007 角の価値
カッコよく決める!
とはいったものの、実際のところ、どうやら俺はすでにここに来る前に、この問題を解決してしまったらしい。
ベンチの横に転がる8本の角。
「うーん、これどう見ても例の狼の物だよな、やはりこれを村長さんに見せて『倒しました』って報告がスマートなのかな」
自分なりにストーリーを練ってみるも、英雄譚になるような良い案はうかばなかった。
ただふと考えたのが、角だけ見せても狼を倒したという証拠になるかどうかちょっと怪しいってことだ。
「一応狼の死体もここへ運んでおくべきか」
さすがに死体を見せれば討伐済みの決定的証拠となるだろう。
どのくらいの村民が今隣村に避難しているかはわからないが。
避難はあくまで一時的な退避だ、それでも完全に不安要素を排してからでないとこの村に戻すことはためらわれるに違いない。
「不安要素といえば、この8匹が村を襲った狼の群れ全てだといいんだけど、まだ森に残ってた場合は事情が違ってくるよな」
まあ、いまのところ出てこない敵に策を練っても意味はない。
まずは死体を全部ここへ運んでからこの村をどうするか村長さんに聞いてみよう。
というわけでやってきました今朝の戦闘場所。
普通に歩いたら20分以上はかかる距離だが、全速力で走ったら1分そこそこだった。
すげーよ、マジパナイって魔族の身体能力!
地球基準で言ったら馬やチーターの比ではない、自動車レベルのスピードだ。
「さて、普通に考えたらこの重そうな狼を運ぶのは無理だよな、人間基準ならの話だけど」
おもむろに1匹持ち上げてみた。
「ですよねー、むっちゃ軽いですよねー、うんわかってた」
片手で持ち上げた狼の死体は猫を持ち上げる感覚よりも軽かった、ただ大きいというだけである。
「これならサクサク運べるな、しかし魔族の力、ヤバイよこれ」
今の自分の身体能力が魔族の平均値なのか、それとも個体群の中での最強を再現したものなのか。
どちらにせよ、こんな化け物じみた力、人間が束になっても勝てるはずが無い、ということだけははっきりとわかる。
それが群れや軍を形成して人間相手に攻めてるんだとしたら、それは人類滅亡以外に選択肢はない。
先代の魔王を倒したという勇者はどうやって事を成したのだろうか。まともな人間技とは思えない。
いまこうして魔族になった圭だからこそはっきりとわかる、近代兵器でも太刀打ちできるかどうかという強さなのだ。
1200年前の魔王と勇者の戦い、想像もつかないがその勝敗になにか特別な要因があったのでないかと考える。
両肩に2匹担いで4往復、息が切れることもなく狼の死体を全て村の広場へと運び込んだ。
こうして並べてみると壮観だ。
「さて、村長さんを呼んでくるか」
三度目の村長の家。
扉の前に立つは奥田圭、意を決してノックする。
「村長さーん、来ましたよー、通りすがりの魔族ですー」
間の抜けた呼び声だった。
「まさか、本当に来たのか!」
家の中で息を潜めていた村長が驚愕する。
藁にもすがる思いとはいえ、半信半疑でありそこまで期待はしていなかった。
さっきの旅人が魔族をおいかけて会えるかどうか、そしてこの村の事情を聞いて来てくれるかどうか。
どちらかというと不確定な要素のほうが多い、絶対に来てくれる保障などなかったのだ。
だが今こうして現に扉の外に例の魔族がやってきたのだ。
あの旅人が言っていた『魔族と正反対の魔族』が。
領主様に頼んだ討伐の応援、領兵を派遣してもらったとしても村民が100人程度のこんな小さな村に、領兵を割いてもらえる数なんてたかが知れてる、ましてや一角狼の群れの討伐なんて領兵100人どころか200人いても互角に渡り合えるかどうかなのだ。
おそらく視察兵を数名送り込む程度でそれ以上は期待できないだろう。
それにもし領兵による大々的な討伐が成されたとしても、問題はその後だ。
収穫を控えた大量の麦、それを収穫する若手の男衆が狼に多くやられた、人手不足でまともに収穫ができるかどうか、領主様に徴税される税は現物の麦で支払われる、事情がどうあれ遅れを待ってもらえることなどない。
さらに討伐遠征費の負担分として今回の税にさらに上乗せされるだろう、ここの領主様というのはそういう人物だ。
どのみちこの冬をまともに越せないくらいの事態になることは避けられない。
ならば、領主様に頼るよりは降って沸いた魔族の助け、これに賭けるしかない。
そのためならばこの老いぼれの命、いくらでもくれてやる。
ここで覚悟を決めねば村を守るために散っていた男達に顔向けできなくなる。よし、腹は決まった。
扉を開け、魔族と対峙する村長。その目には最初の時のような怯えは全く無く、事を成す決意に満ちた漢の目だった。
