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本編(下)

 間城さんと別れた後、私の頭の中は彼のことでいっぱいだった。朝も昼も夜も、気が付けば彼のことを考えていた。そして迎えた週末、私は再び彼に電話をかけた。

「・・・もしもし、麗羅ちゃん?」

 彼の低く甘い声が聞こえる。それだけでも嬉しいのに、別れ際に一度名乗っただけの名前を覚えていてくれたことに涙が出そうになった。

「あ、あの、間城さん・・・」

 喜びで声が震える。ドキドキして息が苦しい。どうしよう、好きかも。

「どうしたの?もしかして泣いてる?」

 あっ、やばい、誤解されたかもしれない。面倒な女だと思われて電話を切られたら終わりだ。私は用意していた言葉を口にした。

「実は、指輪がみつからなくて。お祭りの日に付けていたのですが、お店の近くには落ちてなくて。それで、もしかしたら間城さんの車の中に落としたかもしれないので、一度見に行っても良いですか?」

 言えた。完璧だ。声は震えたままだったが。だが、彼の返事は意外なものだった。

「指輪って、ピンクの宝石と花のついたやつかな?洗車しに行った時に見つけてもらったんだ。大切な物なら、今から持って行ってあげるよ。この間バイバイした所で良い?」

 なんってスマートな人だ!好き。

「ありがとうございます。父が最後に買ってくれた指輪なんです。嬉しい!」

「そ、そうなんだ。すぐに見つかって良かったよ。じゃあ、10分ぐらいしたらこの前の場所に来てね。」

「はい、ありがとうございます。」

 電話を切った後、私は急いで着替え、軽く化粧をしてから家を出た。

 

 待ち合わせ場所につくと、彼は既に到着していた。私は駆け寄って、「お待たせしました」と言って彼を見上げた。

「俺も今ついた所だよ。麗羅ちゃんを待たせることにならなくて良かった。」

 そう言って笑う彼が眩しくて、私の目にうっすらと涙が浮かんできた。

 涙目の私を見て、彼は苦笑しつつ私を助手席にエスコートする。

「ちょっとドライブしようか?麗羅ちゃん時々泣きそうな声になるけど、悩みがあるんじゃないかな?アドバイスはできないかも知れないけど、喋ったらすっきりするかもしれないし、俺で良かったら聞くよ?」

 願ってもないチャンスに私は二つ返事で車に乗り込んだ。これを逃せば二度と機会はないだろう。どんな手を使ってでも絶対に次に繋げる!と心に誓った。


 走る車の中で、私は自分のことをとにかくたくさん喋った。小学生の時に母が亡くなったこと。中学2年で父が突然再婚したこと。高校2年で父が亡くなったこと。私の家で継母と異母姉2人と4人で住んでいること。家事を全部やっていること。3人から逃れるために東京の大学を目指していること等々。喋っている内に感情が高ぶってきて、つい日頃の愚痴まで口から漏れ出てしまっていた。

 私が喋り終えても彼は無言で車を走らせていた。気が付いた時には、私たちは山の上まで来ていた。彼に促されるまま展望台まで歩く。

「本当はね、一目惚れだったんだ。喉は乾いてなかったけど、君に話しかけるきっかけがほしくてお茶を買ったんだ。」

 町を見下ろしながら話す彼は、耳の上が真っ赤に染まっているように見えた。

「君が高校生だと知って諦めようとしたんだけど、今日君から電話が来て嬉しかった。もうこの気持ちは消せないと思う。」

 彼は一度深呼吸をした後、こちらに向き直った。真剣な眼差しが真っ直ぐ私に突き刺さる。

「俺に君のことを守らせてほしい。俺が麗羅を幸せにしたいんだ。」


・・・勝った。誰に?とか、何に?とか、そんなことはどうでも良い。とにかく私は勝ったと思った。あまりの嬉しさに私の目からは、拭っても拭っても涙が止め処なく溢れた。彼は私の涙が止まるまで抱きしめてくれていた。


 帰りの車の中では、彼が自分のことを教えてくれた。幼い頃に両親が離婚して、祖父母に育てられたこと。大学生時代に友人と起業して、漸く軌道に乗ってきたので現在は在宅で仕事をしていること。時々祖父母が住んでいたこの町に来てのんびり過ごすのが好きなこと、等々。

