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本編(上)

 私がプリンセスに選ばれた当日の夕食は誕生日かと思うくらいの御馳走が並んだ。

 食事中、コンテストに付き添いで来ていた継母は観客席から見ていた私の様子を父に語って聞かせ、何度も何度も私を褒めた。でも言ってることは、スピーチの内容が素晴らしかったとか、質疑応答での受け答えが堂々としていたとか、姿勢が良かったとかどうでも良いことばっかりで、私の美しさを称えるようなことは一言も出てこなかった。やっぱりこの人は容姿にコンプレックスがあって、実母似の私の見た目が気に入らないのだろうと思った。私がいる限り父は母を完全に忘れることはできないからだ。食事中は継母に気をつかってか、お茶を飲みながら静かに笑っていた父だったが、寝る前に改めてお祝いを言いたいと私の部屋に来た。

「妃芽、本当におめでとう。これで君もお母さんと同じ舞台に立てるようになったね。」

 そう言って父は十数年ぶりに抱きしめてくれた。久しぶり密着した父は大きくて、暖かくて、微かにお酒の匂いがした。

「これから君にはたくさん仕事の依頼がくるだろう。お父さんとして本当に誇らしいよ!初めてのことばかりで不安もあるだろうが、お父さんは長年お母さんのマネジメントをしていたから問題ない。全てお父さんに任せなさい。お母さんよりも美しい妃芽ならきっとお母さんを超えられる。お父さんが誰よりも輝くスターにしてあげるよ。これからは父子二人三脚でやっていこう。いいね?どんな小さなことでも必ず報告するんだよ。」

 私は嬉しかった。コンテストの後、名刺を渡してきた芸能事務所の人が何人もいたが、全て継母が横から掠め取ってしまったからだ。「家に帰ってからじっくり相談してご連絡いたします~」とか言いながら、詳しい話も何も聞かずに帰って来てしまったため、今後の活動に不安を覚えていたのだ。しかし、父がマネジメントをしてくれるのなら敢えて違う会社に所属することもない。後は父が全部上手くやってくれるだろうと思った。

「ありがとう、お父さん。これからはビジネスパートナーとしても宜しくね!」

 父は嬉しそうに、もう一度私をぎゅっとしてから「おやすみ」と言って部屋を出た。


 それからの日々は慌ただしかった。プロフィール写真を撮ったり、昔母と仕事をしたことのある各所に挨拶に行ったりと一日たりとも休む暇は無かった。父は私の素性を明かさず、『ただの新人タレント』として皆に紹介していった。インパクトのある情報は小出しにしていった方が良いということだったので、私もそれに従った。継母は父と私があまり家にいないことに不満があるようだったが、「新人の内だけだ」と父に説得されて渋々引き下がった。

 私はタレントとしての活動をこなしつつもSNSは続けた。私がテレビに出るようになってもSNSでコメントをくれていた昔からのファンは気づいてなかったみたいだし、時々愚痴を書いても丁寧に励ましのコメントを返してくれたから、彼らと縁が無くなってしまうのが寂しくて止められなかった。

 

 最初は苦々しい表情で私がタレント活動をするのを見ていた継母だったが、半年が過ぎ、仕事が落ち着いた頃から様子がおかしくなってきた。

 デビュー直後はモデルの仕事やバラエティー番組の仕事が毎日何件も入っていて、睡眠時間も食事時間もほとんどとれない日が続いていたが、このところは週1~2件程までに落ち着いていた。このところは家で十分な休息もとれており、以前とは違って充実した毎日を送れていた。

 だが家に居る時間が増えることで、継母の奇行を嫌でも目にすることになる。それだけが憂鬱だった。

「ヘイ、セバス!“世界で一番美しい女性”は誰?」

『ハイ。サクネンノ “セカイイチウツクシイジョセイ” ハ ニホンジンノ シラユキ ヒメ サン デス。』

「知ってるわよ。ヘイ、セバス!今現在“世界で一番美しい女性”は誰?」

『ハイ。コトシノ ミス アマノガワ ギャラクシー ハ マダ カイサイ サレテオリマセン。 ヨッテ ゲンザイノ “セカイイチウツクシイジョセイ” ハ サクネン プリンセス ニ エラバレタ ニホンジンノ シラユキ ヒメ サン デス。』

「役に立たないわね。他のミスコンプリンセスはどうなのよ?」

「ハイ。 サクネン ノ ミスニッポン ノ ヤマト ナデシコ サン ハ ミス アマノガワ ギャラクシー コンテスト デ シラユキ ヒメ サン ニ ヤブレテ オリマス。 ヨッテ「もういい!」」

 継母のヒステリックな声がリビングルームから聞こえてくる。このところ継母は毎日音声検索アプリとこのようなやり取りを繰り返している。最後は電源を切ったのだろうか?でも、時間を置いてまた同じ質問を再開するのだろう。これ以上情緒不安定な継母の声を聞いていたらこちらまでおかしくなってしまいそうだ。

 私はイヤホンを付け、ボディラインを保つためのヨガをすることにした。これが唯一継母の声をシャットアウトできる方法なのだ。もう日課となっているので、ポーズの順番も完璧に覚えた。ミュージックプレイヤーの音量を上げてため息をつき、私は目を閉じて自分の世界に集中した。


 次の日はいつも通りの朝だった。最近は父が遅くまで仕事をしているので、朝食は継母と二人でとることが日常になっていた。朝食の後はSNSの更新をして、いつも通り昼食前に起きてきた父と昼食を摂りながら私の仕事のスケジュールと内容を確認する。昼食後はヨガをしたりストレッチをしたりとボディメンテナンスをする時間なのだが、今日は珍しく継母が買い物に付き合ってほしいと言ってきたので、着替えて一緒に家を出た。

 ところが、最寄りの駅に着くと、継母の従弟だというチャラいお兄さんがいて、何も聞かずに男について行けと怖い顔で言われた。継母があまりにも切羽詰まった様子だったので、私はとりあえず男に従って電車に乗ることにし、電車内で男に事情を聞くことにした。電子マネーのチャージは十分あったし、いざとなれば人通りの多い駅で降りて男を撒けば良いと思ったからだ。

 でも、すぐにそれは間違いだったと気づく。男は事情を何も知らされておらず、ただ継母の実家の空き家に私を連れて行けと言われただけらしかった。なぜそこに行く必要があるのかも、いつまでそこに居れば良いのかもわからないらしい。

 もしかしたら継母は私を排除しようとしているのかも知れないと思った。最近の父は私の仕事が減ってきたことに焦って営業に出ることが増えたし、接待で帰りが遅くなることも多くなっていた。父の関心を再び自分に向けるために私を物理的に父から遠ざけようとして、よくわからない田舎に私を追いやろうとしているのだろうか。もしかしたら、その空き家には継母の仲間がいて、ずっとそこに監禁されてしまうかもしれない。急に怖くなってきた私は、このチャラい男と取引をすることにした。

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