缶詰と戦車兵
前作完結させてから、あっという間に半年経ってしまいました……。
今書いている長編に行き詰まったので、今回は気分転換も兼ねて短編にチャレンジしてみた次第です。
ハッシュは生い茂った木の葉の間から、澄んだ夜空を見上げた。
太陽が地平線の向こうに沈んでから、それなりの時間が経つ。辺りに満ちるのは虫の声だけ。臓腑が縮みあがる爆撃機の音も、耳の奥で長く尾を引く迫撃砲の音も、今ばかりは聞こえない。
空からの目を避ける必要はないだろうなんて言ったら、額に青筋立てた内地の将校に呼び出しを食らうだろうか。
でも今日くらい見逃してくれたっていいはずだと、彼はそう言いたい。
最近、敵の偵察機は昼間に堂々と姿を見せて飛んでくるようになった。対する自軍は高射砲すらろくに上げられないような有様。敵さんからしてもリスクの多い夜間飛行なんてわざわざする理由がないのだから、これくらいの贅沢は許してくれるだろう。
「曹長、缶詰取ってくださいよ」
「上官を顎で使うな」
「缶詰を要請します、隊長殿!」
「うるせえよ」
生意気な部下に言い返しつつ、ハッシュは車体の外側に括り付けた荷物に手を突っ込んだ。
中をまさぐった手が、お目当てのものを探り当てた。ああ、あったあった。これだ。「ほれ」と自分が放った缶詰を両手で受け止めたジミー・ホーブ二等兵は、色味の消えた缶のラベルを見て目を輝かせていた。
「さあて、奴さんたちがどんなマズい飯食ってるか、いっちょ偵察といきやすか!」
「豆以外なら何でもいいさ……」
嬉々として缶切りを振るい出す若造を横目で見つつ、普段は無口なサイモンがぼやく。戦車に乗り込めば常に砲手の席から動こうとしない彼だが、焚火の灯りに照らされた背中だけ見れば、いかにもその辺にいそうな中年と言った風情を漂わせていた。
支給される戦闘糧食にモノ申したいのは自分も同じだ。いつになっても豆とソーセージ、それと硬い黒パン。来る日も来る日も同じメニューに慣れ切った舌は、カーキ色の包みを見るだけで食欲が失せる始末。
ジミーが今まさにこじ開けようとしているのは、そんな中で手に入れた異国の食べ物。例え似たような味だったとしても、その新鮮さこそが最高の調味料になってくれるだろう。
そう。今夜の彼らは一味違うのだ。
なんと言っても、これから食す缶詰こそ、道中で見つけた敵戦車から奪った一品なのだから。
この黒く煤けた缶詰は、彼らが死闘の末に勝ち取った戦利品……などと言えたらどれほど良かっただろうか。
残念ながら、彼らにそんな力はありやしない。戦車小隊の名前だけは一人前でも、近くに停めてあるのはたった一輌の小型戦車のみ。他の車両はどこを探しても姿は見えず、彼らの目となるはずの歩兵もいやしない。唯一残された愛車だって、旧式もいいところの小さなオンボロという始末。
本部からは大仰な命令こそ受けているが、勇猛果敢な戦果など彼らに期待されているはずもなかった。今日手に入れた缶詰も、道端に放棄されていた哀れな敵戦車の残骸から拝借してきただけのことである。
でもまあ、戦利品は戦利品だ。
擱座した敵戦車から救出した缶詰は、いずれも業火に晒されたせいで真っ黒だった。表面に印字されていたはずの文字はもちろん読み取れなかったものの、奇跡的に少し膨れ上がったくらいで、原型を留めていてくれた。
なあに、どうせ火を通すのだ。多少焦げていようが、熱で缶が膨張していようが大差ないはずだ。
スプーンやフォークとセットになった缶切りで、ジミーが格闘すること数分。ようやく蓋が開いたのだろう。よっしゃ、という声が焚火の向かいから聞こえた。
「中身は何だった、ジミー」
食い入るように缶詰を凝視していた若造は、途方に暮れたようにこちらを見上げる。
「ハッシュ隊長。……これ、なんすかね?」
「中もダメだったか?」
「いえ、一応食えそうではあるんすけど。……肉?」
若造が差し出した缶詰を覗き込む。確かに、四角い缶詰なんて中々見かけないとは思っていたのだが……。
