壊れた心は何処へ?
〝スランプ〟と言うモノがある。どんな事にでも起こり得る物で、スポーツだったり勉強だったり工作だったりと様々な分野で調子が出ない・不調だといったモノ。
文字を書く者であれば何故か一文字も書けなくなったり、絵を描く者であれば色の選択が出来なくなったり、スポーツの分野だとどう走ってもスピードが出ない。
勉強は何故かけだるく感じ、ゲームなどにおいては何をやっても楽しく思えない。そんな現象だ。
そして、スポーツの世界には〝イップス(yipe=「うわぁ」や「ひゃぁ」などといった意味)〟と言うモノがある。
元々はゴルフの用語で、ある日突然上手くパットが決めれなくなったりする事例から名前が付いた症状だ。今では様々なスポーツの世界でも使われ、その言葉自体聞いた事が有る人も居るのでは無いだろうか?
因みに言うと、どうしてイップスが起こるのかは明確な理由が解っていない。なので治そうにもかなり難しい症状……中には克服する為に何十年と駆ける人も居る。
詳しく知りたい人は調べてみると良いかもしれない。中々に興味深い話が沢山乗っている。そして、それらを克服した先達の言葉などもあるので……もし、それらに嵌ってしまった人は見て見るのも良いかもしれない。
因みに、物を書いている人……と言うよりも私の場合だと、他事をやったり長編を書く合間に別の短い話を書いたりして、一度脳内をリセットしたりしている。そうする事で、以外と筆が加速する……のだが、恐らくそれは症状としては軽度だからだろう。
後、読んで頂ける人達にもお願いしたい事が有る。
物を書いている人が〝スランプ〟に陥る際、割と〝読者とのすれ違い〟が有ったりする人も居る様だ。投稿サイトだと感想などでそれらが読み取れるので解る人も居るだろう。
私の場合は好き勝手に書いているので問題は無いのだが、中にはそれで筆を折ってしまう方もいるらしい……個人的に好きな作品の更新が無くなり少し悲しい思いをした事も多々有る。
中々に難しい話だとは思う。私も何でこう書いているのだろう? と思う事が有るから、それを聞きたいという気持ちは解る。まぁ、書き手としても読み手の感想としても、言葉選びやキャラについてとは中々に難しいモノだと実感する次第。
閑話休題
さて、何故この〝スランプ〟と〝イップス〟の二つを上げたかと言うと……此処に一人の男子高校生が居る。
彼は小学生の頃よりピッチャーとして野球をプレイして来たのだが、ある日突然そのピッチングに陰りを見せた。
マウントに立ち投球を行えば、起こる結果は大暴投かデッドボール。余りにも上手く行かないピッチングに彼自身落ち込んでいると思いきや……実はそうでなかったりする。
彼はその原因を自分で理解しているからだ。
その二つの現象が起こる理由の一つとして、精神的な物が最初の原因だというパターンがある。彼の場合、その原因と言うのがあまりにも明確過ぎた。
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男子高校生である彼……名前を東野 新。彼は今、野球部の顧問に退部届を提出している。
「お前……スランプで大暴投するからって退部は早急や過ぎないか? もう少し考え直してだな……」
「いえ、もう決めた事ですので」
「しかし、スランプも直ぐにとは言わんが治る可能性だってあるだろう?」
「それは無いかと、原因は解ってますから」
難しい顔をしながら新を引き留める顧問だが、新の顔から絶対に引くことが無いと読み取ることができ、思わずため息を吐いてしまう。
それというのも、この顧問は新に随分と期待をしていた。彼であればこの高校を甲子園に連れて行ってくれる英雄になれる逸材では無いかと。だからこそ、多少のスランプぐらい長い目を見て復活するのを待つつもりでもあった。あったのだが、新の答えは退部だ。顧問である彼としては落胆するしかない。
「で、その原因と言うのは言えない事なのか? 良ければその原因の排除を手伝うつもりだが」
「排除は流石に無理だと思います。後、割とプライベートな事でもあるので言いたくないというか、言えないというか……」
「そうか……解った。だが、退部届は預かっておくが、治ったらいつでも戻って来い」
「……お世話になりました」
顧問の最後の妥協点として、退部届は預かるが受理はしない。それで何時でも戻れるようにしておくつもりらしい。が、新にとっては部活に行かなくて良くなるのであればなんでも良かった。
