生誕
前半〜中間ぐらいは何か昼ドラです。神話って意外とドロドロしてるものです。
あとアレンジもありますが、結構事実もありますので「うわーお前マジでちょっとププー」みたいな目はやめましょう。泣く。
原始には当たり前に水があった。
水しか無かった。
その水も人々の思う美しき水には見えない。いや、本来はとても透き通り、美しいのだろう。しかしその水も歪んだ闇色と見せる。
水の神、【ヌン】は謂う
「暗き世だ」
彼は、『暗き世』に眉を眉間に寄せた。
現れた彼は不満げに歪んだ闇色から這い出た。
―本来は美しき物…
彼は鬱蒼として水面に指で触れる。
闇は円を幾度も描いた。
「光が欲しい」
ヌトは水面に独り言のように請うと1分もいたのかいないのか、自らに似た姿へと還えった。
ヌンが還ってから幾百万年。
闇が静かに色の変化をした。
ヌンのいたと思しき水面から色の変化があった。
見えたのは闇に似た色の多大な細かい粒子が凝縮したもの、即ち『原初の丘』が現れた。
その上には赤い光。
視力を焼かれそうに眩しいそれは、ヌンのように意思があった。
―我は原子…即ち【アトゥム】
自らをそう称した神アトゥムは、辺りが確認出来るようになるほど照らした。
水で埋もれた世界。アトゥムは思う。
―我では足りぬ…
まずは、ヌンやアトゥム以外の【神】を作る事とした。
アトゥムは、自らの立つ【原初の丘】に二度の唾液を棄てた。
唯一の【土】に染が黒く広がった。
十秒も経たぬ内に唾液の様子に変化があった。
見る見る内に骨が立ち上がり、肉が骨から湧き、その中に必要最低限の臓器を実らせ、肉の上に皮膚が被せられた。
我々に似た色違いの【兄弟】が生まれた。
アトゥムは笑う。
「我は原子、汝は大気、大気無くしては【生】は無き。以後、乾気の汝は【シュウ】、湿気の汝は【テフネト】と名乗るべし。」
二つの染は、一糸纏わぬ裸で現れた。
シュウの姿は緑。
テフネトは赤い。
その様子を見たアトゥムは、それぞれに【属性】を与えた。
シュウには風を、テフネトには火を、そして自らには無を…
無となったアトゥムは、異形なる自らの存在を、【この世】と【同化】しようとする。
しかし、自らを消せば、光も消える。そうしない為に、光は残す事にした。
それが、アトゥムの【分離】の存在、【アトゥム=ラー】だった。
彼は、アトゥムの代わりに光、【太陽】となった。
それからすぐ、アトゥムは【この世】と【同化】し、消滅した…アトゥムが【同化】をして幾年、【この世】はアトゥムであり【太陽神ラー】であるものに照らされ続けていた。
【この世】に今存在するのは、シュウとテフネト、太陽として照らすラー、初めの水ヌトのみだった。
最も、ヌンとラーは人らしき姿を持たぬ故、正しくはシュウとテフネトしかいない。
―このまま存在するだけでは何も始まらない。
こう思った二人は、【夫婦】と謂う形を作り、自らがそうなった。
こうして、彼らは【生命】を作り始めた。
夫婦となった二人は、子を二人産んだ。男は【ゲブ】、女は【ヌト】と名付けられた。
兄妹が生まれ落ちて早幾十年、シュウは辺りを見た。
『原初の丘』以外に【大地】と【天空】が無かった。
―これではこの丘さえも消滅してしまう
そう思ったシュウは、ゲブに【大地】の役目を与え、ヌトに【天空】の役目を与えた。
既に夫婦となっていた二人は忠実に役目を果たしていた。
しかし、二人の神はとても仲の良い夫婦、離れて大地と天空の役割を果たすのも束の間の事になる。
その掟を知らぬ顔で二人は寄り添い合っていた故、天と地は無いも同然だった。
大気は天と地の間を滑る為にかように同位されればシュウは道をふさがれてしまう。
「これでは地上を通れぬ。」
シュウは苛立ちを覚えた。