「……多分、ランチョン・ミートだな」
「ランチョン・ミート?」
「第二連隊の奴から聞いたことがある。連中、ソーセージの中身だけ抜き取って缶詰にしたそうだ」
「じゃあ、これただのソーセージってことじゃないすか。つまらん」
一転してしょぼくれた顔をしたジミーの肩をポンポンと叩いて、ハッシュは苦笑する。
弟と言うにはいささか歳の離れすぎた彼。自分には、どうにも隣の県に住んでいた甥っ子に重なって見えて仕方ない、……なんてもちろん口には出せやしないが。
せっかくだから、彼には少し多めに分けてやろうか。分厚く切ればハムステーキのように見えなくもないだろう、たぶん。
もう一つの缶詰――今度は背の高い円筒形だった――に取りついた若造に背を向けて、彼は車体の側で作業をしている砲手の方に歩いて行った。
最低限の偽装のために迷彩網を乗せた戦車は、どことなくガラクタでできた小山のようにも見える。エンジンを切って少しばかり時間が経っているから、外板はもう冷え切っていた。ひんやりとした装甲に触れながら、ハッシュは低い声で砲手に問いかけた。
「どうだ。こいつ、まだ動けそうか」
「こんなオンボロ、走るだけでめっけもんです。ま、良くて一戦、エンジンが保ってくれたらいいんですがね……」
「……できることは全てやったんだ。切り上げて飯にしよう」
了解、と唸ったサイモンは、自衛用の短機関銃を抱え上げた。
戦車も銃も、整備するには部品が足りやしない。なけなしの保守品は、もっと大きくて強力な主力戦車に持っていかれてしまった。だから、今の彼らにできることと言えば、点検を普段よりも念入りにするくらい。せめてネジの増し締めくらいはしておこう。
旧式の小型戦車が、一輌だけ。増援が来ることもなく、彼らに残された戦力はそれですべてだった。
それが何を意味するのか、分からない程バカじゃない。
重苦しい中年二人の沈黙は、けれど焚火の側から聞こえた若造の喜びの声で立ち消えた。
満面の笑みをこちらに向けて、ジミーは「隊長! おやっさん!」と呼びかける。徴兵される前は町工場にいたと言うサイモンと二人、機械油で黒くなった顔を突き合わせて笑った。
「何だよジミー。その様子なら、当たりか」
「どんなお宝だい。見せてみろよ」
面倒な思考はもうやめだ。二人は若造の掲げた缶詰を覗きに向かった。
彼の手に握られた真っ黒な缶詰の中に、シロップに浸かったパイナップルが見えた。
敵さんまさか、パイナップルなんて糧食にしているのか、とか。缶が煤ける程燃やされたなら煮えたパイナップルなのか、とか。そんなことはどうでもよくて。久しく見なかった鮮やかな黄色に、ハッシュは部下たちと顔を綻ばせた。
*
料理を作る音が、昔から好きだった。
鍋がコトコトと陽気に歌い、スプーンはカチャカチャ音を立てた。
お行儀などというものは、戦場では一番先にかなぐり捨てるべきである。自衛用の短機関銃は立てかけられたまま持ち上げられる気配もなく、今は武器より食器の出番といったところ。
近くの民家で鍋を借りられたのは僥倖だった。お陰でこうして三人分のスープをいっぺんに作ることができる。別にいつもの飯盒で作っても良かったのだが、そこはそれ、雰囲気の問題。やはり鍋に勝るものはない。
あの家の主人に礼を言わなくてはな。そう呟いたハッシュに、部下二人は深々と頷いた。
……あの無人の、壁が崩れて荒らされた廃墟に、果たして主が戻ってくる日は来るのだろうか。そんないつかが来た時のために、彼らは〝ありがとう〟と短い書置きを残してきた。
幸運にも、彼らの食料は潤沢だ。
煤けた戦利品の他にも、慣れ親しんだ自軍の糧食まで持っているからである。
通りかかった部隊から、余り物のレーションを分けてもらえたのは昨日のこと。所属もバラバラ、将校の姿は見えず、軍曹が指揮を執っていた混成部隊は、負傷兵たちを抱えて南へと撤退するところだそうだ。