これで、部活に顔を出す必要が無くなる。そう考えた新の心は随分と軽くなった。
――――――――――――
さて、新が何故スランプに陥ったのか、それは彼の相棒と言える幼馴染の北川 計也が原因である。
そもそも、新は計也に誘われて野球を始めた。
因みに、新と計也はクラスのお腐れ様方に掛け算されていたりするが……まぁ、それほどに息の合っているコンビだった。
「お前のピッチング凄いな! 一緒にバッテリーを組まないか!」
と言う、計也の遊びの中の一言で、小学生の頃に野球部へと入部したのが始まり。
そして、二人にはもう一人幼馴染が居た。名前を南田 雛と言い、ちょっと小さ目の明るい女の子だ。
彼女もまた、新や計也と共に遊びで野球をやって居たが……当然、男女のソレで同じ様に部活を行える訳が無く、何時しか二人を応援する側へとなっていた。
さて、男子二人と女子一人……比率的に問題が起こらないハズが無い。
小中高と同じ学校へ三人とも進み、同じように野球部へと入る。雛は当然と言わんばかりに二人について行きマネージャーへとなった。
そんな何時もついてくる雛に、新が好ましく思うのは当然の流れだったのだろう。
しかし、新はそこで考えた。自分が好ましく思っているのであれば計也も同じなのでは? と。長い事ともにやって来た相棒だ、変にこじらせるような真似はしたくない。そう考えた新は計也に対して素直に話を切り出す事にした。
「あのさ……雛のことどう思う?」
「あ? 雛か。まぁ、可愛いんじゃね? 何と言うか妹チックでさ」
そんな返事が計也から帰って来た時、新は(あれ? 女としては意識して居ないのか?)と考え、計也に自分の思いを告げて見た。
「そうなのか? 俺、雛の事好きなんだわ。で、もし計也もそうだったらと思ってな。お互いにどっちが取ったとかそういった話にならない様に、事前に話しておこうとおもってさ」
「あー……そうだったのか。大丈夫だ気にするな! 俺は新の事応援してるぜ!」
と、気持ちの良い返事。人が聞けば新が牽制をしたかのようにも見えるだろうが、新たにそんな気は無い。もし計也にその気が有れば、正々堂々とスポーツマンらしく戦おうと考えていただけである。とは言え、計也の返事からして、新は考えすぎだったのだろうと判断した。
そして、新はそんな計也の後押しを受け雛へと告白した。したのだが……。
「うーん……気持ちは嬉しいかな! でも今は野球大切でしょ? そうだ! 甲子園! 甲子園に行けたら堂々と付き合おうよ!」
そんな返事が返って来た。
普通に考えれば可笑しい話だ。だが、長年一緒に居た為に知っている雛の性格。そして、高校野球と言えば甲子園! そんなイメージが有った新は、ソレ自体を雛からのエールだと考え雛に対して「オッケー、なら俺が甲子園に連れて行ってやるよ!」と返した。
雛も雛で、そんな返答をした新に満面の笑みを見せ、「楽しみにしてるよ!」と返したのは……新にとって黒歴史となる。
そう、新はそんな二人に手酷く裏切られたのだ。
何時もの様に部活が終わり、何時もの様に着替え、何時もの様に三人で帰宅……しようとした時、新は担任から呼び出された。
そして、二人に対して「担任から呼び出された。時間が掛かるそうだから先に帰宅してくれ」と言い職員室へと向かった。
そんな担任の話だが、担任が告げたほど時間が掛かる内容では無かった。少し前に新から回収し忘れたアンケート用紙の提出だ。たまたま、新が家の用事で学校を休んだ際に回収したアンケート用紙。それを書いて欲しいという内容だったが、たまたま鞄の中に新はアンケート用紙を入れていた。なので、それを提出するだけ。
そんな訳で、用事が直ぐに終わってしまったので今なら二人に追いつくだろうと駆けだした。
そして、衝撃的な事実と向き合う事になってしまう。
追いつく為にと走った新は、とある公園で二人を発見する。ただし、二人の距離は異常に近い。
あれ? これはどういう事だ? そう考えていると、二人は急激に接近し口と口を合わせたでは無いか。
「え? えっと、親鳥の餌やり? ちぅ? えっと、マジで?」
回転しない頭のまま、新はその場から気が付かれない内に去った。新自身どうしたら良いのか解らかなったからだ。
「二人は何て言ってたっけ? 妹? 甲子園? てか、あれ、キスだよな?」
