未だわだかまりがあるようだった。
「……でもね。それでも、いえ、それだからこそアンタが何を考えてるのか分からないの」
なるほど、とエドワードは心の中で納得した。
アンナの先ほどからの怯えたような目はエドワードの考え方に対する無理解が理由のようだった。
エドワードが心を持っていることに疑いはないが、考え方が自分と全く違って理解できないジレンマに戸惑っていたのだ。
「アンタ、さっき言ってたわよね。自分が正しいと思えば正しいって」
アンナが涙を見せる前にエドワードが言った言葉だ。
「ああ。怖いかどうか、悲しむかどうかは自分の問題だからな。そいつの好きにすれば良い」
「私は、誰かが死んだらもう逢えなくなるんだって悲しむし、部隊の皆が死んだら自分のせいだって思ってしまう。自分が死ぬのも怖い。それが正しい感情だと思ってる」
「お前がそう思うんならそうさ」
「嫌なのよ、皆がいなくなってしまうのも、私がいなくなってしまうのも。戦って斬られるよりもつらいし、苦しい。だから、そんな素振りを見せないアンタが分からない。分からないけど……羨ましい」
アンナははっきり「羨ましい」と、そう言った。
今までエドワードの楽観的な、無頓着な性格を見るたびに、咎めてきたアンナがそう言ったのだ。
「アンタのこと、今までは何も考えていないただのバカだと思ってたけど、ここ最近で、ちゃんと芯を持ったバカだってわかったわ」
「……っておい、結局バカじゃねえか」
「アンタは適当で、気分屋で、移り気が多くてだらしないヤツだけど、たまにまっすぐで、気にかけた人には目が無くて、仲間のことは大事に思ってる。みんなのこと、どうでもいいなんて思うような人じゃない」
柄にもなく褒め言葉が飛ばされて、唖然とするエドワード。
「……」
「だから、なんでそんなに平気でいられるのか……アンタの『正しい』を教えてほしい」
終始暗い雰囲気で、しかし縋るような目で言葉を紡いだアンナ。
彼女にとって仲間の死は耐えがたい苦痛だが、だからと言って仲間の死から目を背けることはしたくない。
だから、仲間を大切にしているのに悲しむ様子もなく、さらには自らの命の危険を顧みないエドワードが何を考えているか知りたい。
彼女が言いたいのはこういうことだろう。
エドワードは今まで見たことないアンナに困惑しつつも、足りない頭で冷静に考えた。
アンナは気の強い女性だ。
気の強い、と言っても自分の考えを強引に押し付けるのではなく、合理的に正しい考えを貫き通すような強さだ。
曲がったことは見過ごせない彼女が、コロコロ考えの変わるエドワードと相容れなかったのも当然だろう。
考えすぎとも思える彼女の今の悩みも、その性格を考えれば納得がいく。
悲しみと恐怖という、至って正しい感情が彼女にとっては相当な苦痛だったのだ。
しかし、それを曲げてしまう訳にはいかない。
そんな相反する感情を抱え込んでいたのだ。
エドワードは必死に自分の中の答えを探した。
あまり考えたことも向き合ったことも無い自分の感情に、すぐには明確な答えは出ない。
なぜ大切な仲間がいなくなっても落ち込まずにいられるのか。
なぜ死ぬのが怖くないのか。
エドワードが考えていること。
そんなもの、至って単純――
「――男は下を向くな、前を見ろ、だ」
エドワードは、かつて五歳の息子に教えた教訓の一つを堂々と言い放った。
「私、女なんだけど」
「その辺は別にいいだろ! 要するに落ち込むなってことだよ」
「だから! 落ち込まないためにアンタに聞いてんじゃ――」
「まあ落ち着いて聞け」
まあまあ、とエドワードは自分の手をアンナの手に重ねて宥める。
手をはじかれるかと思ったが、アンナは拒否することなく受け入れてくれた。
「俺とお前の考え方ではっきりと違うところがある。まず、死ぬことは悲しいことじゃない」
自信たっぷりに意見を言い、エドワードが隣を見ると「は?」と言わんばかりの顔をしているアンナが映った。
「訳分かんねえって顔すんな。お前さっき言ってただろ。自分が死んで、誰かが悲しむのが堪えられない、だっけな。それは本心か?」
「ええ、本心よ。私を大切に思ってくれてる人が、私にとって大切な人が、私のせいで悲しんでるのなんて見たくないわ」