「先ほどは失礼しました、なにせ魔族様に会うのは初めてなものだったので」
「あーいえいえ、こっちこそ突然お邪魔しちゃって、混乱されるのには慣れてるから」
慣れてなどいなかった。圭もまた人間に会うのは初めてである、これは社交辞令に対する社交辞令。
「そう言っていただけるとこちらも助かります」
「事情は知り合いの旅人から聞いたよ村長さん、立ち話もなんだから井戸のある広場に行こうか」
「外ですか? しかし外にはいつ一角狼が出るやら」
「あー、それは大丈夫、仮に出たとしても俺がいるから」
「あ、そうでしたね、魔族様が一角狼ごときに遅れを取るようなことはございませんよね」
「その、魔族様っての、なんか歯がゆいな、俺は様付けされるほどの大層な存在じゃないよ。
ただの流れの魔族だ、そうだな……奥」
奥田と呼んでくれ、そう言いかけて圭は言葉を止めた。
ここで本名を名乗るのはどうだろうか。なんか違う気がする。
そもそもせっかくの異世界転生で、名前が前世と同じというのは微妙すぎる。
だったらなにかこう、かっこいい名前を名乗ることにするか。
しかしだ、とっさになにかいい名前が思い浮かばない。
チクショウ、こんなことなら午前中ぼーっとしてた時間に考えておくべきだった。
「ブルーレット」
「え?」
「ブルーレットと呼んでくれ」
苦肉の策で紡ぎ出た名前がブルーレットだった、あのトイレに設置する有名な芳香型洗浄剤である。
小学校、そして中学校と、ついた渾名がブルーレットだった。
なんでそんな渾名がついたかって?
それは名前が奥田圭だからである、
ブルーレット奥田圭。
あのCMのキャッチフレーズそのまんまにつかえる圭の本名。
時として親を恨んだこともある、なんでよりによってこの名前なのかと。
しかし嘆いたところで後の祭り、圭は義務教育の間ブルーレットとして過ごした。
さすがに高校と大学では圭と呼んでもらえたが。それは圭が短くて呼びやすく、ブルーレットが長くて呼びにくいという理由だったのかもしれない。
どちらにせよとっさに掘り出した名前が圭にとっての黒歴史だったのはなんの因果か織り込まれた罰としか思えない、圭はそう感じたのだった。
「ではブルーレット様」
「だから様はいらない、気軽に呼び捨てにしてくれ」
「いえいえ、さすがに呼び捨ては、魔族様相手にそのような無礼はこちらの寿命が縮みますので」
「うーん、それじゃ間をとってさん付けでかまわないよ」
「それではブルーレットさん、どうかこの村を救ってください」
深々と頭を下げる村長。
「ああ、まかせてくれ」
頭を上げ「おおお」と感激の声を漏らす村長、目尻にはわずかに涙がたまっていた、これで村が助かると思うとなにも言葉にならなかった。
自然に圭の右手が差し出された、地球式の握手がこの世界で同じ意味をもつのかどうかわからなかったが、体にしみついた動作はそうそう変えられるものではない。
差し出された圭の右手をまじまじと見つめ驚愕する村長、握手を求めるサインに全身に緊張が走る、まさか助けてもらえるだけではなく魔族から握手を許されるとはつゆほど思っていなかったからだ。
かつて魔族と握手を交わした人間などいただろうか? いや、村長の知るかぎり歴史上そんな事例があったなどとは聞いたことが無い。
これは人類初の快挙なのかもしれない。
おずおずと圭の手を握りかえす村長。その手が若干震えていたのは歳のせいだからでない、緊張からくるものだ。
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。そういえば村長さん、名前を聞いてなかったね」
「これはこれは失礼しました、エッサシ村の村長、ウォルトと申します」
硬く結ばれた握手をほどいた圭はホクホク顔である、なにせ忌み嫌われる敵であるはずの魔族の圭に初めてできた友好の握手だからだ。
だが圭は知らなかった、この世界での握手は『対等の契約の証』であるということに。
最強を誇る魔族との対等の契約、これが圭にっとてどんな未来をまねくのか、当の本人はまだなにも知らない。
村長の家を後にし、人間と魔族が肩を並べて広場に向かい歩いていた。
「ウォルトさんて呼びたいけど、村長さんのイメージに慣れちゃったから村長さんて呼ぶよ」
「ええどうぞ、お好きなように呼んでください」
雑談をしながらたどり着いた広場の井戸の前には、8匹の一角狼の死体が並べられていた。
「こ、これは!!」
「たまたま遭遇したから、倒しておいたよ」
「なんと、あの一角狼がこんなにも、さすが魔族のブルーレットさんです、これから討伐をしてもらおうと考えいたのに」