と、混乱しながら自宅へと戻り、部屋の中でうんうんと唸る。そして数時間悩んだ末に、新に押し寄せて来たのはただただ深い悲しみだった。
別に二人が付き合うのは何の問題も無い。確かに雛の事を好きだったが、彼等との付き合いはその事を祝福出来るだけの長い年月がある。ならば、計也や雛の幸せを祝福するぐらいの技量は新を持ち合わせているつもりだった。
だが、それなら何故言ってくれなかったのか? 俺が言ったからか? いや、そもそも付き合ってるならその事実を言ってくれても良いじゃないか。それとも最近付き合い始めたのか? それなら、前言撤回して欲しいものだ。計也はライバル宣言ぐらいしろよ……と、そんな考えが駆け巡る。
そして、夕飯も食べる気にならず布団の中で悶々と過ごし……寝不足の頭のまま至った答え。
「あぁ、二人にとって俺ってオマケだったのか」
と、普通に考えたら斜めどころか明後日の方向に飛んでいると言っても良い答え。だが、どうしてだろうか。新にはそれが正しいと思えて仕方なかった。
そして、それならそれでも良いかと判断……したのだが、心と言うのは思った以上に本人の考えと違う結論を出す事が有る。
別に大丈夫だ。そう考え部活に出てマウントに立つ新だが、その投球は乱れに乱れた。
どういう訳か、バッターに向かい全力投球をしてしまう。周りの仲間は「調子が悪いのか?」と聞いて来るが、本人としては振り切れたつもりなので調子が悪いとは思っていない。実際は、ただ心が凍り付いているだけなのだが……本人は一切気が付いていない。
ただ、ボールを投げる時……ほんの少しだけその凍った心が解けてしまう。新は気が付いていない、いや、気が付かないようにしているのだろう。彼がボールを投げる際、バッターはどういう訳か計也に見えている。
少しずつひび割れる凍った心。狙うつもりが無いのに狙ってしまう投球によるデッドボール。
何故? 如何して? そう必死に考えるが思い当たる節が無い。いや、考える事が出来れば直ぐに解かる事なのだが、新自身がその事を拒絶している。
一度息を整え、再びボールを握る新。次はストライクゾーンへ、そう必死に考えボールを握る手に力が入る。……それが間違いだと言うのにも拘らず。
何度もデッドボールコースへ投げてしまった新は、ミスをしないよう力み過ぎたのだろう。今度は吃驚するほどの大暴投。
投げたコースはデッドボールどころか、キャッチャーである計也が立ち上がり追いかけなくてはいけないほどのモノ。そんなあまりにもなっていない投球に新は愕然とした。
「あ……あれ? 俺、ピッチングが出来なくなった?」
思わずそう呟いてしまう。
そして再びボールを投げようとすればするほど擦り切れる〝何か〟。それは、新の投球を乱しどうあがいてもデッドボールか大暴投にしかならない。
これが試合でなくて良かった。そう思いながらも、何故だ! どうしてボールがまっすぐ投げれない! と、頭の中で叫ぶ。
そんな中、マネージャーである雛からの声援が飛んだ。それと同時にキャッチャーである計也からも。
その瞬間、前日の二人の行為がフラッシュバックする。
そして、理解してしまう。あぁ、そうか、俺にはバッターが計也に見えているのだと。
更に、デッドボールを投げようとすると心がわくわくする。しかし、そのわくわくが急激に怖くなり大暴投になるのだと。
これではもう、俺は投げる事が出来ないでは無いかと新は理解してしまった。
何せ、投げようとしたらバッターを殺しにかかるか、それが怖くて逃げの大暴投だ。こんなもの選手生命が終わったと言える。そして、その現象はこの学校で計也と同じチームに居る限り続くだろうとも。いや、野球を続ける以上は無理では無いだろうか。
「……少し休んでも良いですか?」
「あぁ、調子が悪そうだしな。何! スランプぐらいお前なら直ぐに脱却できるだろ!」
そう言われた新だが、本人はもうその原因を理解しており、これはスランプなどでは無いと思っている。
イップス……正確には違うが、それに近い何かだろう。トラウマにより引き起こされる解決不能の不調だ。例え原因の二人と離れたとしても、デッドボールとそのトラウマから来る大暴投は治せる気がしない。
それに、野球に対する熱も急速に冷え切ってしまった。
何せ、野球自体誘って来たのは計也であり、更にその火に油を注いだのは雛だ。
