1. Prologue of Cinderella【進出(しんで) 麗羅(れいら)】
「どうしてこんなこともできないの!」
「出ていく前より部屋が汚いじゃない!」
今日もヒステリックな異母姉達の怒鳴り声が部屋中に響く。私は彼女達の怒りにこれ以上燃料を注がないよう、ため息を吞み込んだ。
「申し訳ありません、すぐ綺麗にします。」
そう言いながら、私は水仕事で荒れた手を雑巾にのばす。異母姉たちの美しい手を横目に見ながら私はシンクの周りを丁寧に拭き始めた。
*******
進出麗羅は、地元で100年続く畳屋に産まれ、優しい両親の庇護の下、何不自由なく育てられた。祖父母は幼い頃に他界したが、店舗から徒歩で10分ほど離れた場所にある、町内のクリニックが集結している総合医療施設の裏に庭付きの家を残してくれていた。麗羅はそこで父母と3人で暮らしていた。実母は近所でも評判の美人で、洋装も和装も、どんなハイブランドでも華麗に着こなす人だった。料理も得意で、デパートの海外直送食材を使った難しい外国名の夕食は、SNSに上げる度たくさんの☆イイネ☆がついた。
麗羅の幸せな小学校生活も終わりに近づいた冬のある日、母親が突然ガンを宣告された。見つかった時には既にかなり進行していたらしく、日に日に体調が悪化していく母親の為に、麗羅と父親は全ての時間を捧げた。二人は少しでも長く一緒にいたいと、学校も仕事も休んで毎日病院で母親と過ごした。
だが、二人の願いも空しく、母親の命は入院からたった2カ月で梅の花と共に散ってしまった。麗羅が小学校を卒業した翌日の事だった。悲しみに暮れる父子だったが、店舗が入居している地元商店街の親切な人たちの協力で何とか母親の葬儀と、麗羅の入学準備を整え、二人で新しい生活を送り始めた。
母親がいなくなり、麗羅の生活は一変した。中学校ではクラスに馴染めず、段々と孤立していった。家でも、料理上手だった母親とは違って父親の作る食事はどれも味がぱっとしない上、見た目も茶一色か緑一色かの二種類で全然食欲を刺激しない。父親と二人で囲む食卓は、笑顔も会話もほとんどなく、麗羅にとっては苦行の時間になっていた。
気が付けば麗羅は母親が亡くなってからの1年間で20kg近くも瘦せてしまっていた。
麗羅が中学2年生になった秋頃、父親は一人の女性を連れて来た。なんと父親はその女と再婚を考えているという。麗羅は「母の1回忌が終わったばかりだというのに何を考えているの!」と父親を責めたが、父親からは「麗羅のためだ」という言葉しか返ってこなかった。言いたいことは山のようにあったが、母親が亡くなって以後、父親とはまともに会話をしておらず、何をどう話せば良いのかも分からなかった麗羅は、父親の前から逃げるようにして自分の部屋に閉じこもった。その日から極力父親を避け、再婚の話をさせないようにしていたのだが、冬休みのある日、いつの間にか継母になっていた女は、連れ子を二人伴って転がり込んできてしまった。嬉しそうに3人の女を紹介する父親を見て、麗羅は降参するしかなかった。
その日の夕食は久々に『家族』と食べた。オカアサンを自称する女が、聞いてもいないのに勝手に自分たちのことを話してきた。要約すると、女は同じ商店街にある弁当屋でパートをしていたシングルマザーで、彼女の両親と元夫は既に他界しており、娘と3人で慎ましく生活していた所をうちの父親に口説かれたそうだ。長女はアルバイトをしながら高校に通い、次女は麗羅と同じ中学の3年生らしい。麗羅は心の中で(どうせ父の金目当てだろう)と悪態をつきながら、なんとか表情に出ないよう我慢してその場をやり過ごした。
悪夢は年明けから始まった。父親が仕事であまり帰って来なくなり、継母は麗羅に家事をやらせるようになった。母親が亡くなってからは、洗濯も掃除も週一でハウスキーパーに依頼していたのに、金がかかるからと継母が解約してしまったようだ。そのため、脱いで置いておいた服を見て小言を言われたり、飲料や食品の容器を置いていると小言を言われたり捨てさせられたりした。しばらくすると、母のブランド品を勝手に処分したり、麗羅がリビングで携帯ゲームをしている時にテレビを勝手に消されるといった嫌がらせまでされるようになった。そのため、麗羅は家に居る間ほとんどの時間を自室で過ごすようになった。
あまりの仕打ちに耐えきれず、いじめられていることを父親に言ったこともあったが、余程絆されているのか、注意してくれるどころか「継母達の言うことを良く聞くように」等と麗羅に言ってくる始末であった。
仕事ばかりでほとんど家にいない父親と、嫌がらせをしてくる継母達との地獄のような生活に耐えていた麗羅だったが、高校2年生の冬休みも目前に迫ったある日、本当の地獄が訪れた。
父親が表を張り替えた畳を納品しに行った帰りに事故を起こしたという連絡があり、4人で病院に駆け付けた。白い部屋に横たえられた父親を見たとき、麗羅は言いようのない絶望に飲み込まれた。ここ数年はあまり交流することもなかったが、父親は遠方に仕事に行った時は必ずお土産を買って来てくれていたので、愛情は感じていた。その、唯一麗羅を心から愛してくれる肉親さえも失ってしまったのだ。
それからの日々は麗羅にとって、想像を絶するほど辛いものになった。




