2. Prologue of Snow White【白雪(しらゆき) 妃芽(ひめ)】
「ヘイ、セバス!“世界で一番美しい女性”は誰?」
『ハイ。サクネンノ “セカイイチウツクシイジョセイ” ハ ニホンジンノ シラユキ ヒメ サン デス。』
「知ってるわよ。ヘイ、セバス!今現在“世界で一番美しい女性”は誰?」
『ハイ。コトシノ ミス アマノガワ ギャラクシー ハ マダ カイサイ サレテオリマセン。 ヨッテ ゲンザイノ “セカイイチウツクシイジョセイ” ハ サクネン プリンセス ニ エラバレタ ニホンジンノ シラユキ ヒメ サン デス。』
「役に立たないわね・・・」
私は今日もリビングから漏れ聞こえてくる声に辟易した。
継母はこのところ毎日、音声検索アプリに同じ質問を繰り返している。私がプリンセスに選ばれてから父の関心が私に移りつつあるのが我慢ならないのだろう。私は暫く続きそうな継母の声を遮るようにイヤホンを装着し、日課のヨガを開始した。
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白雪妃芽は、芸能マネジメント会社を経営していた実業家の父と、ミス天の川ギャラクシーの元プリンセスに選ばれた美しい母との間に産まれた、美しい娘だった。
妃芽は、なぜ絶世の美女だった母が地味顔で大金持ちでもない父と結婚したのかが不思議だったのだが、何度母親に聞いても苦い顔をするだけで、明確な回答を得られたことはなかった。
母親はその美貌もさることながら芸事にも多才で、数々の映画やドラマの主演を務めたり、歌手としても活動したりしていた。
国内外を問わず数々の媒体から引っ張りだこの大人気女優だった母親は、妃芽が高校を卒業した年の夏、外国人イケメン若手俳優と雲隠れした。
父の会社の唯一の所属アーティストだった母親とそのマネージャーをしていた父は二人三脚で仕事をしていたため、二人で長期間家を離れることが多く、顔を合わせる機会は年に片手で数えられる程度だった。そのため、妃芽と両親の関係は希薄なもので、母親の所業もワイドショーで知ったくらいだ。もちろん他の芸能人のスキャンダルと同じくらいの不快さは感じたが、妃芽は無責任で奔放な母親に対しても、取り乱し酒浸りになった父親に対しても何も感じることはなく、ただ冷ややかに傍観していた。
ところが、母親がいなくなって半年も経たずに父親が再婚した時は流石に怒りを覚えた。なぜならその相手は、滅多に家にいない両親に代わり妃芽の世話と家の手入れをしていた家政婦だったからだ。なんでも母親のスキャンダルによって生じた違約金等の雑務処理全てを家政婦が一手に引き受け、その献身に父親が懐柔されたということらしい。
疑心暗鬼になる妃芽に対し、母親との婚姻中に互いに好意を抱いたことはないと二人は否定していたが、信じられるはずもなく、妃芽は現実から目を背けるようにSNSにのめり込んでいった。
SNS上ではどんな時でも自分が主役になれた。髪型の写真や、メイクの動画、洋服から小物まで掲載する全てのファイルに何万もの☆イイネ☆がついた。一応個人が特定されないように顔や部屋の一部はぼかしていたが、いろんな国の言語で褒めそやされる度に心が満たされる気がしていた。
そして遂に妃芽の人気がミスコン関係者の目に留まり、“ミス天の川ギャラクシーに特別枠で参加しないか”とダイレクトメッセージで打診される程になった。
母親似の顔は自分でも美しいと思っていたし、スタイルにも自信があるし、センスもある方だと思う。教養の方はイマイチなので質疑応答には不安があるが、植物や動物が好きで生物の授業は真面目に受けていたので、スピーチも問題はなさそうだ。何より、小さな板の中の世界に引き籠っている自分の現状を変えたかった。
参加を決意した妃芽だったが、未成年なので参加には親の承諾が必要だった。妃芽は思いつく限りの説得の言葉を考えてから、母親との離婚成立後仕事もなく抜け殻みたいになってしまった父親の書斎に応募書類を持っていくと、思いの外すんなりと署名がもらえて拍子抜けした。
3か月後、妃芽は本名でコンテストに出場した。実母は結婚後も旧姓で仕事をしていたため、正体がばれることはなかったが、それでも母親譲りの美貌と抜群のプロポーションで妃芽は圧勝した。
プリンセスのティアラを付けてもらい、たくさんのストロボライトに照らされながら妃芽は思った。ここが私の[本当の居場所]だと。