幾度もシュウは彼らを離した。だが、目を離せばすぐに天空と大地は混沌となった。
「全く嘆かわしき事よ…仲睦まじき事は悪しき事ならず。だが、お前達は【天空】と【大地】。お前達が離れぬ限り、人は存在する事は叶わぬ。我が母であり父である『アトゥム』の思いを何故邪魔をするか…!」
シュウは怒り、力任せに二人を引き剥がした。
「ヌト…!!」
「ゲブ兄様…!」
ゲブはヌトの手足を掴む。
シュウは尚も引き剥がしながら大気として進み続けている。
これが、空が丸い理由だった。
天空の女神ヌトは、引き剥がされる前に兄であり夫であるゲブとの間に子を身籠もっていた。
しかし、天地の開発を邪魔をしたヌトとゲブにアトゥムは罰を与えていた。
「忌み子の子など末に禍事をもたらす事であろう、我が支配せし360の日数のうちに子を生むことを禁ず。」
当時の世の1年は360日しかなく、即ち
「生む事」を禁じたのだ。
「孕みし我が子に逢えぬ事が、どれ程の苦痛と存じましょうか祖父よ…?荊に巻かれるなど苦にもならぬ程の苦痛を私に与えるのですか?」
これにヌトもゲブも嘆いた。如何にしてでも産みたい。この世の行く末を見せてやりたい。だがそれも叶わぬ幻となって溶け墜ちる。
ゲブに雨が降り落つる。
涙の落ちる夜を迎えると、何処から現れたのか、鴇の頭を持つ知恵の深き神【トト】がヌトの前に現れこう述べた。
「雨を治めてくれませんかヌト様。先程から頬が冷たくて仕方がないものでして…アトゥム様の支配なさる時は360の日ならば、他の時を私が支配致すのは如何でしょうか?いえ、真に私事な理由で申し訳ございませんが、この冷たい雨を止ませて欲しいものでありまして…」
トトの口調はとても優しかった。しかし、確かに確信を持つ声だった。
ヌトが願うと、トトは優しく笑い、時を支配せし月の元へ翼を動かした。
ヌトが見たトトと月は、問答勝負をしている様子だった。ヌトとゲブはやっと子を産めると安堵した。知恵の深き神に月が敵う筈など無い事を知っていたからだ。
「月よ、私は今確かに勝ちました。約束通り【時の支配する権利】を私は頂きます。ですが、この事は誰にも公言すべき事ではありませんよね、ですから以降、貴方は二度と喋る事は無く天と地を照らすだけの役目を果たして下さい。…申し訳ありませんね、新たなる【神子】の【聖誕】の為にご協力お願い致します。」
そして、月は潔く口を閉ざしたのであった。
トトがヌトの出産の時を与えたお陰で5日の日が増えた。
第一の日に生まれし【神子】
オシリス
第二の日に生まれし【神子】
ハロエリス
第三の日に生まれし【神子】
イシス
第四の日に生まれし【神子】
セト
第五の日に生まれし【神子】
ネフティス
【時の支配】を得たトトにラーは何も言う事は出来ず、渋々と受け入れた。
しかしその【時】は実に中途半端なものであったゆえに、4年に1度【閏】を入れなくてはならない事にラーは気付いた。
ただでさえ知恵の神が【時】を支配してしまい恥を掻いたと言うのに更に【閏】という複雑な年を入れなくてはならないのはラーにとって不服で仕方が無かった。
ラーはあまりにも不快に感じたので、一番忙しい人間の世の【閏】を無くし、365日と公言した。
「さすがに時が狂うのではありませんか?ラー様。」
「ならば人間に知恵でも与えておけばよき。それに我には関係の無き事よ。我は老いた。あの【忌み子】の一人を私の元で動かせよう。これから我は【アトゥム=ラー】ではなく【太陽神】でありつづけよう。」
「神に老いはありませんよ、【ラー】様。」
こうして、【原始】が生まれ、【聖戦の神子】が生まれた。
そして、これより語られる話は、【神子達】の哀れなる人形劇-グランギニョル-
今、古の【神話】が蘇る。