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本編(中)

 名前を呼ばれたことに驚いて声の方に振り向くと何故か下の姉が男と立っていた。上質な生地に可愛く結われた帯、美しく纏められた髪、一目でお金がかかっているのがわかった。隣の男性は身綺麗にしているが、姉とは少し年齢が離れているように見えた。

「麗羅、来てたのね。ちょうど良かった!私これから彼と食事に行くの。代わりにお店の方を手伝ってきてくれる?」

 尋ねるような言い方だったが、有無を言わせない言外の圧力を感じた私は舌打ちしそうになるのを堪えた。辛うじて「はい」と小さく返事をすると、彼女たちは満足そうに手をつないで歩き出した。姉の圧に負けて行くとは言ったものの、今すぐ店に駆け付ける気は更々なかった。ボトルに入った飲み物を売るだけなのだから、継母と姉の二人でも十分捌けるはずだ。とりあえず出店で腹ごしらえしてから終わり間際に行けば良いと思い、引き続きぶらぶら歩いていると、今度は上の姉と遭遇した。こちらも少し年の離れたチャラチャラした雰囲気の男性と腕を組んで歩いている。「最悪だ」小さく呟いて方向転換しようとした矢先に向こうから声を掛けられてしまった。

「麗羅?来てたの?ちょうど良かった!今お母さんが一人でお店にいるから手伝いに行ってあげて。」

「すごい美人だねー。君が噂の妹さん?」

 返事をする前に唐突に姉の隣にいた男が口を開いてニヤニヤしながら話しかけて来た。その様子に姉は焦ったように男の腕を引っ張って歩き始める。

「妹はまだ高校生だからお話してもつまらないですよ!麗羅、お母さんに電話しておくから、早く行ってね!」

 姉はそう言い残して男と人ごみの中に消えて行った。

 こうなっては観念するほかない。私は諦めて店番するべく神社の方へと歩き出した。


 店の前は想像以上の混雑だった。商店街でも最奥に位置するためか、祭りの見物客が飲み物を求めて列を成している。これを捌くのか・・・と憂鬱になるが、継母がさっきからこちらを睨んでくるので、私はさっさと姉が着ていたであろうエプロンを身に付けて、飲み物を冷やしているワゴンの前に立った。

「麗羅ちゃんが来てくれてお母さん助かるわ!ありがとう」

 継母が小声で礼を言ってくるが、『あなたの娘たちに恫喝されたので仕方なく来ましたー』とも言えないので、曖昧に頷いて接客に集中した。


 並んでいた客がようやく一段落した頃、神事がクライマックスに近づいたのか、音楽が変わった気がした。隣で同じく接客していた継母は「追加の商品取ってくる」と言い置いて売上のお札と共に真後ろにある畳店に引っ込んだ。継母が消えて行った方を振り向き、少し見上げる。ここに来るのは十数年ぶりだが、記憶にある店舗よりも随分と寂れた印象になってしまっているのが悲しかった。

「すーみーまーせーーーん」

 突然後ろから大声で呼ばれ、慌てて振り返る。そこには背の高い、少し筋肉質な若い男性が立っていた。白いTシャツにジーンズというシンプルな装いにも負けないイケメンオーラはまさに勝者の貫禄と呼ぶに相応しい。こんな田舎に似つかわしくないその男性を見つめながら続く言葉を待っていると、男はふいに「ぷふっ」と笑い出した。

「えっ?なんですか?」

 人の顔を見て笑うとは失礼な人だ。これでも顔だけは実母に似て、良い方だと思っているのに。 男性の予想外の反応に思わず刺々しい声を出してしまったが、後悔はしてない。

「いや、ププッ。麦茶が飲みたかったんだけどね、フフッ。こ、ここに入ってなさそうだったから、裏とかにないかな?と思ったんだけど。フフフ」

 男性は話しながらも笑いを堪えきれないみたいで、目じりにうっすら涙まで溜めている。

「突然声かけられたらびっくりしちゃうよね。ごめんね。フフフ。」

 そう続ける男性に私は恥ずかしさで全身の水分が蒸発するかと思うくらい体温が上がってしまった。とりあえずこの状況を打破するために、私はワゴンの中に手を突っ込んで手当たり次第ラベルを見たが、男性の言う通り麦茶はない。

