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妹の秘

私が…壊してしまった…




私が…殺してしまった…




私が…!




イシスとネフティスは棺を追っていた。しかし、ナイルは氾濫を終えたばかりで流れが早く、あっという間に棺は見えなくなってしまっていた。


「…っ…ぅっ…兄様…オシリス兄様っ…私が…私がいけないの…私があの時…ちゃんと…っ…止める事が出来ていたのなら…こんな…こんな事なんかには…!」


「違うの…」


イシスが嗚咽の声を上げながらナイルの下流を降りていると、今まで沈黙していたネフティスが口を開いた。イシスは振り向く。


「違うの…姉さん…ごめんなさい…ごめんなさい…私…私のせいなの…私…私…っ…」


突然大粒の涙を溢れさせる自分と同じ姿の妹にイシスは戸惑う。


「…どうして貴方が悪いの…?貴方は関係ないじゃない…?」


「違う…私…本当は…私もオシリス兄様を愛していたの…でも分かってた。私は…姉さんと同じ姿であってもオシリス兄様と愛を通い合えない…だから…私…あの宴の夜に酔って空ろな状態のオシリス兄様と…姉さんのふりをして…っ…!」


イシスは何も言わない。しかし、その顔に怒りの色は無く、優しくネフティスの肩に触れた。


「…じゃあ、貴方…オシリス兄様の子を身籠もったりしたのではないかしら…?」


ネフティスは泣きながら頷く。


「…産んだのね?」


「産んだわ…産んだけれど…私は…あの人に…っ…セトに知られるのが怖くて…あの子を川に流してしまったの…私…自分の事しか考えてなくて…こんな性格で…女神なんて…皮肉ね…私…」


ネフティスは自嘲しながら泣き続けた。しかしイシスは泣くのをやめ、ネフティスを強く抱き締めた。


「辛かったわね…でも大丈夫よ。やっぱり貴方は悪くない。だってその感情は、人の形として生まれた証なんだもの…」


「姉…さん…!…あの子…もう死んでしまったかしら…今までずっと飲まず食わずで流されていたかもしれない…死んでしまっていたら…私はなんて……―?…姉さん…声が聞こえない…?」


ネフティスが何かを察した様子を見たイシスが周囲を見渡すと、川の浅瀬の方に何かが上がっていた。イシスがそれに近付いてみると…


「…生きて…いたわ!」


そこにいたのは、泣き声を上げる赤ん坊の姿があった。


「!…あ…【アヌビス】…!!私の…子…ああ…!生きていてくれたのね…!」


ネフティスが幼いアヌビスを抱き締めた。アヌビスは愛らしく笑っていた。

「よかった…よかった…!!ごめんね…ごめんねアヌビス…!私は愚かな母親ね…お腹空いたね…喉も渇いたね…ごめんね…ごめん…っ…!」


ネフティスは声を上げて泣く。イシスは優しい顔でその光景を見つめていた。

しかし、ネフティスは突然立上がり、腕に抱いたアヌビスをイシスへ差し出した。


「姉さん…お願いがあるの…嫌に決まっているでしょうけれど…私の子…アヌビスを姉さんの【養子】にして欲しいの…!」


「えっ…?どうして…そんな…?」


ネフティスの目はしっかりしていた。


「自分の為じゃないの…アヌビスを生かしておく為にはこれぐらいしか…私の子にしてしまったら、セトは絶対にこの子を殺しに来てしまう…姉さんの子なら、そりゃあ…オシリス兄様の子だとは思うでしょうから、憎しみの感情は抱くと思うわ。でも、憎まれるだけなら死ぬよりもだいぶまし。……本当に、筋違いなお願いだとは承知してるの。でも…もうこの子を殺すような事はしたくない…!!ただそれだけ…お願いします…姉さん…!」


イシスは少し考える。しかし、それも数秒の間。イシスは微笑んで頷いた。


「大丈夫…私がちゃんと守ります。そのかわり、約束して…もう自分を責めない、と…」


ネフティスは強く頷いた。それを見たイシスも微笑んだ。


「ネフティス、私からもお願いがあるのよ。いいかしら?」


「何かしら?姉さん。」


「アヌビスを連れて、宮殿へ戻って欲しいの。」


「そんな…!!まさか姉さん一人で追うつもりなの…!?だめよ!危険だわ!」


イシスは首を横に振った。



「私は、オシリスの妻なのよ?」



イシスは微笑んで、そのまま再び下流へ向かって走って行ってしまった。


「姉さん…」




私は愚かな妹です。

自分の事だけを考えて、ましてや自分の腹を痛めた子を捨てる。



そんな私を、どうしてオシリス兄様が愛してくれると…?



アヌビス…貴方は母に似ずに、父のように寛大で、伯母のように立派な心を持って下さい…


私なんかには…

似ないでね…


「…いけない…自分を責めないという約束だったわね…」


ネフティスは、眠りに落ちたアヌビスを抱いたまま、自分の宮殿へと戻って行った。




【宮中】

「報告致します!イシス様はビブロスへ向かった模様です!」


「…フン…まぁ…せいぜい頑張ってオシリスの死体でも見つける事だな…


親愛なる、姉上…?」


王室には既に、セトが座っていた。


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