第十二話 『強さの在り処』
宴もたけなわの頃、エドワードはとある場所に一人で訪れていた。
その場所は王宮の地下深くにある部屋だ。
薄暗く、長い階段を下りた先にある小さな扉。
普段から人が近寄らないのだろうか、扉は手入れされておらず、埃で汚れている。
「相変わらず、暗いな……」
エドワードは扉の前に立ち、コンコンと二回ノックする。
すると、どういう仕組みか扉がひとりでに開いた。
入れ、という部屋の主からの合図だ。
エドワードが扉の先に進むと、今度は扉が閉まった。
「すげえ……」
部屋の中は本当に地下にできた空間なのか疑うほど、大きな空間が広がっている。
仄かに青白い光が照らしていたが、全体的にやや暗い。
辺りはモノというモノであふれていたが、それなりに整理されている。
ここを進めと言わんばかりに薄く照らされた一本道を、エドワードは進んだ。
しばらく進むと、一段と強い光を放つ大きな装置が見えてきた。
その前に背の小さな一人の人間が背を向けて立っていた。
エドワードは、その人物に話しかける。
「よう、そろそろ約束の時期だったから 来たぜ」
「……式はもう終わったの? 案外早いんだね」
返ってきたのはか細い女性の声だった。
彼女はエドワードに背を向けたまま、会話を続けた。
「何かとさ、式って退屈だよね。ああいうとこで語られるのって何度も聞いた話とか、どうでもいい話ばっかでつまんない。なんで一回聞いた話をもう一回聞かなきゃいけないのさ。本当に実のある話ならあんな場所より余所でする方が絶対いいし。そもそも入隊式なのに酒と食事なんか必要? 祝い事かなんか知らないけど、もうちょっと意味のあることした方が――」
「はいはい、そうだな。その辺で終わっとこうな」
無限に連ねる言葉に、呆れたエドワードがそれを中断する。
言葉を遮られた女性は、「はあ」と聞こえるように溜息を吐き、不機嫌なさまが背中越しに伝わる。
すると彼女はパッと振り向き、
「もうそんな時期だっけ、あんまり久々な感じはしないなあ」
顎に手を当てて、そう呟いた。
小さな体に合わない大きなローブを羽織り、フードを深くかぶっている彼女。
フードの奥にある彼女の顔は、明るいのになぜか見えない。
認識阻害という魔法をかけているらしく、エドワードはこの女性の顔を一度も見たことが無いのだ。
「最後に見てもらったのが三年前だな」
「そうだったっけ……じゃあ、その辺にかけてよ」
そう言って彼女は近くにあった椅子を指差し、エドワードはそれに従って腰かけた。
彼女は他でもない、エドワードの半人造人間化手術を成功させた魔術師で、イオニスが誇る天才だ。
なんでも、魔法を生み出した始祖の魔女の子孫らしく、血は争えないようだ。
彼女は毎日、ここで魔術の研究に明け暮れているが、エドワードの身体のメンテナンスを数年に一回行っている。
「上、脱いでくれる?」
エドワードは言われるがまま、上の服を脱いだ。
すると、彼女はエドワードの身体に触れながら、入念にチェックをし始めた。
「……」
黙々と体を触る彼女。
エドワードはくすぐったさを感じながらも静寂を乱すまいと必死に声を抑える。
「……」
それでもやはり沈黙が煩わしかったエドワードは、たわいもない言葉を投げかけてみる。
「研究は順調か?」
「……ぼちぼちだよ」
しかし、先ほどの饒舌ぶりとは打って変わって、淡白な返事が返された。
彼女はいつも、喋る内容を明らかに選んでいた。
というのも彼女の扱う魔術は当代の魔術師団長ですら理解ができないほど先を行くものばかりだ。
しかし、彼女はその理論を誰にも公開していない。
彼女は自身の研究内容について、他人にそう易々とは語らない主義らしい。
しかしそれでも、何も会話が無いのは寂しく感じ、気になったことを次々投げかけてみる。
「半人造人間はあれ以来まだ成功してないのか?」
「……ひょっとして、煽ってるつもりなのかな」
研究の停滞を指摘された彼女だが、怒るでもなく、冗談めいた声色でそう返した。
そんなつもりは無かったエドワードは、「違う違う」と首を横に振って否定する。
その必死な様子に彼女はふふっと声を漏らした。
「あの研究は次のステップに進んだから、もう止めたんだ。ボクは死者の蘇生がしたい訳じゃないからね。あくまで君はボクの研究の副産物って訳さ。もう二度と、君みたいな存在は現れないだろうね」
「ふーん、そうなのか」
腕の辺りを揉むように触りながら、淡々と語る彼女。
フードの中の表情は相変わらず読み取れない。
ふと、エドワードは気になった。
「……そういや、そろそろ名前くらい教えてくれねえか?」
素顔も、普段何をしているのかも教えてくれない彼女。
エドワードにとってある意味特別な存在である彼女の、その名前くらいは知っていたい。
「ボクに名前はないよ。ボクにとってそれは無意味なものだからね」