その二人が新の中で薄れると同時に野球に対する情熱もまた消えてしまうのは、当然の流れなのかもしれない。
その結果、新はさっさと退部する事にした。
家族にも、部活仲間にもよく考えろと言われたが、新にとって最早野球は楽しいものでは無い。それ以上に、苦行と言える状況になる可能性もある。
当然だが、幼馴染である二人にも声を掛けられた。
「どうしてだよ! 一緒に頑張るって言ったじゃないか!」
「甲子園は! 連れて行ってくれるって言ったじゃない!」
どの口が言うか! と、普通なら思うだろう。しかしどういう訳か新の心は穏やかだ。凪と言っても過言では無い。
「いやさ、どう考えても無理だろう。投げればデッドボールか大暴投だぞ? そんなピッチャーに座らせる椅子なんて無いだろ」
笑顔で返す新に二人は……思わず引いてしまった。余りにも新に未練が無い事に恐怖すら感じた。
「ま、そう言う訳だからさ。俺はリタイアだがお前は頑張れよ!」
そう言って新は二人の前からするりと去った。
そして、二人の幼馴染は何故か新を追いかけることが出来なかった。その為、自分達が原因だとは知る事も出来ず、三人の関係に終止符が打たれた。
さて、そんな新だが……実は彼を見ている人達が居た。クラスに数人居るだろう陰キャと言われる部類の人。
そして、その者は新に何が有ったか的確に知っていた。ただ、ストーカーという訳では無い事は明言しておこう。
その者の一人……まぁ、クラスの女子なのだが、彼女は偶然にもあの公園に居合わせていたのだ。
そして、新の心が壊れかけている事を見抜いてしまっている。何故なら、自身が以前に自らの心を破壊しているからだ。
一度壊れたモノには壊れかけて居るモノが解る。これは道理である。
何時も教室で、部活で、日向の道を堂々と行く新が自分が居る日陰へと歩もうとしてる。
彼女が憧れて病まない日向の道から外れようとしているのだ。しかし、その気持ちは痛い程解る。解るのだが、新が此方に来たとしても彼に居場所は無いだろうと言う事は明確だ。
何故なら新が今まで歩いて来た道は、彼が行こうとしている場所に居るモノにとって眩しすぎるからだ。
「うん、それなら別の場所に居場所を作るべきだよね。でもどうやって?」
長い事、陰キャの道を歩んだ彼女にとってどうやってかなど解りようも無い。
どうせだからこれを機会に一歩踏み出してみる? と、同じ様な仲間同士でこそこそと密談。……とは言え、いい案が出るはずもないのだが。
ただ、新とそんな彼女達が接触し新しい何かを見つけるまで以外と短かったりする。
と言う事で〝ざまぁ〟が出来る人って本当は強い人だよね。
大抵の人って〝ざまぁ〟が出来る程強くない。それ以前に頭が真っ白になってどうしていいか解らなくなってしまう。と思う作者です。
そして、その相手との心の距離が近ければ近いほど、人は壊れてしまうでしょう。
と、此処まででこの話は終わっています。
ただ、最後に救いへの道しるべは用意してます。えぇ、此処まで心を自壊させ凍らせた場合、陽キャでは更に破壊してしまうのではないでしょうか。
とは言え、その逆ですと助けるのは難しい。ならばと出したのが傷のなめ合いになるだろうキャラです。
えぇ、こういったのは同じ痛みを知る者同士で二人三脚・三人四脚でゆっくり歩くのが、病院に通う以外だと一番いい方法かと。まぁ、人にもよりますが。
ま、新の場合は新しい人達と新しい場所を作り楽しくやるでしょうから、きっと問題など無いでしょう。
実は、野球小僧だった理由は特にありません。スポーツで相棒が必要な物だったら何でも良かったw
因みに、スランプとイップスに関して、新の場合は精神的な物から来るパターンで書かせてもらいました。
実際は他にも色々あるそうですよ? 莫大な知識のダウンロードとか、筋肉の酷使のし過ぎとか。本当に色々とありますので気になる方は調べてみてください。
頑張らなきゃ頑張らなきゃ! と頑張りすぎた結果なんてのもあるそうで……バランスって大切ですよね。
そういえば、これってジャンル何になるんですかね? ヒューマンドラマ? 現代恋愛? 一応設定は現代恋愛にしたけど、合ってるのかなぁ?
更に言うと、新しいジャンルへ練習って感じです。なので、【プロローグ短編】と言った感じでしょうか。
まぁ、この後の物語は読んでくれた人に任せます。〝ざまぁ〟を思考するのも〝違う人と恋愛〟させるのも自由と言う事で。