 「もし東京の大学に行くのなら、俺の中野区のマンションから近い学校にしてよ。そうしたら、ずっと一緒にいられる。」

 彼の言葉嬉しくて、私は涙を零しながら何度も頷いた。

 「麗羅は泣き虫だなぁ。」

 反論しようと彼の方を見たら、彼は嬉しそうな顔で笑っていた。


 その日自宅に帰ると、既に帰宅していた姉たちは口々に家事をしていないことを責めて来たが、もう彼女たちの事なんてどうでも良くなっていた。

 私は彼と毎日メッセージのやり取りをして、週末には彼の家に入り浸るようになった。彼が仕事をしていることも多かったが、同じ空間にいると思えるだけで幸せだった。


 そして私は志望校に落ちた。

 彼と付き合い始めてから、元々勉強が好きでなかった私は益々受験に情熱を注げなくなっていた。しかも彼のマンションに一番近い大学は私の偏差値を大きく上回っていた。一緒にPCで合否を確認していた彼は難しい顔をして沈黙していたが、翌日連れて行かれたデパートの宝石店で、私の好みに合わせた婚約指輪を注文してくれた。この時も感動で涙が止まらなくなった私を彼は嬉しそうに見つめてくれていた。


 そこからは結婚式までとんとん拍子で進んだ。継母に乗っ取られた畳屋はそのまま継母にあげることにした。祭りの時に見た廃れた印象から儲かってなさそうだと思ったからだ。自宅の話になった時、継母達は自ら出ていくと言い出した。実は市内に元夫が残したマンションがあって、そこに3人で戻るとのことだった。姉たちは私が進学しないと決めた直後に夜のバイトをやめていた。今更私のように玉の輿に乗れるとも思えないけど、黙っておいてあげた。


 そして、結婚式当日。

 都内の一流ホテルで私たちは式を挙げた。彼側の招待客の中には取引先の経営者の人や大学の友人達が来ていた。私側は親族席に継母達を座らせておいた。

私はプログラムの最後に継母達への手紙を用意していた。この手紙を読み上げることで漸く地獄が終わるのだ。そして、いよいよその時がやってきた。


「オカアサン、私は今まであなたの事を母と呼ぶことが苦痛でした。あなたは私から父を奪い、代々守って来た家業を奪い、私の尊厳をも奪いました。家事を全て私に押し付け、気分次第で怒鳴り散らしていましたね。私はあなたの良いサンドバッグになれましたか?」

 そこで一呼吸置き、今度は姉たちの方に向き直る。

「オネエサン、私は今まであなた達のことを姉と呼ぶことが苦痛でした。あなた達は私に嫌味を言うことが日課になっていましたね。水商売はストレスが溜まる仕事だったのかもしれませんが、私はあなた達の良いサンドバッグになれていましたか?」

 顔を真っ青にしながら俯く3人を見ながら、穏やかな声で続ける。

「今日から私たちは全くの他人に戻ります。でも私はあなた達のことを一生忘れません。今後の人生で辛いことがあった時でも、あなた達と過ごした地獄のような日々を思い出して、“あぁ、あの時ほど辛くはないかもしれない”と笑ってやり過ごせるようになるでしょう。そういう意味ではとても感謝しています。オカアサン、オネエサン達、今までありがとうございました。」

 言い切って招待客を見回すと、全員が彼女たちの仕打ちに引いていた。誰もが顔を引きつらせたまま動かない。隣に立つ彼も驚きに満ちた目でこちらを見ていた。読んでいる間は私も辛かった。だが、これで彼女たちは完全に他人になった。今後何かと頼られても困るので、誰の目から見てもわかるように、関係を断っておく必要があったのだ。

 すっきりした私は、係員に合図を出して3人を会場から追い出した。

 3人が歩いて行った先は会場内よりも格段に証明が少なく、薄暗く見えた。

 改めて招待客を振り向いた私には控えめだが、拍手が贈られた。

 私の耳にはそれが新しい人生を祝福するファンファーレのように聞こえた。

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