「だろ? じゃあもう答えは出てんじゃねえか」
アンナはまだピンとこないようで眉間にうっすらと皺を寄せていたが、エドワードは気にすることなく続ける。
「――普通さ、死んだ人は誰にも悲しんで欲しくなんてねえんだよ。死んだ自分のために悲しんでくれてる、って喜ぶ奴はそれこそ異常だと思うぜ」
自分が死んだとき、周りの人が悲しむのは嫌だと、アンナは言った。
ならば逆も然り。
人が死んだとき、一体だれが悲しんで欲しいと願うのか。
「そりゃ、悲しいってのは当然の感情だ。でも、それは自分の内から込み上げてくるモンで、絶対に悲しまなきゃいけねえルールなんてねえだろ」
エドワードは良くも悪くも他人に左右されない。
だから自分の内側の感情や欲求に従った結果がこれなのだ。
しかし、エドワードとて他人の死に何も思わない訳ではなく、
「だけどな、それは死んだ奴ら(みんな)を綺麗さっぱり忘れるのとは違う。お前が言う通り、俺は今まで忘れたことも、どうでもいいなんて思ったこともねえ。ただ、死んだ奴ら(みんな)との思い出振り返って、楽しかったな、幸せだったなって思えりゃ良いじゃねえか」
人の死で残るのは思い出だ。
その思い出は悲しいものばかりではないはず。
「下向いて悲しんでる暇あったら、俺は前向いて進むぜ。死んだ奴ら(みんな)もきっと、それを望んでるだろうしな」
それがエドワードの考えだった。
ポジティブ、と一言で片づけられるほど単純でもないが、そんな考え方に近い。
エドワードの中ではその考え方は至極合理的で、他の人に指摘されたとて変えるつもりは無い。
「……私よりアンタのほうがよっぽど、仲間のことを思ってるのね。素直に感心したわ」
アンナは理解した風なセリフを吐くが、その目は虚空を見つめていてまだ納得がいかない様子だった。
「でも、私には真似できない。アンタはそうやって前を向けるくらい能天気だからそんなこと言えるけれど……普通は、大切な人がいなくなったら悲しむわよ」
エドワードのこの考えには一つ、互いに背反する大きな要因がある。
それが他でもない、自身の感情だ。
どれだけ顔を上げようとしても、悲しさや寂しさ、虚しさといった感情が重しになってまた下を向かせる。
それを無視できる人間でないとこの考えは成り立たない、とアンナは言う。
しかし――
「――お前、俺が全く悲しまないとでも思ってんのか?」
エドワードはそんな無機質な心は持ち合わせていない。
仲間が死んで何も思わないほど薄情ではない。
アンナやテッド、アドなんかが死んで会えなくなった日には、それこそ普通のように悲しむだろう。
「え、違うの?」
「アホか。それこそ作り物の人間兵器じゃねえか。俺だって込み上げてくるモンもあるし、多少は悲しむさ」
「じゃあどうしてそんなに平気なのよ。そんな感じで実は悲しんでました、とかそんなんじゃないわよね?」
「いや、まさにその通りだよ。そんなんだよ」
さも当然のようにエドワードが言うと、アンナは意外な事実に驚いたかと思うと、その小さな口を開けたまま訝しむような顔をする。
「わっかりづらぁ……アンタ詐欺師とかの方が向いてんじゃない?」
「俺のことなんだと思ってたんだよ!」
「脳筋バカ」
「お前なあ……」
先程テッドから聞いた気がする単語をまたもや耳にするエドワード。
アンナはエドワードのその事実を不思議に思ってようで、
「でも、なんで……?」
それだけ口にした。
なんでとは「なぜアンタは悲しいのに前を向いてられるのか」ということだろう。
再び、エドワードが考えたことも無いような命題だった。
顎に手を当て、思考の奥底から必死にひねり出す。
「――男は、豪快に生きろ、だ」
「……紛れもない脳筋バカじゃない」
思い出したように人差し指をピンと立てるエドワードだが、一度聞いたフレーズにアンナは呆れ顔をする。
「豪快って……昔アドが散々言ってたやつよね。もしかしてそれもアンタが教えたの?」
「これはアドとの間に結んだ男の五箇条の一つだな。まあ当時はでまかせに言っただけだったが……」
「アンタのでまかせのせいでアドの聞きわけが悪くて困ったのよ、ほんと……。で、豪快と適当を履き違えてるアンタはなんで平気なフリができるのよ。感情をコントロールできるんだから、どっちかというと繊細に近いように思えるけれど」