「クライアントからの依頼には先回りして対処しておく、出来るビジネスマンの鉄則だよ」
「ビジネスマン?」
「ああーなんでもない、コッチの話しだ」
「こいつらが、こいつらが村の者を……」
狼の死体を見つめる村長の手は硬く握られ震えていた。
こいつらに村の仲間を殺されたかと思うと憤りを感じずにはいられない。
できるものなら自分の手で仇を取りたかった、だがその仇をとってくれたのは隣に居るこの魔族だ。
なんて人間は無力なのか、怒りと悲しみと、急展開した結末への戸惑いと安堵、いろんな感情が渦を巻き村長の心に現れる。
村長の肩にそっと手を乗せる圭。
「俺に今の村長さんの気持ちがわかると言えばそれは嘘になる、でも嘆く前にしなきゃいけないのは、この村をできるだけ早く元の状態に戻すことだ」
「はっ、そうでしたね、悲しみに暮れる時間は何も生み出しません、村を元に戻すのが村長である私の仕事です」
「そうだね、避難してる村民をここに戻す段取りを考えようか」
「そうですね、ところでブルーレットさん、この死体、傷がまったく無いように見えるんですが」
「あ、忘れてた、村長さんに見てもらいたいものがあったんだ」
ベンチの脇に無造作に置いていた8本の角を持ってくる圭。村長にそのうちの1本を渡す。
「折ったら取れた、狼の角」
「ええええええええええええええええええええええ!」
出会ってから一番大きな声で驚いた村長、このままポックリ逝ってしまいそうな勢いだった。
「この角、一応倒した証拠として回収しておいたけど、何かに使えるかな」
「使えるも何も一角狼の角は国宝に匹敵する希少品ですよ!しかもそれが8本て!」
「え?そうなの?けっこう簡単に折れたよ」
「一角狼の角は魔力溜りですからそんなに簡単には折れないはずですよ」
「魔力溜り? あ、村長さん、実は俺、ぶっちゃけるとそこらへんの知識はなんにも無いんだよね。
1から色々教えてくれるとありがたい」
素直にぶっちゃけた、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥である、無知を素直に認めるのはビジネスマンとして可愛がられるコツである、知識をひけらかす相手に「いやー知りませんでした、博識ですね」とおだてるとさらに高得点である。まあ、これは日本ならの話しだけど。
「そうですか、旅をされてると知らないままのことがあるかもしれませんね」
「そういえば一角狼のこと魔獣って呼んでたけど、動物と魔獣に違いはあるの?」
「魔力を持たない生き物が動物です、牛や豚などの家畜も動物ですね」
「ほうほう」
「逆に魔力を持っているものを魔獣と呼びます。
そして魔獣は体のどこかに『魔力溜り』をもっています。
普通は体の中にあるのですがこの一角狼は角に魔力を溜めるんです。
魔力が溜めてある角はとても硬いのですが、狼を殺すと魔力が体内に拡散し角はボロボロになって朽ちてしまいます」
「え、でもこの角はボロボロじゃないよ」
「はい、殺す前に角を折ることができれば、魔力は拡散せずに角の中に閉じ込められ結晶化します。
その角は元の角よりもはるかに硬くめったに手に入らないことから、商人の間でも値段が付けられないといわれています。
ちなみに生きたまま角を折られた狼は、魔力溜りを失ったことになるのでその場で死ぬらしいです」
「あーそういうことだったのか、全て納得したよ」
「それにしてもこの角、完全品ですよね、この国にすら1本と無い希少品ですよ。
腕利きの冒険者が何人も手を組んで多大な犠牲を払い手に入れられるかどうかの品なんです。
それも硬すぎて根元から折るなんて不可能とされてます、せいぜい先っぽとか半分とかなんですよ」
「あー、つまりこれは、あれか、打楽器に使ったら怒られちゃうタイプのやつか」
「楽器に使うなど聞いたことないですよ!」
「ですよねー」
「おそらくこれ1本、国王様に献上したら領地付きの爵位がもらえますよ」
異世界転生、しょっぱなからヤバイブツを手に入れてしまったようだ。
こんなものが市場に流れたら経済を破壊しかねない。
あまりいい未来が見えないからこいつの扱いは慎重にしよう。
そう考えた圭は村長に向き直りその両肩をガシっと掴んで真っ直ぐと見つめこう言ったのだった。
「村長さん、この角は見なかったことにしよう、それがお互いのためだ、角は朽ちて無くなった、そういうことで」
思いっきり無かったことにした圭だった。
もうあと何話かでチュートリアルが始まります。
チュートリアルをこなしたらいよいよタイトル通りのパンツが登場します。
早くパンツが書きたい!
作品の続きが気になる、もう少し読みたいかも。
という方はぜひとも評価とブクマをお願いします。