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第十一話 『王国軍入団式』


天暦 四二三年


 イオニス王宮内、王座の間。

 一国の王が所有する空間だけあって、その大きさはもはや部屋と呼ぶには広すぎる。

 王座の間の最奥、壇上の中央には絢爛な装飾がしてある玉座が位置し、その権威をこれでもかと見せつけている。

 広い空間に対して置いてある物はほとんどなく、その使い方は無駄ともいえる。


 しかし、その空間も今となっては人で埋め尽くされていた。

 人であふれかえって物騒がしい、という訳でもない。

 むしろ多数の人間が整然と並び、空間には荘厳な空気に包まれていた。


「ついに、この時が来たのか……」


 ぐすんと鼻を鳴らし、一人で感極まっているのはエドワード。

 見た目は三十、中身は四十超のこのおっさんは柄にもなくかっちりとした服装をキメている。


「なに一人で感傷に浸ってんのよ、正式な儀式なんだからシャキッとしなさい」


 隣からヒソヒソ声でエドワードに注意を促しているのは、桃色の長髪を綺麗に巻き上げた細身の女性――アンナだ。

 彼女はエドワードと同じ服をきちんと着こなしていて、まるで女勇者のような風貌だ。


「……にしても、アンタその隊服死ぬほど似合わないわね」

「うるせえ、俺だってこんな堅苦しいの着たくねえよ」


 彼女は横にいるエドワードを小突きつつも、背筋を伸ばし顎を上げて前を向いている。

 彼女の視線の先にはこの国の国王が、その風格を見せつけるかのように、玉座にどっしりと構えていた。


 国王が人前に姿を現すことはそう多くない。

 それでもこうして、多くの国民の前に姿を現したのは今日が特別な日だからだ。

 というのも現在、イオニス魔術師団および王国軍への入団式――ひいてはアドの入団式が執り行われている。

 エドワードが感動を隠し切れないのも、それが理由だ。


 毎年一万人以上の入団希望者が殺到し、その中から選ばれた千人がその能力に応じて魔術師団と王国軍に振り分けられる。

 魔術師団はその名の通り魔術に長けた者を集め、王国軍は逆に戦闘に秀でた非術師を集めた軍隊である。

 その二つの部隊が一堂に集まり、新しく入隊するものを迎え入れると言う形だ。


「……ぐすん」

「……アンタ、いつまで泣いてんのよ」

「我が子がついに旅立つんだぞ、父親としてこれが泣かずにいられるか」


 壇上では魔術師団長と、王国軍隊長の二人が長い式辞を述べているが、エドワードはそんなことお構いなしに自分の世界に入り込んでいた。

 アドは十三歳になり、エドワードを追って同じ国を守る仕事に就くことになったのだ、思うところは山ほどある。


 拾った時からの刷り込み教育で半ば強制的ではあったが、アド本人も当然のように入隊することを決めた。

 十三歳という年齢は周りと比べて少し早いが、テッドやアンナの推薦によってアドの才能が皆に認められたのだ。


「確かに、寂しいわね……まあ、旅立つって言っても、離れる訳じゃないけどね。それにテッドが付いてるから安心じゃない」


 アドが所属するのは魔術師団の方でエドワードやアンナの所属する王国軍とは異なるが、どちらも王国直属の部隊なのでとりわけ会えないこともない。

 たとえ遠征で別になっても魔術師団にはテッドがいるので不安は少ないが、


「そういうことじゃねえんだよな……」


 アンナの発言はエドワードの言いたいこととは少しずれてる気もする。

 エドワードはアドが親元を離れるのが寂しいのではない。

 親を離れて、一人前の大人として新たに関係を気づくのが楽しみなのだ。

 エドワードは息子と同じ戦場に立てることに胸が弾み、そしてきっと強くなるだろうという期待に胸が膨らんでいた。


「アドも、大人になったな」


 エドワードはアドとの思い出を回想する。

 おここ十数年の思い出を頭に巡らせていると、エドワードは一つ重大なことに気が付いた。


「……あれ、そういや俺って子育てとかしてたっけ?」

「アンタのせいでほとんど私がしてたのよ。今更気づいたの? 斬り刻んでいい?」


 静かに怒るアンナの気配を察知し、「はは、すんません」と頬を引きつらせて謝るエドワード。


 この時、エドワードはアンナの寂しいという気持ちを欠片だけ理解した。

 手塩にかけて育てた、息子が自分の元から離れるとなると心寂しいのかもしれない。