「酷い言われようだな……」
確かに、他人にも見透かせないほどに堪え隠した悲しみは、繊細ともいえる。
しかし、エドワードは決して悲しみを我慢しているわけでは無く、
「豪快に生きるっつっても、俺はただ、悲しくならないように今を精一杯がんばってるだけだ」
「……どういうこと?」
「過去は変えられねえし、人が死ぬように、逃れられない未来だってある。それに、俺たちが生きてるのは過去でも未来でもなくて、現在だ」
結局、人が直接どうにかできるのは現在しかない。
その現在の結果が、過去であると同時に未来でもあるのだ。
「悲しい過去があるんなら、それを塗り替えれるくらい現在を楽しく生きりゃいい。
悲しい未来が待ってるんなら、幸せな思い出にできるように現在を楽しく生きりゃいい。
ほら、どうせなら何も考えず豪快に生きてないと損だろ?」
落ち込んでいても過去は変わらない。
どうせ変わらないのなら今に全力を注ぐしかない。
悲しんでも未来はわからないし、死という決まった運命からは逃れられない。
どうせ分からないのなら、すべて決まっているのなら今を楽しく生きる他ない。
それがエドワードの刹那主義たる所以だった。
過去にも、未来にも目は向けない。
彼が見ているのはただ、現在のみ。
「だから、俺はつらくても後悔はしねえ。前向いて楽しそうにやんだよ」
すると、アンナは突然吹き出して、笑った。
「薄っぺらい言葉……子供が考えついたポエムみたい」
「お前なあ……」
誇らしげに語ったエドワードに、毒づくアンナ。
しかし、彼女の顔からは先程までの難しい表情も消え、妙に清々しい顔をしていた。
「つらい過去や未来から目を背けて、現在だけを楽しめって事でしょう。だから悲しくてもすぐに立ち直って、仲間のために全てを賭けられる――いずれにせよ、バカがすぎるわね」
「辛辣だな!?」
悪意丸出しの捉え方をするアンナだが、彼女もあながち間違ってはない。
前を向くというのは同時に、下から目を背けることを意味する。
決して悲しみに向き合っているとは言えない。
悲しみに向き合うことを是とする考えもあるため、あるいは卑怯とも取れるのだ。
アンナがそう思っている可能性は十二分にある。
エドワードは不安に思っていたが、
「……そんなバカになるのも、悪くないかも」
そのアンナの一言で杞憂と化した。
一応として、エドワードはアンナに確認を取る。
「俺が言っちゃなんだが、それでいいのか?」
「いいのよ。私がアンタの考えも正しいと思ったの。それにテッドがアンタのこと慕ってる理由がちょっとわかった気がするわ」
しかしその必要も無く、アンナは完全にモヤが晴れて吹っ切れた様子だ。
ボソッと聞こえた最後の言葉をエドワードは逃さなかった。
「何だそれ? 興味深い話だな、聞かせてくれよ」
「昔の話よ。アンタ、過去には興味ないんでしょう。だから別に話さなくていいじゃない」
「それとこれとは別だろうが。いいから聞かせろよ、テッドがなんだって?」
「もう! しつこいわね!」
ネチネチと聞くエドワードに耐えられなかったようで、アンナがスッと立ち上がり扉の前まで歩く。
「ここは私の部屋だから、アンタはさっさと出てって!!」
「結婚してくれるならいいぜ?」
「……いい加減にしないと斬り刻むわよ」
「ウソウソ! 冗談!」
本物の殺気をエドワードに向けるアンナに臆し、部屋を出て行こうと彼もスッと立ち上がった。
扉に向かう間もずっとアンナに睨まれ続けている。
どうやら彼女に冗談は通じないらしい。
とほほ、と諦めたエドワードが扉を開けようとすると
「ありがとう、エド」
さっきまでのが嘘のような天使にも似た笑みを浮かべて、笑いかけたのだった。
どっちが冗談なのか分からなくなり、エドワードは思わず笑ってしまった。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
――それがアンナと交わした、最後のおやすみだった。
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