貴重なはずのレーションがどうして余っているのか、誰も聞くことはなかった。食える口が少なくなれば、その分備蓄の消費も減る。ただそれだけの事。
まったく、弾薬も同じであればいいのに。皮肉にも、あちらは何故か消費が激しいのが不思議だった。
いつも食べているジャガイモは、銃剣で適当に切ってから、豆と一緒にスープへ突っ込んだ。
黒パンは紙の包みを破り捨てた。
チョコレートは鍋をかき混ぜながらつまみ食いした。
残るは、ランチョン・ミートとかいう肉の塊。
どうやって食べればいいのか誰にも分からなかったので、三人で頭を付き合わせた作戦会議の挙句、飯盒の蓋で焼くことにした。
「……うまそうっすね」
「こいつはいけそうだな……」
火にかけてしまえば、あちこちへこんだ蓋も、ちゃんとフライパンの役目を果たしてくれた。
ジュウジュウ焼ける音は妙に食欲をそそる。ジミーは先程から片時も目を離そうとしないし、サイモンも煙草をふかしながら様子を伺ってばかり。ハッシュもまた、自分の視線がちらちら吸い寄せられてしまうことに気付いて苦笑する。
スープに塩を一つまみ足した若造を眺めていたら、ハッシュはふと、彼の故郷の話を思い出した。多分、鍋をかき混ぜる彼の姿が妙に様になっていたからだ。
「……そういやジミー。お前、実家が食堂だったか」
「隣んちっすよ。ま、兄貴と二人でだいたいそこで飯食ってたんで、半分実家みたいなもんですけど」
ジミーの故郷である北の町には、既に敵が駐留しているとの噂だ。本土決戦における最初の要所であり、だからこそ一番はじめに陥落したとも。
少年時代のジミーが食事をとっていたという食堂も、今はどうなっていることやら。それとなく若者の顔色を窺った隊長だったが、当のジミーはけろっとした顔で「そうそう」と続けていた。
「こないだの、食堂の一人娘が美人さんだって話の続きですけど」
「……美人? 初耳だ。どうしてそういう大事な情報を黙ってたんだお前は」
目をしばたたかせる。話の続き? そもそもそんなこと聞いた記憶は欠片もない。
「えー、話したじゃないすか。脳みその皺が全部オデコに行っちゃったんじゃないすか、隊長」
「……知らんな。サイモン、覚えあるか?」
「それなら、隊長と俺でいつもの飲み比べをした時でしょうなあ」
失礼な物言いを無視して眉間の皺を深くしてみたものの、やっぱりそれらしき覚えはなかった。
と言うことは、きっとサイモンの言う通り酒をたしなんでいたときだろう。あれをするとたまに記憶が飛ぶから、どうせ泥酔しながら聞いていたに違いない。
仕方ないなあ、と言わんばかりに若造が首を振っている。相変わらず生意気なやつめ、後でこいつの皿からランチョン・ミートをかすめ取ってやろうか。
「クレア・メンデル。俺の一個上なんすよ。……美人なんすけど、そりゃあもう、腕っぷしの強いのなんの。ガキの頃、俺と兄貴はしょっちゅう泣かされてましたよ」
ジミーが器用に鍋を傾け、各々の飯盒にスープを注いだ。ジャガイモと豆、あとは水を目分量の簡単な塩スープ。どうせ男の野外飯なんてこんなもんだ。
「俺が十二の時でした。いつもみたいにクレア・メンデルと、兄貴と俺の三人で遊んでて……。俺、奴さんをなんかの拍子に泣かせちゃったんす。……なんでそんなことになったんでしょうね、それが思い出せないんですけど」
湯気の立つ飯盒を受け取って礼を言いながら、ハッシュは耳を傾ける。
「ただ、すっげえびっくりしたのを覚えてます。まさか、あのガキ大将がわんわん泣くなんて思っちゃいなくて……。あと、兄貴にしこたま殴られた」
戦況の悪化に伴って徴兵されたというジミー。今だって、青年と言うにはあまりに頼りない年頃の彼は、もしかしたら、その時のことを思い出したのかもしれなかった。ボサボサの髪ごと、自分の側頭部に手を当てていた。
「そんでしばらく経って、俺が軍に入ることになって……」
