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本編(中)

 「お兄さんは私を連れて行く理由を知らないんだよね?それなのにどうして素直に連れて行ってくれるの?もしかしてお金目当て?」

 「はぁ?交通費分しかもらってねーよ!今朝いきなり電話かかって来て、娘を暫く実家に住まわせることにしたから迎えに来いって言われて、始発の新幹線で来たんだよ。初めての東京なのに、観光する間もなくとんぼ返りだぜ?ひでぇ話だろ?」

 男は今回の送迎にかなり不満があったようだ。これはイケると思った。

「じゃあ、行くの明日にしない?実は忘れ物しちゃって、こっちでしか買えないものばっかりだから、全部買ってから行きたいんだよね。それか、住所教えてくれたら、私一人でも行けると思うよ?大人だし、新幹線降りて最寄り駅まで行ったらタクシーで家まで行けば良いし!」

 そう言うと、男はぱぁ~っと顔を輝かせた。ちょっとかわいいかも。これがストックホルム症候群か?等と場違いなことを考えていると、男は嬉しそうに口を開く。

 「本当に良いの?ありがとうね~。妃芽ちゃんは顔だけじゃなく、性格も良い子だったんだね~。彼女より先に出会ってたらたぶん妃芽ちゃんと付き合ってたよ~!住所はね~、覚えてないから、後で送って良い?通話アプリ同じの使ってるよね?ID教えて~。あ、これ鍵ね~。」

 男が早口で捲し立てつつ鍵を押し付けてくる。そしてIDの交換が終わると、男は何やら店を熱心に検索し始めた。「こっちのクラブがいいかな~?でも若者が集まるクラブって言ったらやっぱり渋谷かな~?」等とぶつぶつ呟いている。継母もそんなに年はいってないけど、従弟だというこの男も思っているよりずっと若いのかもしれないと思った。チャラい上にチョロい。あと、たぶん彼女と付き合う前に出会っていても私と付き合うことはできないが、このまま振られたことにしておいた方が良いのか?なんて意味のないことを考えている内に、電車は東京駅に到着した。


 「じゃあ、妃芽ちゃん。ここで解散ってことで。くれぐれもオカアンサンにはここで別れたことは言わないでね!暫くお父さんにも連絡しちゃダメだよ!ほとぼりが冷めたらオカアサンが迎えに来てくれるらしいから、電話番号も変えちゃダメだよ~」

 チャラい雰囲気の男はそう言い残して人ごみに消えて行った。

 東京駅の片隅で一人になった私はとりあえず今夜の寝床を確保するため、一番近くにあったシティホテルにチェックインした。


 一人になった部屋で今後の事を考える。銀行に少しだけお金は入っているが、このままホテル暮らしに突入するほどの金額ではない。そこでふと別れる寸前に継母から「当面の生活費に」と封筒を預かっていたのを思い出す。封筒を取り出すと、そこには現金30万円が入っているのみだった。

「ショボ。貯金と足しても100万いかないじゃん。」

 このままじゃヤバイ。父に連絡して迎えに来てもらうか、友達に泊めてもらうか・・・

 小一時間程考えた結果、暫く身を隠すことにした。父に連絡して継母の所業を告げ口しても、継母に全幅の信頼を寄せている父が信じるとは限らない。もし家に連れ帰られたら、次はもっと確実な方法で追い出されるかもしれないし、先ずは継母の企みを明らかにするべきだろう。

 そう結論付けた私は、卒業後ずっと連絡を取っていなかった数少ない友人達にメッセージを送ることにした。



 継母の目的が掴めるまで友人の家を渡り歩く作戦は惨敗だった。元々友達が少ないうえに、半数は返事がなく、反応があった人からも遠回しに断られる結果となってしまった。諦めてウィークリーマンションにでも入った方がホテルよりは費用が抑えられるだろうか?気づけば外は既に暗くなっており、夜になればまだ未読になっている誰かから良い返事が来るかも知れないと少し期待を抱きつつ、一先ず夕食を摂ることにして、私はレストランへと向かった。

 レストランでは、大好きなビーフシチューセットを頼んだ。今日は嫌なことばっかりだったから気分転換したい気分だった。運ばれて来た料理を並べ、角度を変えながら何枚も写真を撮る。後で厳選してSNSに投稿するためだ。ビーフシチューを食べるのはプリンセスに選ばれた日以来だなと思いながら、いつもより具の少ないそれをぺろりと平らげた。


 部屋に戻って早速夕食の写真を加工してからSNSに上げる。相変わらず友人たちからの連絡はなかったが、SNSのファンからはすぐに☆イイネ☆とコメントがついた。私がアカウントを作って間もないころからのファンもコメントをくれている。二人とも都内に住む女性だ。一人は海外旅行好きの女性でファッションや料理の投稿が多く、もう一人はウェブ漫画を描いている主婦でイラストの投稿がメインだった。どちらも更新頻度は少ないが、私の写真には必ず反応してくれる、良いファンだ。

 「HIMEさんが外食してる~。めずらしい~!でも美味しそう」

 「本当だ!サラダにパパイヤ入ってる!美味しそう☆」

 普段の私はコメントに返信等しないのだが、今日は継母に捨てられ、友人からも見捨てられて、心細くなっていたのだと思う。私はこの二人に向かって返信してみた。

 「そうなんです!ビーフシチューが大好きで。でも今日のはイマイチでしたね。パパイヤサラダも普通でした笑」

 それ以降は二人からのコメントもなく、相変わらず友人からの返信もなかった。明日からの生活に不安はあったが、起きていても落ち着かないし、今日は色んなことがあって疲れたので、私は日付が変わる前に眠りについた。


 翌朝目覚めても通話アプリには誰からの連絡も来ていなかった。友人からの返信はほぼ諦めていたけど、継母の手配した男はもっと仕事するべきだ。仕方がないので、都内で安く滞在できそうなウィークリーマンションを探そうと私はホテルを後にした。


 その日飛び込んだ不動産屋で紹介された近場のマンションはどれも高額で手が出なかった為、郊外の駅から大分離れたマンションに一旦落ち着くことにした。それから数日間、相変わらず友人や継母の従弟という男からの連絡はなかったが、継母からは何回かメッセージが来ていた。それに対し『買い物中』とか『ご飯中』とか適当に嘘をついてやり過ごす。継母の目的を探るという目的があるので、ここで完全に連絡を絶ってはまずいが、継母の思惑と違うことをしていることがバレても困るので、返信は極力控えた。

 

 そんな生活の中でも私はSNSの更新を止めなかった。お金はかけられないので、作った料理やヘアアレンジの写真を毎日投稿していた。それ以外にも時間はたくさんあったので、自分の名前を検索して父が私を探してないかとか、実母のニュースを検索して何とか連絡がとれないかとか、現状を打破できそうなきっかけを探してみたが結果は芳しくなかった。


 今日の検索は諦めて、次の投稿写真でも撮ろうかと思っていたその時、玄関のチャイムが鳴った。インターフォンの画面を除くと、帽子を被った女性が一人で立っており、「お隣に越してきたものです~」と言っている。ウィークリーマンションなのに律儀な人もいたもんだと思って玄関を開けた瞬間、女性はすかさず足を突っ込んできて帽子を取った。

 「どうしてこんなところにいるのよ!」

 ヒステリックな声で押し入ってきた女性は、継母だった。

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