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本編(上)

 父が亡くなってから早くも1年が過ぎた。父の葬儀が終わってから、継母はこれまで父と二人で運営していた畳屋の仕事を一人ですることになったため、顔を合わせることがめっきり減った。

 父の代まで100年続いた老舗畳店は守銭奴の継母の物になってしまった。元々金目当てで後妻になったのだから、伝統ある会社を手に入れられたこの状況に満足しているに違いない。その証拠に、300万円もある父の保険金の受取人が全額私になっていても、継母はそれについて何も言わなかった。それでも使い込みが怖いので、全額自分名義の口座に入れて、印鑑は処分した。本人であれば印鑑の再登録はすぐにできるし、自分はカードでいつでも引き出せるから問題ない。

 一緒に押しかけて来た連れ子の二人は大学生になったが、どちらもバイト三昧で、こちらもほとんど家にいない。二人とも派手なメイクで、香水の匂いをプンプンさせて、いつも日付が大分変わってから帰ってくるので、男性とお喋りをする系の仕事なのだろう。

 問題は3人が生活費を稼いでいるという大義名分を振りかざして、私に家事全般を押し付けてくることだ。本来なら、ここは祖父母が残してくれた私の家で、あの3人は他人なのだから追い出しても良いのだが、強く言えない私は3人をまだ住まわせてあげている。それなのに家事を押し付けられて、何かと文句を言われるのだ。ニットの肩にハンガーの跡があるだとか、冷蔵庫の野菜がカビているだとか、ごみを出し忘れているだとか。


 今だって食器を洗った後のシンク回りが水撥ねで汚いとか言われて拭かされている。そんなに気になるなら自分でやれよと思うのだが、いつも多数対一人になり言い負かされた挙句、最終的に私がやらされるので、最近は黙って言われた通りにしてやり過ごすようになった。ここで反論しても、どうせもう私の味方はいないのだから。

 キッチンを拭き終わって自室に戻ろうかと思っていたら、フローリングモップで床を拭いていた姉の方が急に話を振ってきた。

「そういえば、明日の商店街の夏祭り、着付けの予約した?」

 びっくりして顔を上げると、妹の方は「したよー」とか言ってる。

 えっ?なんで?私は何も聞いてない。

「何のことですか?」

 聞くと、服を畳んでいたニヤニヤしながら妹の方が応えた。

「一昨年から夏祭りではうちの店の前で冷やしたお茶とかビール売ってんの。あんた何回聞いても絶対来ないから、今年から聞くのやめたんだよね。何?興味ある?」

 ねーよ!と喉まで出かかった声を飲み込む。ただでさえ毎日家事労働させられているのに、祭りの日にまでただ働きさせるとかありえない。しかも『うちの店』って当然かのように言ったけど、あんた達のじゃないと怒鳴りつけてやりたい。だが、高校生の自分には店を守る術がないので、怒りをぐっとこらえて震える声で静かに応えた。

「着られる浴衣がありませんので!受験勉強もありますし、もう失礼します。おやすみなさい。」

 二人は何か言いたそうにしていたが、私は二人に背を向け、わざと大きく足音を立てながらさっさとその場を後にした。


 うちの畳屋はこの商店の中でも最古参にあたる。何度かのリニューアルを経ていくつもの店が入れ替わったらしいが、うちを含めた5店舗だけはずっと続いているのだと、昔祖父が自慢げに話していたことがある。商店街の最奥には大きな神社があり、毎年夏に行われる祭りは神社の神事とも深い関りがあるらしい。ら(・)しい(・・)というのは、私があまり店舗に行ったことがないからだ。祖父母が生きていたころは何度か遊びに行った気もするが、小学校に上がってからは一度も行っていないと思う。私は自分の家の商売のことは【日本の伝統文化を担う素晴らしい仕事】だという認識はあるが、一度も父から仕事の話を聞いたことが無かったので、あまり詳しくないのだ。


 その私は今、普段の何十倍もの人が居そうな地元商店街に来ていた。

 ことの発端は、隣の家の末の娘さんが帰って来た時のことだ。彼女は外で洗濯物を干していた私を見て声を掛けてきた。

「あなた麗羅ちゃんよね?綺麗になったねー。お母様の若い頃にそっくり!」

 そう言いながら女性は嬉しそうに笑った。その人は5年前に外国の大学に進学して、そのまま現地で就職した隣家のお姉さんだった。

「ね、良かったら家でお茶しない?せっかく市内で美味しいケーキ買ってきたのに、みんな祭りの準備に行っちゃって誰もいないの。冷蔵庫にも入らないし、一緒にどう?」

 昔よく遊んでくれたお姉さんからの誘いに嬉しくなったが、私はまだ干してない洗濯物を見て、首を横に振った。

「まだ家の仕事が残っているので、ごめんなさい。」

 お姉さんは一瞬悲しそうな顔をしたが、「ちょっと待っててー」と言いながら、家に引っ込んでしまった。

 暫くして戻って来たお姉さんはケーキの箱を差し出してきた。

「一人じゃ食べきれないから麗羅ちゃんが手伝ってくれたら嬉しいな!あっ、でもお祭りの前にケーキ食べたら楽しみが半減しちゃうかなー?」

 にこにこと無邪気に笑うお姉さんに聞かれて、私は思わず俯いた。

「私、お祭りに行けないんです」

 その言葉にお姉さんは驚いた顔をしたので、私は続けて言った。

「着られる浴衣がないですし、家事も受験勉強もありますから。」

 嘘は言っていない。本当は友達もいないし、店の手伝いをさせられるかもしれないから行きたくないのだが、理由の全てをいう必要もないだろう。

「受験勉強にも休息は必要だよ!私が着てた浴衣があると思うから、着付けてあげる!」

 尚も食い下がられてしまい、会話能力が抜群に低い私は断り切れずに、結局着付けとヘアセットとメイクまで施されてしまった。


 ここまでされたら、行かないのも勿体ない気がして、私は一人で商店街まで来てみた。店に近づかなければ手伝わされることもないだろう。せっかくだし、屋台の食事をいくつか買って帰り、ゆっくり堪能しようとぶらぶら歩いていると、突然真横から「麗羅?」名前を呼ばれた。

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