サイモンがランチョン・ミートを無言で取り上げる。各々の蓋に取り分けて、……もちろん一番分厚いのはジミーのところに収まった。
「翌朝出発って日の晩飯を、俺はやっぱり、クレア・メンデルの店で食いました。いつの間にか、あのガキ大将がエプロンつけるようになってて、シチューだって奴さんが作るようになってた」
飯盒の中を満たした、透き通った色のスープを眺める彼。倣って飯盒の中を覗き込めば、適当に塩で味をつけただけのそれに、食べたこともないシチューの色が見えるような気がして。ハッシュは思わず、分かり切ったことを呟いてしまった。
「……美味そうだな」
「最高のシチューでしたね」
帰ってきたのは、簡潔な一言。その裏に幾重もの感情を纏った、彼の答えだった。
「……クレア・メンデルが泣いてるのを見たのは、ガキの頃と、あの日だけ」
再び顔を上げたジミーは、覚悟を決めた男の目をしていた。
「敵に侵攻される直前に、奴さん俺に手紙を寄越したんですよ。〝南に疎開する。まずは首都の叔父を頼るつもりだ〟ってね」
めったに表情を変えないはずのサイモンが目を丸くしていたし、きっと自分だって同じ表情をしているはずだ。しばらく脳裏に若者の言葉を反芻させて、いつしかハッシュは自然と笑みを浮かべていた。
「……じゃあ、守らんとな」
「ええ。守らないと」
「なんなら缶詰の一つや二つ、敵から奪って土産にしてやればいいさ」
隊長の呟きに、若者が頷き、砲手はニヤリと笑う。
三人の目と鼻の先に広がる首都。そこへ着々と侵攻を続ける敵軍。
嘘か誠か、上層部は尻尾を巻いて南へ逃げ出したとか。散々爆撃に晒されたあの町にはもう瓦礫しか残っちゃいないとか。自分たちに下された命令が首都の死守であるとか。
今日見た敵戦車の残骸は、噂を裏付ける象徴みたいなものだ。破壊され、打ち捨てられたとはいえ、それが首都に近いあんな所まで迫っているような戦況なのだから。
けれど今の彼ら三人にとって、そんなことは些末な問題であった。
「食うか」
「食いましょうや」
「俺、腹減って死にそうっすよ」
それぞれが思い思いに、湯気の立つスープや、黒パンや、ランチョン・ミートを掲げて。
「クレア・メンデルと缶詰のために」
にい、と笑って掲げたスープ。ジミーもサイモンも、すぐに隊長に続いてくれた。
「クレア・メンデルと缶詰のために」
ある者は一気にスープをすすり、ある者は黒パンを頬張って。
意気揚々とフォークを突き刺して、ランチョン・ミートを頬張ったジミーは、一拍置いて叫んだ。
「うっわ、しょっぺえ!」
「パイナップルの缶詰があるんだろう? あとで口直しだな」
顔をしかめた若造を見て、ハッシュは思う。
将軍でも総督でも神様でもなんでもいい。彼に缶詰を持たせて、クレア・メンデルの元まで無事に送り届けてほしい。冷静で、しかし確かに狂っている世界であっても、それくらいの願い事、聞き入れる程度の救いはあってもいいはずだ。
とりあえず、まずは明日。クレア・メンデルへの第一歩。
明日の夜、もう一度この三人で与太話ができることを、ハッシュは心の底から願った。
*
案の定、そんな願いが叶うことはなかった。
隊長も、砲手も、若造も。誰だって分かっていたのだ。随伴する歩兵もいない、あんな旧式の小型戦車で渡り合えるほど、敵は甘くないのだと。
敵は大砲を振りかざして、まるで瓶のような太さの砲弾を雨あられと撃ってくる。それなのに、こちらにあるのはちびた鉛筆みたいな弾を撃ち出す機関砲だけ。こんな豆鉄砲をペチペチ撃ち込んだところで、一体どうして敵の分厚い装甲を貫けると言うのか。
それは結局、彼らの国がこれほどまでの窮地に追い詰められていた証左であり、自分を含めた兵士たちを、上層部が捨て駒として使った結果であることも、彼らは自覚していた。
それでもあくる日、彼らは愚直に戦った。
隊長の機転で敵戦車の一輌を溝に落として行動不能にし、砲手は意地の集中砲火で一輌の履帯を破壊した。周囲で跳ねまわる砲弾の嵐と、酷くなる一方の耳鳴りに耐え続けた結果、一周回ってハイになった彼ら。ひときわ大きな衝撃がオンボロ戦車を襲ったのは、その直後のこと。
