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善悪

ビール、即ち麦の香りの漂う荒々しい酒場。

人間も神も互いに訪れる場所で男の下品な笑い声や騒ぐ声が外まで溢れる。


酒場で一番大きな机にその騒音の原因となる男達が群がっている。

赤髪で顔に傷を付けた若い男と中年の力仕事を得意とする筋肉質な男が腕相撲をしていた。


しかしその腕相撲も今終わりを告げる所だったらしい。

赤髪の男が自分より大きな腕を反対側のテーブルに叩き付けた。

「すげえ!!さすが【嵐と暴風】を名乗るだけはあるな!!」


「はっ!あたり前だ、俺は【砂漠の神】だ!人間に負ける気はしねぇな。」


「でもあの【力の女神セクメト】には勝てなかったって…」


「あぁ?なぁんか言ったか?」


「なっ…なんでもねぇ!」


「【セクメト】様は仕方無ぇ、あの方はラー様がお作りになったんだからな。貴様ら命がまだあるだけいいと思うんだな!」

「そうだな…そのお陰もあって太陽神は【神の王座】を手放したんだし、まぁいいとも悪いともいえねぇかな…」


「…今…何て言った…?…」


それまでビールを飲んでいたセトはビールを持つ手を止めた。


「あん?何だセト知らなかったのか?太陽神は【人類抹殺の刑】の責任を取って【神の王座】を辞めたんだぞ。まぁ俺ら人間には関係無いが、今は次期【神王】を選んでいるらしい…」

「なるほどな…それなら俺にもなれる権利はあるわけだ…」


「今お前の名も上がっているぜ?まぁもう一人名が上がっている神もいるがな。」


「誰だそれは?まぁ誰であろうと俺は王になるがな!」




「何言ってやがる、【オシリス】だよ!お前の兄貴じゃねえか。」




『また兄上が入ッテクル…』




「兄…上…だと…?」




『また俺の欲シイモノを奪イニキタ』



「…そうかよ…よし、俺ぁもう帰るぜ、王座は俺のモンにしてやるからな!あばよ!!」


そう言ってセトは慌ただしく酒場を後にした。

走るその右手の拳は強く握られていた。

荒々しい男だらけの酒場と打って変わって静けさの漂う石造りの宮殿の中庭では、翠の髪を持つ好青年が青緑の透通る泉の水を手で何度もすくい上げていた。


指と指の間から何度も流れ落ちる水を眺めながら彼は優しく微笑む。


「あらオシリス兄様?こちらにいらしていたのね。」


「イシス…もう今は夫婦なのだから兄様はよさないか」


あら、ごめんなさい。とイシスが言うと二人で軽く笑い合う。

二人の長い髪がさらりと流れる。


「宮殿ではもうオシリス兄様…いえ、貴方が王位を継ぐものだと囃立てていますよ。」


「随分気の早いのだな…セトの話は無いのか?」


「彼の政治は荒いわ…確かに強さはあるけれど、力の神ゆえの脅威は人間にも負担が大きすぎるのよ。」


「私よりは威厳があるだろう、私には荷が重すぎると思うがね。」


オシリスがふっと笑うとすくった水を再び流した。


「これから威厳を育めばいいのよ…まぁ、セトもその様にしてくれれば私も問題無しなのだけれど…」


「ならば、どちらが王位に立とうが問題はないのだな…」


オシリスは冗談のように笑う。ただ、イシスだけが真面目に考えているようだった。

オシリスが水に触れるのをやめて立ち上がると、柔らかくイシスの頬を撫でる。



「イシス、私は王位など興味が無いんだよ。ただ私の兄弟、人間、神々全て仲睦まじく過ごす…それだけが私の願いだ。他は何も望まない。」


優しく笑うオシリスの瞳に自分の姿が映るのが見える。


こんな澄んだ瞳はイシスにもネフティスにも無いだろう。もちろんセトにも無い。

こんな神を崇めない者はいるのだろうか。イシスは深く思った。


「じゃあイシス、戻ろう。今夜は宴があるから服を選ばなければな。」


「くす…私が選んでおきますわ…あ、貴方はお酒はあまり飲んではいけないわ、強くないのだから。」


「ふ…分かったよ…」


そんな話をしながら二人は宮殿へ戻って行った。




 

「ずるい…私はオシリス兄様がよかったのに…イシス姉様はずるいわ…そりゃあ、セト兄様は嫌いではないわ…でも、本当に好きなのはオシリス兄様なのに…」


石の柱からイシスに瓜二つな妹のネフティスが独り言のように呟いた。

その目には何も映らない。ただ暗闇をみる目だった。


「…あ…いけない…セト兄様がそろそろ帰って来る…服…用意しないと…」


ネフティスはまるで病にかかったようにふらふらと宮殿の奥へ消えた。






―今夜は、宴だから…

ラーも船を沈め、月神【コンス】が人々に太陽ほど強さの無い月明りを灯し始める。

昼とはま逆に寒くなる夜は誰も外には出ることは無い。ゆえに各家々には月明り以上に明かりを灯す。


そんな人間の家の明かりより華やかな雰囲気を漂わせる宮殿では、神々の宴が行われていた。

宮殿内からは神の楽しむ声が聞こえる。


宮殿内の大広間では華やかに彩り飾られた馳走が振る舞われていた。もちろん酒はビールだ。宴にはもちろんオシリス、イシス、セト、ネフティスがいた。イシスとネフティスも宴に出ている馳走を用意をしたのだ。


オシリスが馳走を少し容器に取り、少し酒もちまちまと飲みながら食べていると、何やら少し遠くを見ているようにボーッとしているセトに気付いた。

気に掛かったオシリスはセトの所へ近寄った。


「…どうした…?食欲が無いのかセト?」

「…ぉ、おぉ兄上!別にそんなんじゃねぇ!なんだよ俺何か変かよ?ははは…」


ほら!食うよ!とおどけるセトの様子は、鈍いオシリスから見ても明らかに何かを誤魔化しているように見えた。

しかし、オシリスはそれ以上触れることは無かった。

そうか、ならいいさ。と告げると再び元の場所へと歩いて行った。その足取りは少しふらついている。



「……はっ…何も心配する事じゃねえな…大丈夫だろ…俺が王位を継げる…大丈夫だ……!」

セトは自分の盃にビールを注いでそれを一気に飲み干して馳走に手を付け始めた。

すると、背後から妻のネフティスが現れた。顔色がよくない。


「セト兄様…私は部屋に戻って寝るわ…なんだか疲れてしまったの…」


「あぁそうか分かった…だが、途中で起こしに行くかもなぁ…」


「っ…遠慮します…!」


ネフティスはセトの下品な発言に頬を赤らめて颯爽と部屋へ戻って行った。


「……つれねぇ女だ…ったくよぉ……」 


ネフティスを目で追った後、セトはぶっきらぼうに盃をビールで満たして再び飲み干した。



宴の終盤に差し掛かった辺りに、イシスが神々が食べ終えた皿を片付けている最中、オシリスがイシスの所に次の食べ物を頼みにやってきた。イシスは麦の香りに眉を潜めた。


「あらあら…もぅ…私の忠告をちゃんと聞いていたのかしら?そんなに酔って…貴方はもうおやすみなさいな?」

「すまないな…私は…限度がいまいち…掴めないからな…言葉に甘えさせて…もらうよ…」


「私もすぐに行きますわ。」


イシスは優しく笑いかけた。


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