「俺が勝手に呼びたいだけだ。お前にとって無意味でも、俺にとって意味がありゃいいさ」
「結構、自分本位なんだね……じゃあそうだね」
彼女はエドワードの身体を触る手を止め、少しの間「んー」と唸る。
そして、思いついたかのように指を立てて、言った。
「――『ブラン』とでも呼んでよ」
たった三文字の単純な名前。
しかし、その三文字がエドワードの中で特別な意味を持つ。
「じゃあブラン、一つ頼みがある」
「断る」
「まだ何も言ってねえよ!?」
即座に返ってきた冷たい返事に、思わずツッコミを入れるエドワード。
「真面目な話なんだ。思いつきなんかじゃねえからさ、話だけでも聞いてくれ」
エドワードは真剣な表情に切り替えて、ブランの小さな手を取った。
冷たい手を握られた彼女は一切動じることなくエドワードに切り返す。
「……なに? ボクはタダで頼みは聞かないよ」
「ああ、対価なら払える分だけ払う」
「いいや違うよ、対価を決定する基準は君にはない。ボクが望んだ分を君がくれるんだ。ただそれだけさ」
「……わかったよ、まあ話を聞いてくれ」
淡々と言葉を連ねる彼女に一瞬すごむエドワードだが、ここで折れてはならないと持ち直して、
「――俺を、もっと強くしてほしい」
短くそう言った。
エドワードは強くなる必要があった。
それはアンナとの約束然り、アドとの約束然りだ。
これまでさほど執着してこなかった強さを手に入れるために、エドワードは日々努力を重ねていた。
身体を鍛え、アンナに剣を教わり、テッドと戦闘の理論を学んだ。
しかし、始めは目覚ましい成長を見せた彼も、今や成長の停滞に見舞われている。
要するに伸び悩んでいたのだ。
「身体を好きなように改造してくれていい。超高速で移動できたり、超人的なパワーを備え付けたり、とにかく今以上に力が出せるようにしてほしいんだ。ブラン、お前ならできると踏んで頼む。対価はきちんと払う」
努力や時間じゃどうにもならない部分を変えることも一つの手段であり、彼にとって今すべき事はまさにそれであった。
既に人の道から外れかけている身だ、身体を弄ることに躊躇いはない。
真剣な面持ちで詰め寄るエドワードに、
「ダメだね」
ブランは冷たい声で言い放った。
顔が見えない分、彼女の気分を読み取るのは声からがほとんどだ。
だから余計にそう感じたのかもしれない。
しかし、その冷ややかな明らかに今までのモノと異なっていた。
「理由は三つある」
言葉の出ないエドワードに向かって、ブランは親指と人差し指と中指の三本を立てて示す。
「一つ。ボクは新しい魔術の研究にしか興味が無い。故に君のその改造にこれっぽっちも魅力を感じないんだ。それに何か対価を払うってんなら、ボクが今やってる実験の実験台になってよ。絶対死ぬけどね。今、君が払える対価は君の命だけだ」
中指を折る。
「二つ、現実的……というか実用的じゃない。もし改造するとして、その動力源は何だ? 俗に言う魔力だとすると、君の魔力は大したものじゃないだろう。ボクなら定期的に補うこともできるが、それは使いきりの力だ。ボクが何度も補充するのはごめんだね」
親指を折って、残った人差し指を目の前に突き付ける。
「三つ、これはボクの持論だけどね。力は与えられたものであってはならない。使う当人が原理も理論も分かっていなければ、その認識に必ず齟齬が生じて、綻びが生まれる。力ってのは自らが試行錯誤を重ねて連続的に積み上げていくものさ。過ぎた力は、いずれ身を滅ぼすことになるよ」
エドワードには言い返す言葉もなかった。
彼女を責める資格などエドワードにはない。
責めるべきは浅はかな自分なのだ。
しかし、エドワードはそれを覚悟で彼女に頭を下げたのだ。
どれほど馬鹿にされても、目的の為なら最善を尽くす。
食い下がるまいと、考えを巡らせ、眉間にしわを寄せていると、
「――!?」
エドワードの額に一発、デコピンが炸裂した。
ペチっと音がして、エドワードが驚いた表情をする。
「ははっちょっとイジワルだったかな、そう落ち込まないで。君が力をつける手助けくらいならしてあげるよ」
ハハと笑い、冷たかった声が元の軽い声に戻ったブラン。
彼女の言葉にエドワードに一筋の希望の光が差し、慌てて詰め寄る。
「――本当か!?」
「とは言っても、ただの助言さ。君の身体を改造するんじゃなくて、君の頭にボクの言葉を刻み込むんだ」
そう言うと、彼女はエドワードの胸に掌をおいた。
依然として冷たい手に、エドワードの体温が奪われる感触がして、
「ボクが君の身体の秘密を教えてあげるよ。そしたらもっと強くなれる、かもね?」
フードの奥、ぼやけた顔はなぜだか不敵な笑みを浮かべているように見えた。
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