 エドワードは子育ての苦労を知らない。

 アンナはおそらく、エドワードの知らないところで苦労をしてきたのだ。


「――私たちがアドを大人にしたのよ」


 憂いを含んだ表情で、アンナは呟く。

 彼女の眼には隠し切れない寂寥が浮かんでいた。


「……確かに、あいつが十の時に俺がオトナにしてや――」

「ほんとに斬り刻むわよ。まだそのこと許してないからね」


 完全に余計なことを言ってしまったエドワードは、アンナに殺意を込めて睨まれた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 プログラムが一通り終わり国王が退席した後、そのまま王座の間でパーティが開かれていた。

 酒や豪華な食事が用意され、皆立ちながら会話を弾ませている。

 王座の間はあっという間に騒々しい空間に切り替わり、エドワードたちも例にもれず楽しんでいたのだが、喧噪に耐えきれなくなったアンナは先に帰ってしまった。

 次いで、テッドは魔術師団の集まりに行ってしまい、エドワードとアドの二人が取り残されたのだった。

 そして、そのアドはというと、


「アンナさんはれ~、心配しすぎなんらよなあ。なあとーちゃんな~」


 ベロベロに酔っぱらっていた。


「言わんこっちゃねえ、調子に乗って飲むから……」

「はあ!? 酔ってねえし! 俺全然シラフだし!」

「酔ってるやつは大抵そう言うんだよ」


 エドワードの真似をして同じ量の酒を飲んだアドは、あっという間に出来上がってしまったのだ。

 まだまだお酒をたしなむには早かったようで、


「なあにを! 俺はまだまだ飲める……」

「おっと」


 コクリと首の力が抜け、そのままエドワードにもたれかかって寝てしまった。

 昼も何やらやんちゃしていたようで疲れたのだろう。

 スヤスヤと寝息を立てるアドは、まだ幼い子供のように感じられた。


「……ったく」


 否、アドはまだ幼い子供だ。

 身体もエドワードより小さく、いつもとーちゃん、とーちゃん、と言い寄ってくる。

 形式上は親離れしても、アドは親離れしたつもりはないだろう。


 アドの身体を抱えたエドワードは、そのままアドを脇のソファに寝かせた。


「……とーちゃん、俺、頑張るから」


 不意に小さな声で呼ばれて、エドワードは少し驚くが、ただのアドの寝言であった。


「とーちゃんが自慢できるくらい、強くなるよ……」


 アドはエドワードとは比べ物にならないほど優秀だ。

 まだ小さいその体も、いずれエドワードよりも大きくなるだろう。

 今はまだ実績がなくても、そのうち大きな功績を上げてくるだろう。

 自分が父親よりも勝っていると知った時、アドはどう思うのだろうか。


「そうだな……とーちゃんもお前の父親らしく頑張るさ」


 アドの父親に恥じないように、失望されないように、そうエドワードは決意した。

 エドワードのその言葉に、眠っているアドの口角がほんの少し上がった気がした。


 エドワードがアドを完全に寝かし付けた時だった、


「――のうエドワードォ! 元気にしとるか!! いつになったら死ぬんだお前はぁ!?」

「おぅふ!?」


 エドワードの背中に大きな掌が飛んできた。

 衝撃で思わず前のめりになり、口から声が漏れる。

 エドワードは咄嗟に声の主の方に振りむいた。


「ドーンのおっさんじゃねえか! 痛ってえな、手加減くらいしろよ!」

「すまんのう、この年になると力加減のほうも鈍ってきてな」


 背後には、圧倒的な威圧感を放つ巌のような男――ドーン・ダリウスが屈託のない笑みを浮かべて立っていた。

 エドワードの二倍くらいありそうな逞しい身体は、まさに『豪傑』の名に相応しいもので、


「おっさんこそ元気かよ。そろそろぽっくり逝くんじゃねえのか?」

「ガハハ! 相変わらず口の減らねぇ小僧じゃな! 軍隊長もまだまだ現役よ!」

「……バケモンみてえなおっさんだな」


 彼はイオニス王国軍の軍隊長を務めている男だ。

 昔からエドワードとは付き合いがあるが、彼は近々齢六十迎える老人だ。

 だと言うのに現役で戦場に出て戦う怪物のような人物だ。


「お前、最近アンナに惚れて張り切ってるらしいのう、オイ。お前にそんなやる気があったとは知らなんだ。昔も、女の一人や二人紹介してれば、お前ももちっとマシになってたか?」