「冷えてるものは今あるものしかなさそうです。緑茶はだめですか?」

 一応代替案を出してみたが、首を横に振られてしまった。

「夜にカテキン摂ると眠れなくなる体質なんだよね。冷えてるものがないなら、常温のものでも良いんだけど?」

 少し悲しそうなイケメンの笑顔に勝てず、「在庫見てきます」と言って私は畳店の奥に入った。店内は暗くて埃っぽくて陰鬱な感じがした。その中で継母が飲み物の入った段ボール箱をせっせと運んでいたので、麦茶はあるか尋ねてみたが、もう売り切れたと言われてしまった。

しょんぼりした顔で店から出ると、待っていた男性は察してくれたのか、緑茶を手に取って、お金を渡してきた。

「無かったのなら仕方ないね。今日はお祭りだし、緑茶を飲んで夜更かししようかな?でも一人じゃつまらないから、誰かが一緒にいてくれたらもっと楽しいだろうな~?」

 そう言って男性は小さく折り畳まれた紙をそっと差し出してきて、受け取った私の返事も待たずに神社の方へと行ってしまった。紙を開いてみると、それは間城(まじょう) (まこと)と書かれた名刺で、なんと間城さんは代表取締役だった。そして、一番下に手書きで携帯電話の番号と『連絡待ってます』というメッセージが書かれていた。


 祭りも終わり、後片付けをする継母から先に帰って良いと言われた。きっと売上金額を私に知られたくないのだろう。姉たちもきっとバイトに行っているだろうから、全員帰ってくるのは遅くなりそうだ。私は商店街から出てすぐに男性からもらった名刺に書いてある電話番号にかけてみた。

「もしもし」

 間城さんの低い声が聞こえる。

「あ、あの、私、さっきお茶のお店にいたんですが・・・」

「ああ、さっきの子だね。電話ありがとう。もうお店は終わったの?まだ商店街にいる?迎えに行こうか」

 学校にいる下品な男子達とは違うスマートな対応に私は胸が高鳴っていくのを感じた。

「はい!ありがとうございます。今、商店街の入り口の所に居て。どこで待ってれば良いですか?」

「じゃあ、そのまま人の多い場所にいて。5分ぐらいで着くから。」

 そう言って電話は切れた。


 本当に5分ほどで現れた間城さんは、ピカピカの外車に乗っていた。初めて乗った高級車は、継母の軽自動車とは違い、夢のようなふわふわした乗り心地だった。立っているだけでも

「どこに行こうか?カラオケにする?個室が嫌ならカジュアルなバーも何件か知ってるけど。」

 慣れた感じで聞いてくる間城さんは本当にスマートだ。立ち姿も格好良かったが、運転している横顔も素敵で、ずっと見ていられる気がする。

「私、高校生なのでバーには行けないです。」

 そう言った途端、車内の気温がちょっと下がった気がした。

「えっ!?高校生なの?えっ!?未成年・・・えっ!?まじで!?」

 間城さんはなぜか急に狼狽え始める。間城さんの変わりようにこちらまで不安になってきた。

「・・・未成年、はだめですか?」

「・・・未成年は、だめだよね?普通。だめだと思うよ?ごめんね。このまま家の近くまで送ってあげるね」

 困ったように笑う間城さんを見て、私は焦った。このまま帰ってしまったら、もう会ってくれないかもしれない。こんな素敵な人と今後出会うチャンスは中々ないだろう。芽生え始めた恋がこのまま終わってしまうのは嫌だ。そう思って私は、小指に付けていたリングをそっと外して座席の下にそっと落とした。

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