簡単に言えば性格の不一致
お茶会と言えば、だいたいの人間は、丸テーブルに色鮮やかな菓子や花が飾られ、繊細なソーサーとティーカップに注がれた紅茶を優雅に飲みながらするものと思われるだろう。
いや、私たちのお茶会も、親などが見ているときはそんな感じだ。
しかし、二人きりでのお茶会が増え始めた頃から、このお茶会は名ばかりとなった。
四角いテーブルには、これでもかと書類があふれ、置かれるのは無骨なカップ。中身はコーヒー。
「どうするよ」
「どうこう前にどうにかなんのか?」
私たちは政略で婚約を結んだ。愛とか恋とかは、芽生えるならそれはそれで良いのかもな。くらいの緩い感じで、二人とも重要視してなかった。
「よもや、互いの両親が、別方向でだめすぎるとか、収拾つかないだろこれ」
「せめてまとめられればまだ増しだった。いや、犯罪ギリで止まってるから増しっちゃ増しか」
不穏なことを言うが、実際ギリギリお目こぼしで犯罪じゃないかもなー。という、限りなく黒に近いグレーライン。
「いっそ、内部告発する?」
「家がつぶれたらそれこそどうにもなんないだろ」
「あー。そのさじ加減が難しい」
彼のおうちは、飲む打つ買うの三拍子はそろわなかったが、飲んで博打に身をやつす、だめな親だった。
そろそろ借金がやばい。
爵位を売って、土地を売って、それで何とかまかなえる程度まで膨れ上がった。
しかも、闇金に手を出したのに気が付いて、前回のお茶会で話し合い、きちんとした金貸しから金を借りて、とっとと返済した。
借用書も取り返して、事なきを得たのは、本当に僥倖だった。あと、若い私たちが平身低頭で、お願いしたせいか、快く引き受けてくれた金貸しに感謝である。
さすが、店先の大通りで、成人前の子供が土下座するときくね。
しかし、頭が痛いのは彼の両親だけではない。うちの家族も同様だ。別方向だが。
うちの家族は浪費家だ。いや、爵位を考えれば、多少の浪費は許される。
だが、うちの両親は、身代傾ける勢いで浪費し続けている。
服に宝石までならまだわかる。投資とか言って、分からない絵画を買ったり、壷を買ったり、家具を買ったり、使い道のない鎧や剣や槍や盾を揃えたり。
それを維持するための人を雇ったりと、金を使うためには何をしても良いと考えているのではないかと思うくらい、息を吸うように金を使った。
きっとおそらく今現在も浪費されているだろう。恐ろしい。
「誰にも迷惑にならないなら、いっそ平民になりたい」
「そうだな。いっそ両親など闇ブローカーに売りたい。使えなさそうなので諦めたが」
一考したのか。とは言わずにおいた。
この広げられた紙がすべて借用書なのだ。そろそろ払いきらない。
私たちだって、子供の身でがんばったのだ。
「何でお前にあってしまったんだ」
「本当に出会いが悪かった」
我々は前世持ちだった。だから無駄に我慢強く、政策にちょこっと口を出して、少しだけ利益を上げたりした。
だが、借金は減らなかった。なぜなら、上がった倍、互いの両親は使ったから。
いっそ暗殺できないかと、暗殺計画を立てたこともあった。
殺すために借金が増えるのを容認するか、とりあえず生かしておいた方が痛手が少ないかで、結論が出ず、放置した結果が現在である。
そう、私たちは、聡すぎたが、小賢しい程度だった。天才でも秀才でもない。凡人な前世持ちなど、たいしてできることなどない。
あきらめは早い方が痛手が少ない。しかし、同士を見つけた私たちは、ちょっと、おそらく頑張りすぎたのだ。
「今思えば、暗殺計画は推し進めるべきだったな」
「ああ。暗殺依頼料分くらい借金されたからな」
前世があろうと今の親はやっぱり自分の親だ。などと、甘さを見せたのがいけなかったんだろう。
「後のこるのは」
「気は進まないが身売りか」
「最後の親孝行と思おう」
「内情見れば、問答無用で縁切りだろうしな」
この状態に一個だけ希望がある。
それは、前世の記憶持ちを保護する法だ。保護されれば、私たち自身がどうなるか分からないが、お金が支払われる。平民からすれば結構な金額なので、平民に生まれると、前世持ちは漏れなく、城に保護の名目で送られた。
「出来れば保護後の状況を仕入れたかったけど」
「ないのは逆に良いんじゃないか。平和に暮らしてるとか姿も見ないのに言われんのも怖いだろ。裏ありそうで」
そう。この保護法、保護された前世持ちがどうなるのかさっぱり分からないのだ。お金は払われてるのは確かなんだけど。
「まあ、互いの両親の借金が、めでたく、爵位、領地を凌駕した記念だ。もう諦めよう」
「付ける薬さえあれば」
そんなものはありはしないので、諦めよう。あったら、頭からつけ込む勢いで買い込むけど。それこそ借金してでも。
さめた泥のようなコーヒーを飲み込むと、彼は疲れたように笑う。
「実はこれが分かったんで、今日の茶会にあわせて、迎えに来て貰うようにしてあるんだ」
意外に準備がよろしいな。
「なら、我らが新しい門出に乾杯」
空っぽになったカップを掲げると、彼は不器用に笑うと、カップをあわせた。
こつんと厚い陶器独特の鈍い音がして、なんだからしいと笑ってしまう。
まあ、仕方がない。私たちは、とことん親とあわなかったのだ。
諌めても宥めても現状を説明してもだめだった。
「なあ、もしかして、こう言うのも性格の不一致というのかな?」
私の言葉に彼はきょとんとして、それから言葉をかみ砕き、何をさしてるのか気が付くと、声を押し殺しながら笑う。
「いや、確かに、そうなのかもな」
だって、私たちはついぞあの浪費につき合えなかったし、両親は私たちにあわせられなかった。
きっとこれも、性格の不一致というのだろう。
「あ。お迎えがきたぞ」
彼が当たり前のように手を差し出してくる。その手を取るのを私は一瞬だけ躊躇った。
おそらく今生の別れだ、ここで断ち切った方がいいのでは。
そう思いはしたが、ここまで戦った戦友と、最後の凱旋だ。ここは一つ、二人で堂々と行くべきだろう。
「後少しだけよろしく。相棒」
「出来れば、少しにはしたくないんだけどな」
「ここでそれは卑怯だろう」
「言うチャンスが今しかなかった」
「それもそうだ」
私たちはぎゅっと手を握りあって、迎えの馬車に乗り込んだ。
後は野となれ山となれ。
浪費家の両親も、ギャンブル狂いの両親も、きっと何とかなるだろう。
生きてさえいれば。
性格の不一致です。
ええ。
この二人は大変良いコンビですけどね。
最近長い話を書いてないので、ことごとく名前が出てきてない気がします。