「るせぇ、余計なお世話だ」


 あまり突かれたくないところを突かれて不貞腐れるエドワード。

 ドーンはエドワードの反応が面白かったらしく、大声で高笑いする。

 そうしてしばらく笑った後、


「……お前の子供だって?」


 ドーンはソファで寝ているアドを見やってそう言った。


「ああ、俺に似て最高にかっちょいいだろ」


 エドワードも同じようにアドを見て、冗談めかしく言葉を返す。

 すると、ドーンは「カッカッカ」と喉を鳴らして笑い、


「まだガキじゃあねぇか! 確か、お前もここに入った時はこんくらいのガキじゃったか! 当時のお前も大変じゃったぞ!」

「そうだったか? 俺はおっさんに殴られたことしか覚えてねえな」


 過去の出来事をイヤミったらしく言うエドワードだが、ドーンは変わらず口を開けて笑っている。

 彼は丸太のような腕を胸の前で組んで「それに、」と言葉を連ねる。


「噂に聞いてどんな奴かと思ったら、まさか魔術師とは! 似合わんことするもんだな、お前じゃ叶えられん夢を子供にでも託したか?」

「あほかおっさん。子供は親の願望を叶える道具じゃねえよ」


 エドワードは確かにアドを拾った時は、最強の戦士に育てるつもりだった。

 しかし、もしアドが途中でどうしても戦いたくない、別のことがしたいと言い出せば自由にさせるつもりであった。

 今を楽しいように生きろ。

 それがエドワードの信条であり、教えだからだ。


「ただ、あいつは強くなるぜ。なんたって俺の息子だからな」


 それでもアドは、自分の意志でここまで来た。

 毎日鍛錬を欠かさず、エドワードのできないことまでできるようになったのだ。

 その信念は他の誰にも劣らないことをエドワードは確信している。


 しかし、エドワードの言葉を聞いていたドーンは終始ポカンとした表情で、


「何言ってんだこいつ、みたいな顔すんじゃねえよ!!」

「おお!! よく分かったな! ようやく人を見る目がついたか?」

「よく分かったな、じゃねえよ!おっさんが分かりやすすぎんだよ!」


 比較にならないほどのでかい図体に突っかかるエドワードは、端から見るとまるで赤子のようだった。


「命知らずのバカが増えたってことかの? 魔術師だからお前みたいに突っ込んで行って、死なんとええが」

「……大丈夫さ、アドには剣術も叩き込んである」

「剣術!? 本気で言っておるのか?」


 ドーンはここにきて初めて驚いた表情をした。

 エドワードはドーンの質問に「ああ」と軽く答える。


「必要も無いのにそんなもんをなぜに教えたんじゃ?」

「なんべんも言ってるだろ、俺の息子だからだよ」


 再び同じような理論を展開するエドワードに、ドーンは当然の如く顔をしかめた。


「訳が分からん!」

「はっきり口にすりゃ良いってもんじゃねえよ! 適当に納得しとけ!」


 怒鳴るエドワードを尻目に、ドーンはアドの寝顔を見て、


「――訳は分からんが、こいつもお前のように面白いやつになりそうだな」


 孫を目にしたおじいちゃんのような優しい声で、そう言った。

 かつてエドワードも世話になったこともあり、ドーンからすれば本当に孫のように可愛いのかもしれない。

 エドワードがそう微笑ましく思っていると、


「――何が面白くなりそう、ですか。ちっとも面白くなんかありませんよ」


 エドワードとドーンの間を割って入るように男が言葉をかけてきた。

 長細い手足を隠すかのように大きなローブを羽織り、カチッと決めた髪型に眼鏡をかけた男。

 歳はエドワードより少し下、三十代後半くらいに見える。

 彼の羽織るローブには派手な装飾がなされ、高貴な雰囲気を醸している。


「お前は……!!」


 エドワードは必死になって名前を思い出す。

 たしか――


「――アーノルド!?」

「エーヴァルト=ツー=エルレストだ!! 二度とその間違え方をしないでいただきたい!」


 その長い名前を聞いてエドワードは思い出した。

 彼はイオニスの誇るかの魔術師団の筆頭にあたる男だ。

 どこかの貴族だか何だかで、名前が長く、エドワードはいつまで経っても覚えられない。


「おお! レオンハルト!! まだおったのか! とっくに帰ったと思っていたぞ!」