覗き込んでいた照準装置から目を離し、逃げろ、と叫んだ砲手。振り向いたその顔を見た次の瞬間、薄い装甲板ごと、彼がもぎ取られていった。
砲弾が車内で炸裂しなかったのは、単にオンボロ戦車の装甲が薄すぎたからでしかない。けれど、砲手と照準装置と、その他一切合切を失った彼らにとって、あまりに致命的な損傷。
ガタの来たエンジンを吹かしに吹かし、最大戦速で走行中だった愛車。その速度を制御できず、残された乗員は思い切り振り回され、小柄な車体はそのまま横倒しになって止まった。脱出するためのハッチを隠して敵に腹を向けた愛車は、まるで最後の力を振り絞って乗員を守ってくれたみたいだった。
隊長と二人必死にハッチから這い出して、しかし自分は隊長に突き飛ばされることになる。
血と油にまみれた形相に行けと怒鳴られ、胸に押し付けられた何かを確かめることすら忘れ、自分は彼の示した方へ駆け出した。そうすることしかできなかった。
崩壊した建物の方へ走る自分の後ろで、自衛用の短機関銃をばら撒き続けた隊長の叫び声。それもまた、途中でぷっつりと途切れた。
そこから先、自分はどこで何をしていたのか覚えていない。気付いた時には両手両足をすりむいて、持っていた銃はどこかに失くしていて、一人、溝の中ですすり泣いていて。
そのわずか数日後、戦争が終わった。
自分はしばらくそれを知らず、最後に押し付けられた黒く煤けたランチョン・ミートの缶詰をしっかり胸に抱えたままで、相も変わらず彷徨い歩いていた。
なんだよ。ランチョン・ミート、もう一つ隠してたんじゃないすか。
あとになって終戦を知らされた時、自分はそれだけを呟いて、ただ途方に暮れていた。
*
それから、数えきれないほど季節は廻り。
かつての隊長と同い年になったジミー・メンデルは、今でもランチョン・ミートの缶詰を食べることがある。
たいていの場合は、フライパンで焼き目をつけ、パンの間に挟んでサンドイッチにするのだ。
この時、少しばかり厚めに切るのがポイント。付け合わせはピクルスとレタス。ケチャップと粒マスタードを添えるのも忘れずに。
「たまには違う具にしようよお!」
「なんでパパはランチョン・ミートばっかり食べるの?」
ちなみに息子と娘には中々に不評だ。彼らが言うに、どうにも塩気が強すぎるらしい。
正直に言えば、ジミー自身もそこまで好きな味ではなかったりする。けれど、例えば遠出するときとか、例えば家族でハイキングに行くときとか。持っていくのは必ずランチョン・ミートのサンドイッチだ。
もちろん、嫁さんお手製のシチューも欠かせない。大き目の水筒に入れて、パイナップルの缶詰と一緒に乗用車のバックシートへ。
「忘れ物はないな?」
「ありませーん!」
「ねえ、早く行こうってば!」
一体誰に似たのやら、息子は近所で有名なガキ大将。娘は先輩から可愛がられるタイプらしい。自宅兼食堂のドアに鍵をかけたジミーは、定休日の札を扉に吊り下げた嫁さんと二人、子供たちに続いて乗用車へと乗り込んだ。
空は青く、高く広がっていて。今朝の天気予報では良いピクニック日和だと言っていたっけ。
今日は、ジミー・メンデルにとって大切な日。世間では、終戦記念日の数日前に当たる。
これから隊長とおやっさんに顔を見せた後で、墓地の裏の公園に寄る予定。そうしたら芝生の上に敷物を広げて、家族揃ってランチにしよう。
家の鍵をしまおうと鞄を覗き込んだ拍子に、かつての若造は中に忍ばせた四角い容器を見る。
クレア・メンデルを守ってくれたそれを、そっと指で弾いてみた。
黒く煤けて、熱で膨らんだ空の缶詰。
クレア・メンデルを探し出した日、二人で泣きながら開けた、ランチョン・ミートの缶詰。
こん、と軽やかな音を立ててくれたことに満足して、ジミーは愛車のイグニッション・キーを回した。