「エーヴァルトです!! 軍隊長もお歳とは思いますが、そろそろちゃんと呼んでいただきたい!」

「なんじゃ、失礼な」


 エーヴァルトは二度も名前を間違えられ、機嫌がすぐれないようだ。

 しかし、すぐに気を取り直して、エドワードの方を向いて、


「用があるのは貴方ですよ、エドワード」


 何やら真剣な顔つきでそう言った。


「……団長さんが直々に、なんか文句でもあんのか?」

「ええ、ありますとも。貴方の態度もそうですが、特にこの子にね」


 エーヴァルトは、騒がしい中呑気に寝ているアドを顎で指し示した。


 どうやらエーヴァルトはアドに言いたいことがあるらしい。

 アドは今日、魔術師団に入隊した。

エドワードは魔術師団の内情はよく知らないが、団長である目の前の男との間に確執を生むのはよくないと悟り、


「アドはあんたのとこに入隊するんだ、だからこれからよろしく頼む」


 言葉と同時、ゆっくりと頭を下げた。

 隣にいるドーンはさも珍しいものを見たかのように目を点にして、エーヴァルトも驚き顔でエドワードの後頭部を見つめる。


「……噂では貴方は礼儀知らずと聞いていましたが、案外そうでもないのですね。しかし、それとこれとは別です」


 エドワードはその言葉に疑問を抱き、顔を上げて「それとこれ……?」と呟く。


「ええ、この子供、先日国王の御子息様の御尊顔に『一週間消えない落書き』を刻み込んだのですよ!? なんて無礼なことか!!」


 先程よりも遥かに憤慨した様子で唾を飛ばすエーヴァルト。

 横ではドーンが腹を押さえてゲラゲラと笑い転げている。

 彼の言葉に、エドワードは直近の記憶を探った。


「そういや、王宮の庭で寝てるやつがいたから落書きしてやったとか言ってたような……」


 散歩から帰ってきたアドが嬉しそうにそう言っていたのを思い出した。


「そういやって……悪ふざけにも限度があるでしょう!! 本来極刑に値する所を、国王様の寛大な御心で許しを得たのですが、ワタシはどうにも腑に落ちないのです! そんな命知らずな子供の親はどんな顔をしているのか、どんな教育を施しているか探りに来たのですよ!!」

「ガハハハハハ!! おいテンペスト! こいつは紛れもない命知らずじゃぞ! そりゃ、子も似るに決まっておろう!!」

「エーヴァルトです!! ドーン軍隊長は黙っていてください!!」


 つらつら怒りの言葉を並べるエーヴァルトに、ドーンが邪魔入りしてさらにヒートアップする。

 まるで対極に位置する二人が言い合っているのは何とも不思議な光景だ。


 エドワードは二人の言い合いが落ち着いた頃、エーヴァルトの質問に答えるように言った。


「変な教育はしてねえぞ。俺が教えたことって、そんなに多くねえしな」

「……例えば?」

「周りなんか気にせず、お前の好きなように豪快に生きろ! とかだな……」

「まさにそれですよ!!」


 昔アドに教えた五か条を全部言おうとしたが、初っ端思わぬところで指摘を食らったエドワード。

 エーヴァルトは長い腕を組んで、溜息を吐く。


「ったく、最近はテッドといいアドといい、魔術師なのに礼儀作法がなってないやつが増えてきた」

「まあそうカッカせんで、怪我させたわけでもなかろう。エドワードも、今度から注意しておくんじゃぞ」

「あ、ああ」


 今度は邪魔立てではなく仲裁に入ったドーン。

 エドワードもドーンにこう言われては頷くしかない。

 さすがに王様の息子に悪戯はやりすぎかもしれない。

 せめてエーヴァルト辺りの貴族にしておけと言っておこう。


 そんなことを考えるエドワードに、エーヴァルトは仕方なしといった感じで、


「……まあいいでしょう。言いたいことは以上です。くれぐれも二度と、粗相の無いように言いつけておいてくださいね。仮にも親なのですから」


 そう言って、その場をスッと去って行った。

 彼もただ文句を言いに来ただけではないだろう。

 彼の中には魔術師としての矜持、守るべきラインがあるのだ。

 それを伝えるためにわざわざエドワードに接触してきたのだろう。


 最後に感謝を述べようと、エドワードは大声で叫んだ。


「わざわざありがとな! ええアフロ!」

「エーヴァルトだ!!」


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